邪魔な男たち
「お前たちの旅に俺も連れて行ってもらえないだろうか?」
何か、今、とんでもないことを提案された気がする。
しかも、カルセオラリアの第二王子という立場にいるようなお方から。
「阿呆か」
雄也、さんからトルクスタン王子に対して、歯に衣着せぬ容赦ない一言。
相手は一国の王子ですよ?
いや、それを言ってしまえば、公式的な身分になくても雄也さんはイースターカクタスの王族らしいのだけど。
えっと確か、現王の甥だっけ?
その場合は、一般的になんて言うのだろうね?
「お前はカルセオラリアの跡継ぎだろう? 第一王子同様、国からは簡単に出られなくなるはずだ」
「ああ、王位は放棄する。後はメルリがいるし、婚約者を王配とすれば可能だろ?」
雄也先……さんの台詞に、けろりとした顔でとんでもないことを返すトルクスタン王子。
「阿呆か? 何をとち狂ったことを……」
「ふざけたつもりはないぞ。十分、考えて決めたことだ」
トルクスタン王子は怯むことなく雄也さんに向かってそう言った。
雄也さんは、何とも言えない表情で、水尾先輩と真央先輩を見ると……、水尾先輩は首を振り、真央先輩は目を斜めにずらした。
どうやら、既にカルセオラリアでも同じような問答があったらしい。
「理由を言え」
雄也さんは苦虫を噛みつぶしたような顔で先を促す。
「俺に国王が務まると思うか?」
「メルリクアン王女殿下よりはお前の方が纏まる」
水尾先輩と真央先輩が微かに頷く。
わたしはメルリクアン王女について、よく知らないけれど、前、見た限りでは人見知りをする王女だった覚えがある。
「形だけはな。だが、俺は機械のことなど分からん。興味もない」
「機械国家の王族でこれまでその責務を放棄してきた結果だ。今更、甘えるな」
「甘えさせてくれよ」
まるで縋るようにトルクスタン王子は雄也先輩……、雄也さんにそう言った。
確かにいきなり転がり込んできた地位に迷うことはよく分かる。
だけど……、雄也さんの言いたいことも分かるのだ。
「現セントポーリア王も第二王子だった。先に王位に就いたイースターカクタス国王陛下もだ。どちらも好きで王位に就いたわけではない。兄王子殿下たちが早逝したからだと言われている。その二人とどう違うのだ?」
その2人と会話した限り、彼らは王位に就いたことを後悔はしていないと思う。
だけど、やはり、今もどこかで迷っている気はした。
「どちらも勉強家だ」
「お前も学べ。ただそれだけのことだろう?」
この点において、雄也さんは正しい。
分からないことは学ぶしかない。
それは、トルクスタン王子も分かっていると思う。
だけど、踏ん切りも付けられない気持ちというやつも、わたしには分かってしまうのだ。
もし、自分だったなら?
そう考えるとなかなか難しいものがある。
「大体、お前は機械が分からないと言うが、メルリクアン王女殿下は機械を破壊する才をお持ちの方だろう? お前の方はそこまで酷くはないと思うが……」
その言葉で、トルクスタン王子は項垂れた。
いや、待ってください?
機械国家の王女が、機械を破壊する才能を持っているってどういうことでしょうか?
この件に関しては完全に部外者となるわたしは、そちらの方が気になってしまった。
「高田は知らないだろうけど……、メルリクアンは……、不器用なんだよ」
真央先輩がこっそりと教えてくれる。
「不器用? ああ、それで……」
九十九がそれに反応した。
何故か彼にも心当たりがあるようだ。
城下が壊滅した時に、一緒だったというから、その時に何かを見たのかもしれない。
「暫く、一緒にいて驚いたよ。あの娘、私よりも料理が下手だった」
「「それは凄い」」
水尾先輩の言葉に九十九とうっかり反応してしまったわたしの声が重なる。
真央先輩がくっと笑い、水尾先輩はじろりとわたしたちを睨んだ。
仕方ないです。
それだけ、水尾先輩の料理は、見た目も破壊力もわたしよりずっと上ですから。
「カルセオラリアを滅ぼしたいか?」
「そこまでは言っていない。だが……、俺にあの国は重すぎる」
「重ければ、良い伴侶を迎え、支えてもらえ。ようやく成人してまだ一年ほどの妹殿下に押し付けるな」
「良い伴侶……と言っても……。ああ、そうだ。シオリ、嫁に来るか?」
トルクスタン王子はわたしを目に止めて笑顔でそう言った。
「「「ふざけるな」」」
九十九とわたし以外の3人が同時に声を揃える。
九十九は、無言でわたしの前に立っていた。
王族に反論など、彼の立場上、できるはずがない。
この場合の雄也さんが少し、例外だと思う。
「俺は大真面目だ。シオリが嫁に来れば、支えも十分だろう?」
トルクスタン王子は、雄也さんと九十九を見ながら、そう言った。
なるほど、以前、わたしが警戒しながら言ったことを頭に入れた上でやってみるってことか。
この2人を巻き込めば、確かに半端な人たちよりも働いてくれることは間違いない。
そして、わたしが命ずれば、彼らは必ず動いてくれるのだ。
兄の雄也さんはもともと、カルセオラリアに顔を出し、トルクスタン王子をある程度、粗雑に扱っても許されるほどの信用を得ている。
それに、メルリクアン王女もかなり好感を抱いていたようだった。
そして、弟の九十九はカルセオラリア城の崩壊時に活躍し、カルセオラリア国王たちを含め、多くの人間たちを助けたという。
カルセオラリアの国民たちがその恩を覚えている限り、彼についてきてくれることだろう。
「以前も確認しましたが、護衛を含めてわたしを利用する気でしょうか?」
以前は違うと答えたが、復興作業中に考えが変わった可能性だってある。
「いや、以前も答えたが、俺はシオリだけで良い」
トルクスタン王子は困ったように笑った。
「いや、ユーヤとツクモは正直、邪魔だ」
なんですと?
以前は「考えもしなかった」だったのが、今回は「邪魔」と、明らかに酷い扱いになっている。
「周囲に与える影響も強いが、何より、シオリに懐きすぎだ」
「懐き……すぎ?」
なんとなく2人を見ると、雄也さんはにっこりと笑顔を返し、九十九は硬い表情を崩さなかった。
「どの辺りが?」
わたしが、そう問いかけると、何故か水尾先輩と真央先輩が苦笑し、トルクスタン王子はやれやれ、と肩を竦める。
「それに気付かないほど天然とは思っていないが……」
「わたしの方が懐いていることは認めます」
それは認めるしかない。
彼らがいない生活は難しいだろう。
雄也さんが動けない時は落ち着かなかったし、九十九から離れていた時は物足りなかったから。
「互いに求め合っているなら、尚更、邪魔だろ?」
「その表現はどうかと思いますが」
なんとなく、男女の感情とかそっち方面の言葉っぽくて、妙に違和感がある。
「俺は焼餅焼きなんだ。自分の妻に近付く男がいれば落ち着かない」
「…………左様でございますか」
焼餅焼き……?
でも、この場合、わたしを利用する婚姻だよね?
ん?
でも……、彼らを必要としないなら、わたしを娶る意味ってあまりないような?
……って、あれ?
「もしかして……、本当にわたし自身を望んでくださっているのでしょうか?」
「前にも言ったが、その通りだ」
「…………代理でもなく?」
「いろいろ考えた結果だが? 俺はシオリに癒されたい。事あるごとに責めてくるような女はもう嫌だ」
そう言って、顔を伏せる。
「トルクスタン王子殿下に、一体、何があったのでしょうか?」
なんとなく、事情を知っていそうな水尾先輩と真央先輩を見ると、何故か二人して、気まずそうに目を逸らした。
どうやら、この2人が原因らしい。
そして、当人たちにも心当たりはあるようだ。
「よく分かりませんが、トルクスタン王子殿下から少し、話を聞かせてもらった方が良い気もします」
わたしがそう言うと、雄也さんは大きな溜息を吐き、九十九は眉を顰め、水尾先輩と真央先輩は目を逸らしたままだった。
何も聞かない方が良いだろうか?
いや、このままでは収まりもつかないだろう。
わたしは仕方なく、トルクスタン王子に説明をお願いすることにしたのだった。
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