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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 主従関係変化編 ~

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核心に触れる質問

 雄也先輩と一緒に被ったお湯は、全然、熱くはなかった。


 だけど、なんか不思議な感覚がする。

 水ならともかく、誰かと一緒にお湯を被るなんて経験は今までにない。


 普通のお湯とも違うためか、まるで、溶け合うような不思議な感覚がしたのだった。


「はっ!?」


 いや、甘い匂いのするお湯を被って、うっとりしている場合ではない。


 わたしは今から……って……。


「雄也先輩?」


 お湯を被った雄也先輩は、どこか蒼褪めたような顔で、自分の濡れた身体をあちこち確認していた。


 わたしの声にも珍しく反応しない。


 もしかしなくても、お湯の勢いが良すぎたかな?

 でも……、そんな彼の行動以上にわたしは気になったことがあった。


「雄也先輩、その首の後ろ……、少しだけ光っています」


 わたしがそう言うと、雄也先輩は顔色を変え、その場所を確認しようとするが……、人体の構造上、自分の目で見ることはできないだろう。


 首が明後日の方向を向いても難しいと思う。


 先ほどまで、なかった場所に、光を帯びて浮かび上がったものがあったのだ。


 周囲には湯気もあるし、雄也先輩も落ち着かない動きをしているため、わたしもそれが何であるか、よく分からなかった。


「栞ちゃん、確認をお願いできるかい?」


 雄也先輩はそう言って動きを止め、わたしの前に背を向けて、腰を下ろす。


 どんなに湯気が濃くても、この距離ならそれはよく見えた。


 湯気と、かかったお湯で上気している雄也先輩。


 その身体の首の付け根……、左右の肩甲骨より上の場所に……、拳大の大きさでくっきりと見覚えがある印が浮かんでいる。


 既にもう光っていないけれど、それでもこれは消えていなかった。


「これ……、は……?」


 その印の意味、図柄については分かる。

 流石に、いろいろ勉強したから……。


 でも、それがなんで、雄也先輩の身体に浮かび上がったのかが分からない。


「何か、現れた?」

「はい……」


 雄也先輩に問いかけられ……、わたしは肯定する。


 だけど、その浮かび上がった印について、伝えることは出来なかった。


「そうか……」


 そこで少し雄也先輩がそのまま下を向いた。


 どちらも口を開かないためか、あの「鬣蛇ティサークフ」の口から、「聖酒」が出てくる音だけが聞こえてくる。


 どぼどぼどぼどぼ……と、止まることなく。


 流れる水量とその高さが違うためか、セントポーリア城下の森にあった滝の音とは随分違うな~とぼんやり考えていた。


「何も……聞かなくて良いのかな?」


 先に沈黙を破ったのは、雄也先輩の声だった。


「聞いて良いのですか?」


 今の雄也先輩に?


 明らかに消沈していることが分かっていて、質問する気にはなれなかった。


 多分、雄也先輩はどんな印が浮かび上がったのかは分かっている気がする。


 そして、その理由も……。


 だから……、逃げたかった?


「大丈夫だよ。それに……、付き合ってくれた以上、キミには聞く権利がある」


 そう言って、雄也先輩は顔を上げて、わたしを見る。


「だから、なんでも聞いてくれ」

「それでは、遠慮なく」


 わたしが彼の横に移動しながらそう言うと、雄也先輩は何故か面食らった顔をした。


 ん?

 今、何でもって言ったよね?


「その印は……、なんでしょうか?」

「いきなり核心に来たね」

「これが、核心……なのですか?」


 そう言われても、よく分からない。


 それほど、彼の首元にあるその印は存在感を放っている。

 これについて尋ねるなという方が難しいぐらいだった。


 彼の身体に浮かび上がった印……、模様?


 もしかして、漫画でよくある「所有者の印」ってやつかな?

 こう焼き印とかで、じゅっとやってしまったような……。


 この位置なら、当人には見えにくい。

 そして、他人の目に触れる時は上半身を出さないと全体は見えないだろう。


 でも、それならお湯をかけて浮かぶってのも不思議だし、何よりもこの印なのがいろいろと変。


 でも……、そんな疑問が浮かぶと同時に、雄也先輩が露骨なまでに情報国家を避けようとしたのは分かってしまった。


 多分、これが原因なのだろう。


「その様子では、栞ちゃんは誰からも何も聞いていないようだね」


 雄也先輩はそんなことを言った。


「その印について……、ですか?」

「広い意味では」

「広い……、意味……?」


 それはどういうことだろう?


「だけど、キミにとって、()()()()()()()()()()()のだろう?」

「はい」


 ああ、やっぱり雄也先輩は分かっている。

 そして、それをわたしが知っていることも。


 だからあえて彼はただの「印」ではなく、「紋章」という言葉を使った。


「見たことはあります。その印は()()()()()()()()()ですから」

「そうか……。俺の身体には……、有名な紋章が現れてしまったか」


 雄也先輩は天井を見ながら、その目を閉じて長い息を吐いた。


「俺は全力で否定したかったのだけどね」


 それは優しいけれど、諦めの見える顔。


 まるで、観念したかのように……。


「まずは、この印が何故、現れたのかを説明しようか」


 そう言いながら、雄也先輩は先ほど脱いだガウンを羽織りなおす。


「本当は、こんな場所ではなく、ちゃんとした場所で話したいことだけど、ここを出たら、大神官猊下が待ち構えているからね。少しだけ我慢して付き合ってくれるかい?」

「大神官さまは、ご存じなのでしょうか?」


 待ち構えている……という表現はちょっと穏やかではないけど。


「それは分からない。でも、先ほどの口ぶりから、浮かぶ理由は知っていると思うよ」

「浮かぶ理由?」

「栞ちゃんが見たこの印はね。身体が温まると、その一族の血を引いている人間に現れるものらしい。具体的には、今みたいにお風呂に入ったり、お湯をかけたりすると……かな」


 何の一族かは聞かなくても分かる気がした。


 その図柄は、有名だけど、誰でも使えるものではないだろう。


「湯気だけでは出なかったみたいだね。ある程度、空調が効いているみたいだから、サウナみたいに熱くないからかもしれないけど」


 確かにここは一応、お風呂場なのに、ムシムシとした熱さはなく、時折、ひんやりとするぐらいだった。


 でも、前に入った時は、もうちょっと蒸し暑かった気がするので、もしかしたら、恭哉兄ちゃんが何かしたのかもしれない。


「でも実は、俺も最近までこの紋章が自分の身体に現れることなんて知らなかったんだよ」

「へ?」


 知らなかった?


 でも、何故?


「知ったのは、本当に偶然。九十九が情報国家の国王陛下たちと会話していた時だった」

「何か、ありましたっけ?」


 こんな不思議な現象を話していたなら、相当、ぼーっとしていない限りは、覚えていると思うのだけど……。


「栞ちゃんは神剣を引き抜けた理由を知った後に倒れてしまったから、聞いていなかったと思うよ」

「ああ、あの時……」


 確か、わたしは自分のうっかりさを呪うかのように、ぶっ倒れた。


 あの後に……?


「神剣から……『聖痕』の話になったと記憶している」

「『聖痕』?」


 多分、聖なる印……みたいなものだと思う。


 漫画や小説などで、「神に選ばれた」とか、「神の血を引く」とかそんな設定がありそうな響きがする言葉だった。


「セントポーリア国王陛下や千歳さんも知っている話だ。その血を引く人間は、生まれた時と、20歳以降に魔法を使った時、湯を浴びた時に身体のいずれかにこのような紋章が現れる、と」

「ああ、それで……()()……」


 この日が選ばれた理由をわたしも理解する。


「うん。栞ちゃんに確認して欲しかった。『儀式』は、後付けの理由だよ」


 既に日が替わっている。


 いつも眠っている時間帯なのに、眠くなる様子は全くなかった。


「そして、この印のことを『聖痕』と呼ぶそうだ」


 首の後ろに手をやりながら、雄也先輩はどこか悲しそうにそう言った。


「雄也先輩、教えてください」


 それを確認することは、多分、彼を傷つけることになるだろう。


「『聖痕』と呼ばれる紋章が、条件を満たすとある一族の人間の身体に現れることは理解しました」


 雄也先輩は黙ってわたしを見ている。


 この先に続く問いかけの内容を理解していないはずはないのに、止めることなく。


「それなら、どうして、雄也先輩の身体には……」


 わたしの声が震えているのは分かった。

 でも、聞かずにはいられない。


 そして……。


「どうして、あなたの身体には、『()()()()()()()()()()()()()()()』が現れたのですか!?」


 そんな……、どうしようもないことを口にしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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