儀式の果てに
雄也先輩とともにお湯を被ったら、彼の首根っこに、他国の「王家の紋章」と呼ばれるものが浮かび上がった。
何でも、20歳になった王族がお湯を浴びるなどの条件が整うと、国章である「王家の紋章」と同じものがその身体のどこかに浮かび上がるらしい。
そこまでは分かった。
つまり、そのことで、雄也先輩に王族の血が流れていることも理解できた。
彼に流れている血が、どれくらいの濃さかは分からないけれど、その首元に浮かんでいた「王家の紋章」は、はっきり、分かりやすく色濃く表れた。
多分、薄くはない気がする。
そうなると……。
「雄也先輩って、もしかして……」
わたしの言葉で、雄也先輩の肩がピクリと動いた。
彼は、半年の療養期間で、以前と比べて、その感情の動きが分かりやすくなっている。
まだ身体の動かし方に慣れていなだけだろうけど。
「実は、ミヤドリードさんのお子さん!?」
わたしはそう確信した。
母の友人であるミヤドリードさんは、情報国家イースターカクタス国王陛下の妹だという話だった。
その子供なら血も薄くないと思う。
「いやいやいやいや。それはない」
だけど、その考えは即座に彼によって否定される。
あれ?
でも、確かミヤドリードさんは、母と同じ年だって聞いているから、年齢的にありえなくはないよね?
「仮にミヤの子だったとしても、それでは、俺たちが城下の森にいた理由にはならないよ。彼女は愛情深い女性だったから、自分の子がいたら放置はしないと思う」
「あ」
それは、彼らが城に行ってからもよく分かる。
ミヤドリードさんは間違いなく彼らを愛していたのだから。
確かに厳しかったみたいだけど、温かくもあったから、九十九は、久しぶりの彼女の欠片を見て、涙をこぼしたのだ。
そんな彼女が、城下の森に我が子を捨てたり、別の夫婦に預けたり……は、ちょっと考えられないか。
しかし、城下の森で隠れ住んでいた夫婦の間に生まれた子供。
それも、駆け落ちした2人で……って、あれ?
今、何かが引っかかった。
そもそも、雄也先輩たちの両親は何故、駆け落ちをしたのか?
わたしが思考の海に埋没していっても、雄也先輩はいつものように声をかけずに黙って見守ってくれた。
だから安心して、さっきみたいに早とちりしないように、ゆっくり考えて、自分なりにちゃんと結論を出そう。
この世界で婚姻の障害になるのは、基本的には親の反対によるもの。
特に身分とか立場とかそう言ったものが多い。
だけど、国によっては身分に関係なく、当人同士の意思だけで何も問題もないという緩いものもある。
一夫多妻の国もあるぐらいだし。
この辺りは各国の考え方……ということだろう。
わたしが聞いた限りでは、彼らはセントポーリアで暮らしていた。
そこは間違いない。
お墓となる墓柱石もあり、その近くに彼らが生活していたという住居の跡地も一度、見ている。
それに、彼ら兄弟の主属性魔力は風属性。
そのことは、わたしより知覚が優れている水尾先輩も真央先輩も言っていたから、疑いようもない。
それならば、間違いなくシルヴァーレン大陸出身である。
だから、漠然と、彼らもその両親も、セントポーリア国民なのだろうと思っていたのだけど、始めからその前提が違っていたということだ。
考えられるのは、両親のどちらかがイースターカクタスの王族。
それも、かなり濃い血筋……ということだろう。
先ほどから頭の中を、情報国家の王さまのあの美形な顔がちらついている。
ああ、確かに雄也先輩も、九十九も、あの人に似ていると何度か思った。
似た系統の顔だからかと思っていたけど、あの方の親戚なら、その雰囲気も含めて似ていてもおかしくないのだ。
魔界は赤の他人に似ていることはあるが、だからと言って、血縁関係にあっても似ないわけでもない。
同じ血が流れていれば、やはり遺伝子によってその姿形は似通いやすいし、たまたま、祖神の影響に引きずられて、他人でもその顔が似ていることがあるというだけだ。
実際、九十九と雄也先輩の顔もよく似ているし。
「雄也先輩……、また質問、良いですか?」
「どうぞ」
「九十九も、二年後には雄也先輩のようにその『聖痕』は浮かびますか?」
「多分、浮かぶと思うよ。ヤツは弟だからね。ただ、場所は双子でも『聖痕』が浮かぶ場所は違うらしいから、九十九のどこに浮かぶかは分からないけど」
2人が兄弟であることは間違いないらしい。
そのことになんとなくホッとした。
確かにこれだけ感じられる体内魔気が似通っているのに実は他人……という方が難しいか。
双子でも、場所が違うなら、九十九の「聖痕」は違う場所にでるのだろう。
でも、雄也先輩はそれを知っているのだろうか?
双子でも場所が違うって、普通は分からないと思う。
雄也先輩が聞いたのは、あの会合時期……だから、数ヶ月前ってことだ。
それ以後、調べたとしても、「聖痕」が王族限定の話なら、そう簡単に知ることはできないだろう。
何より、雄也先輩が動けるようになって、まだ一月ほどだ。
ずっと動かしていなかったため、筋力、体力もかなり落ちている。
だから、今までのように簡単に情報収集もできていないらしい。
それ以外の情報源として、水尾先輩たちは双子だけど、そんな話をわざわざ雄也先輩にするはずもないし、何より、彼女たちはカルセオラリアで生活中である。
忙しいみたいだから、たまにしかこのストレリチアに顔を出さない。
「双子……」
でも、その単語が何故か、ひっかかる。
雄也先輩は、何故、その言葉を口にした?
普通なら、兄弟姉妹、親子という単語でも十分、納得できるのに。
情報国家の現国王陛下は……、確か双子の弟だった。
確か、兄は既に亡くなられているという話。
でも実は、生きていたとしたら?
「情報国家の王の……兄……?」
「その方は、亡くなられているという噂だよ?」
まるで、準備されていたかのような即答。
だけど、ミヤドリードさんの時とは違い、伝聞だった。
「もし、身分の低い方と駆け落ちしていたら、情報国家としても、隠すのではないでしょうか? それも、情報国家の追跡力を持っても見つけることができなければ、『情報国家』の名折れとなる気がします」
情報国家イースターカクタスは、その名の通り、情報収集に長けた国だ。
その追跡を振り切ることが簡単にできるとは思えない。
情報国家の国王は、母を知っているとは言っても、ある程度は、隠されていたはずのわたしたちの名前や立場、その友人関係についてまでも知っていた。
だけど、それが同じ情報国家の人間、それも王族ならば、逃げ切ることもできるかもしれない。
その、特殊なルートを調べるとか!
「雄也先輩と九十九の父親は、情報国家の王さまの双子のお兄さん……ではないですか?」
一度、思い込んだら、そうとしか思えなくなった。
それならば、いろいろと辻褄が合いすぎるのだ。
「違うかもしれません。だけど、考えれば考えるほど、そこに戻ってしまうのです」
「理由は?」
「2人とも一般よりも魔力や魔法耐性がかなり高い理由とか。親子で、人知れず結界のある場所に隠れ住んでいたこととか。九十九の古代魔法適性が高い理由とか。雄也先輩の情報に対する考え方とか。2人とも雰囲気を含めてあの情報国家の国王陛下に似ているとか」
捲し立てるようなわたしの言葉に、少しだけ雄也先輩が眉を顰めたことが分かった。
多分、「似ている」が、嫌だったのだろう。
でも、構わず続ける。
「その情報国家の国王陛下や王子殿下に九十九がかなり気に入られてしまった理由とか。ご両親やミヤドリードさんが同じ場所で眠っている理由とか。その墓柱石に嵌っていた魂石の色と輝きとか」
墓柱石にはめ込まれている「魂石」は、その魂の輝きだと恭哉兄ちゃんから聞いたことがある。
その時は「そうなのか~」ぐらいの感覚だったのだが、今はそう思えない。
恐らくは、わたしの魂は橙色に光ることだろう。
「違っていたら、本当に申し訳ないです。でも、一度、そう考えたら、もう止まらなくなってしまって……」
「そうか……」
雄也先輩は一言そう呟いた。
その反応では、正解か、不正解かも分からない。
もしかして、思い込みで暴走したために、呆れられたのだろうか?
「栞ちゃん、イースターカクタス国王陛下の兄上の名前を知っている?」
だけど、雄也先輩はわたしを見て確認した。
「いいえ?」
既に亡くなっていると聞いていた。
だが、今となっては不勉強だったと反省しなければいけない。
「フラテス=ユーヤ=イースターカクタス様と言うんだよ」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




