時間を稼ぐために
「阿呆か」
兄貴は、トルクスタン王子の言葉を一刀両断にした。
「お前はカルセオラリアの跡継ぎだろう? 第一王子同様、国からは簡単に出られなくなるはずだ」
この世界では王位継承権第一位の人間は、万一のことを考え、滅多なことでは城から出られなくなる。
その極端な例がアリッサムの第一王女だ。
水尾さんと真央さんの姉は、20歳までほとんど部屋の外に出ない生活をさせられていたらしい。
「ああ、王位は放棄する。後はメルリがいるし、婚約者を王配とすれば可能だろ?」
婚約者とは、あの男のことか。
嫌がりそうだよな。
自由に趣味の絵も描けなくなるだろう。
「阿呆か? 何をとち狂ったことを……」
「ふざけたつもりはないぞ。十分、考えて決めたことだ」
高田が思わず、アリッサムの2人を見るが、水尾さんは首を振り、真央さんは彼女から目を斜めにずらしたようだ。
「理由を言え」
「俺に国王が務まると思うか?」
「メルリクアン王女殿下よりはお前の方が纏まる」
水尾さんと真央さんが微かに頷いた。
メルリクアン王女とは城下で面識があるが、情報国家の王子とのやり取りを見た限り、トルクスタン王子の方が落ち着いて対応できていたと思う。
「形だけはな。だが、俺は機械のことなど分からん。興味もない」
機械に興味があれば、彼はあんな調合室を作ってはいなかっただろう。
「機械国家の王族でこれまでその責務を放棄してきた結果だ。今更、甘えるな」
「甘えさせてくれよ」
トルクスタン王子は弱弱しい声を出す。
「現セントポーリア王も第二王子だった。先に王位に就いたイースターカクタス国王陛下もだ。どちらも好きで王位に就いたわけではない。兄王子殿下たちが早逝したからだと言われている。その二人とどう違うのだ?」
確かに例に挙げられた2人は、今や、押しも押されぬ立派な国王たちではあるが、その経緯は順風満帆というわけでなかった。
「どちらも勉強家だ」
「お前も学べ。ただそれだけのことだろう?」
兄貴は容赦なく正論を叩き込んでいく。
「大体、お前は機械が分からないと言うが、メルリクアン王女殿下は機械を破壊する才をお持ちの方だろう? お前の方はそこまで酷くはないと思うが……」
その言葉で、トルクスタン王子は項垂れる。
ちょっと待て?
機械国家の王女が、機械を破壊する才能を持っているってなんだ?
それはそれで稀有な才能かもしれないが……。
「高田は知らないだろうけど、メルリクアンは……、不器用なんだよ」
真央さんがこっそりと高田に教える声が聞こえた。
「不器用?」
そこで、オレは思い出した。
「ああ、それで……」
城下で、彼女は確かに……、不思議なほど不器用だった。
皿を運ぶだけという単純なことも危なっかしかったのだ。
それは箱入り王女だったためだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「暫く、一緒にいて驚いたよ。あの娘、私よりも料理が下手だった」
「「それは凄い」」
水尾さんの言葉に高田とオレの声が重なる。
真央さんが苦笑し、水尾さんはじろりとオレを睨んだが、あの料理の腕を越えるとはある意味凄いと思ってしまったのだから許して欲しい。
「カルセオラリアを滅ぼしたいか?」
「そこまでは言っていない。だが、俺にあの国は重すぎる」
「重ければ、良い伴侶を迎え、支えてもらえ。ようやく成人して一年ほどの妹殿下に押し付けるな」
「良い伴侶……と言っても……」
兄貴の言葉から逃げるようにトルクスタン王子は視線を逸らし……。
「ああ、そうだ。シオリ、嫁に来るか?」
高田に向かって笑顔でそう言った。
「「「ふざけるな」」」
オレと言われた本人以外の3人が同時に声を揃える。
オレは、無言で高田の前に立つ。
心の準備もなく突然、圧し掛かった重圧に、そう言いたくなった気持ちは分からなくもない。
だが、この女を安易な逃げ場に使うことだけは許すことはできないのだ。
「俺は大真面目だ。シオリが嫁に来れば、支えも十分だろう?」
トルクスタン王子は、兄貴とオレを交互に見ながら、そう言った。
確かに、高田なら支えとして十分だとは思う。
少し、頑固すぎる面はあるが、基本は温和で、争いごとも好まない。
千歳さんを始めとして、色々な人間に可愛がられてきたため、それなりの立ち回りもできるようになった。
何より、魔力が半端なく強い。
それだけで、周囲を圧倒できるほどに。
「以前も確認しましたが、護衛を含めてわたしを利用する気でしょうか?」
そして、当人は、自分の価値を認めない。
「いや、以前も答えたが、俺はシオリだけで良い」
トルクスタン王子は困ったように笑うと……。
「いや、ユーヤとツクモは正直、邪魔だ」
はっきり言いやがった。
「周囲に与える影響も強いが、何より、シオリに懐きすぎだ」
ふざけたことを続けやがる。
人を愛玩動物みたいに言うんじゃねえ!
「……懐き……すぎ?」
不思議そうにそう言いながら、高田は兄貴とオレを見たが……。
「……どの辺りが?」
さらに首を傾げた。
「それに気付かないほど天然とは思っていないが……」
「わたしの方が懐いていることは認めます」
いや、それはそれでどうなのか?
もっと言葉はあるだろう?
「互いに求め合っているなら、尚更、邪魔だろ?」
「その表現はどうかと思いますが」
それをお前が言うなよ。
十分、似たり寄ったりだ。
「俺は焼餅焼きなんだ。自分の妻に近付く男がいれば落ち着かない」
そうなのか。
それなら、護衛であってもオレや兄貴のような存在を「邪魔」と言いたくなる気持ちは分かる。
「…………左様でございますか」
微妙に、受け答えが古い言葉になってるぞ。
そういった言葉がツボらしい真央さんの肩が、また震えてるじゃねえか。
だが、当の高田は何故か少し、考えて……。
「もしかして、本当にわたし自身を望んでくださっているのでしょうか?」
そんなことを今更、確認した。
いや、ここまで来てなんでそれを確認するのだ?
「前にも言ったが、その通りだ」
「…………代理でもなく?」
そして、どれだけ疑い深いのか?
「いろいろ考えた結果だが? 俺はシオリに癒されたい。事あるごとに責めてくるような女はもう嫌だ」
そう言って、トルクスタン王子はかなり辛そうに顔を伏せる。
その言葉でオレは察した。
かなり、辛い思いをしたようだ。
「トルクスタン王子殿下に、一体、何があったのでしょうか?」
そう言いながら高田は、水尾さんと真央さんを見ると……、心当たりがあった二人が、分かりやすく気まずそうに目を逸らした。
「よく分かりませんが、トルクスタン王子殿下から少し、話を聞かせてもらった方が良い気もします」
ちょっと待て?
そこで話を聞くなよ。
お前、絶対、同情するだろう?
「いいや、栞ちゃん。こいつから詳しく話を聞く必要はないよ」
その気配を察した兄貴が高田をやんわりと止める。
「大体の目的は分かっているからね」
「そうなのですか?」
高田は目をぱちくりさせた。
「大方、先ほど言ったように王位継承権の放棄を匂わせて、『ストレリチア』へ来る許可も得たのだろう?」
「それが一番、話が早くて楽だからな」
おいおい、この王子殿下。
結構、凄いことを言ってるぞ?
「実質、王位継承権第一位となった今のお前は簡単に他国への外遊の許可は下りん。それだけの交渉能力がある人間を無能とは思っていない」
「随分、買われたもんだな」
「事実だ」
あっさりと言うが、兄貴にしてはトルクスタン王子の評価が高いと言うことに他ならない。
「それで、お前は俺の目的を何だと察している?」
「旅に出たいと言うのは本当だろう。だが、目的は知らん。後は、その間の時間稼ぎか」
「時間稼ぎ……だと?」
水尾さんが怪訝そうな顔をした。
「本気で王位継承権を放棄する気ならば、こいつはとっくに城から出ているよ。金銭の稼ぎ方も、お城育ちのマオリア王女殿下と値切り上手なミオルカ王女殿下よりは知っているからね」
兄貴はさらりと言うと2人の王女殿下たちは少しカチンとした顔となった。
でも、それは恐らく本当のことだろう。
トルクスタン王子は、城下に出て、小金を稼ぐ方法を知っている。
対して、真央さんは知らなかったからカルセオラリアに金銭と引き替えになることを選んだし、水尾さんは、値切りは確かに上手いのだけど、稼ぐ方面では知識は薄い。
2人とも能力があるけど使いこなせないタイプだった。
そんな一触即発な空気の中……。
「トルクスタン王子のことも、勿論、気になるのですが……」
高田がふと口にする。
「水尾先輩と真央先輩は、今後どうするおつもりですか?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




