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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 主従関係変化編 ~

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色濃い生活

 わたしは、緊張していた。


 今はもう真夜中。

 いつもなら眠っているこの時間帯。


 だけど……、今日は眠るわけにはいかなかった。


 大神官のお迎えが来るのだ。


 そのためにまるで、クマのように部屋の中をうろうろしていた。

 流石に、今日は「神舞(しんぶ)」の練習をする気にもなれない。


 こんな夜中に、大神官が自分の部屋を訪れる。


 それだけでもただ事ではないが、そこにはちゃんと理由がある。

 残念ながら色気のある話ではない。


 今から、儀式を行うためだ。


 そんな状況なら、いつもは護衛の少年がいるはずだが、今日は強く頼み込んで一人にしてもらった。


 勿論、過保護な彼からは、夜中の移動に対して、かなりの反対があったのだけど、今回のことに関しては、大神官が間に入っているために、彼も強くは言えなかったようだ。


 しかも、大神官曰く「聖女の卵」として、「大事な儀式」を行うと説明しているらしいから、護衛である彼も余計に口を出せないのだろう。


 わたしが最初に聞いた時は、そこまで大げさな話ではなかったはずだけど、彼に反対されたり、不審がられたりするよりは良いと思っている。


 因みにその儀式の内容も九十九には伝えていない。

 なんとなく面倒ごとに繋がりそうな気がしたから。


 だから、彼は()()()()()()()()()()()()()だと思っていることだろう。

 実際は、逆なのだが。


 今回はわたしが、儀式を行う方である。


 手順だけは聞いているけど、その内容的に上手くできるかは分からない。

 失敗しても大丈夫だと聞かされてはいるけれど、どうせ、やるならば失敗したくもないのだ。


 だけど、かなり緊張しているためか、既に今から手も震えていた。


 そんなわけで、わたしは、それなりに広い部屋の中で、たった一人、大神官が訪れるのを待っている。


 時計の時を刻む音が妙にはっきりと聞こえて落ち着かない。

 それでも……、大事な役目を果たすために、わたしは、覚悟を決めて、ここにいた。


 日付が替われば、少し、特別な日。

 だけど、その日付が替わる前に迎えが来るだろう。


 自分が、その役目に指名された理由……、それは単純なものだった。


 扉がいつものように三回ほど叩かれる。


「どうぞ」


 背筋を伸ばして、答えた。

 

 扉を開けたのは、恭哉兄ちゃん……いや、白い衣装に身を包んだ大神官だった。


「お待たせいたしました」


 大神官は恭しく礼をする。


「あまり、待っていないから、大丈夫です」


 確かにいつもより時間は長く感じた。


 でも、待ったか? と言われるほど、待ってもいない。


「栞さん、貴女は断っても良かったのですよ?」


 これで、もう何度目の問いかけだろうか?


 それだけ心配してくれていることは、素直に嬉しい。


「でも……、これって()()()()()……、なのでしょう?」


 それなら、わたしがしないわけにはいかないだろう。


「確かにそう言った意味はありますが……」


 どこか歯切れの悪い返答。


「どちらかと言うと、二年とちょっとした後、九十九にも同じことをしなければいけない方が、今から気が重いぐらいです」


 いつもと違った恭哉兄ちゃんのお言葉に、わたしも思わず本音が口から転がり落ちた。


 何でも、セントポーリアに伝わる儀式で、20歳になる「就労者(仕える人)」に「雇用者(王族)」が行うこと……らしい。


 セントポーリアの王族に仕える人にとっては、成人式のお祝いみたいなものだと雄也先輩から聞いている。


 まあ、実際、この世界の成人は15歳なのだけど、年齢的な話なのだろう。


 幸い、ストレリチア……、いや、正しくは神官たちの世界にも似たような儀式があるらしく、大聖堂の設備を司る大神官である恭哉兄ちゃんの協力が得られたことは、かなり良かったと思う。


 本来、雄也先輩が仕える王族……、この場合、セントポーリア国王陛下がするものだが、そのためだけにわざわざセントポーリアに行くわけこともできない。


 そこまでしてしまうと、「祝えとおねだりするみたいになってしまうからね」と雄也先輩は笑っていたが、本当はセントポーリア国王陛下にこそして欲しいのではないかなと思っている。


 雄也先輩も九十九も、セントポーリア国王陛下に対しては、かなりの敬意を払っているし。


 だから、その儀式の「代役(ピンチヒッター)」として、「護衛対象(その娘)」……というわけだ。


 その儀式名は、「湯成(ゆなり)の儀」と言うらしく、他国の王族が行う儀式であるにも関わらず、勉強家である恭哉兄ちゃんは知っていた。


 最初、相談した時点で、彼にしてはかなり眉を顰めた顔を見たけれど、それは儀式内容のためだと思う。


 わたしもよく知らされてなかったために、かなり直接的な表現になった気もするし。


 確かに儀式名を告げず、その内容だけ聞けば、大神官が管理する大聖堂内で許される行為ではないだろう。


 でも、雄也先輩が先に儀式名だけでも言ってくれていたら、もっと話は早かったと思うのですよ?


 因みに、上位の神官が、自分より下位の神官に対して行う神事としては、「神湯(しんとう)の儀」と言うらしい。


 こちらは「祝い」だけでなく、「浄め」の意味もあるそうだ。


 「湯成(ゆなり)」という言葉から、まるで、お湯に変身するみたいな響きではあるが、そうではない。


 早い話、部下が20歳に成ったお祝いに、背中を流すそうだ。

 そう、上司が部下に、お湯をかけてお背中を流すわけである。


 なんて、恐れ多い話なのだろう。


 変わった儀式だと思うが、もともとは、「浄め」の意味があると思えば、おかしくはない。


 王族や貴族は5歳、10歳、20歳、25歳に「生誕の儀」と呼ばれる誕生日の儀式を、自分の家などに神官を招いて行うらしい。


 5歳区切りで15歳だけ除かれているのは、15歳は「成人の儀」と呼ばれる儀式が優先されるからだそうだ。


 成人式としてはこちらの方が近いだろう。


 でも、「生誕の儀」と「成人の儀」のどちらもやれば良いのにと考えてしまうのは、お祭りやお祝いが好きな日本人の血が流れているからだろうか?


 一般の人たちは、その「生誕の儀」と呼ばれる誕生日のお祝いはほとんどせず、15歳の節目に聖堂で、「成人の儀」を行うぐらいらしい。


 でも、15歳で成人……、現代日本で育った身としてはかなり違和感がある。


 大多数は中学三年生ですよ?

 いや、昔の元服や裳着(もぎ)と考えれば、年代的に違和感はないのだけど。


 話を戻して……、その「湯成(ゆなり)の儀」。


 流石に異性なので、互いに裸ではなく、雄也先輩は水着着用、わたしは、神女(みこ)が「神湯(しんとう)の儀」で身につける「神装(しんそう)」という名の儀礼服をわざわざ新調することになった。


 これは、水に濡れても透けない素材で、いろいろな水が絡んだ儀式にも使えるそうだ。


 わたしは、水着着用の方が安上がりで良かったのだけど、恭哉兄ちゃんだけではなく、何故か雄也先輩自身からも反対されてしまった。


 少し()せない。


 魔界で水着って……、以前、ワカから提供されたものを着用する以外に身に着けたことがなかったから、少し気になったのだけどね。


 因みに、過去、セントポーリアで実際に行われたものは、信頼関係を示す意味もあって、互いに一糸纏わぬ姿らしい。


 あれだけの兵たちに対して、全員20歳の誕生日にセントポーリア国王陛下が裸になって背中を流すのか? と思ったけど、兵や使用人については、管理している同性の上司がするもので、貴族については、居住場所で親兄弟、配偶者にしてもらうそうだ。


 儀式の内容的に、雄也先輩の体調が回復しなければ難しかったが、幸い、彼は、一ヶ月ほど前に回復してくれた。


 完全回復までは、長かった。

 本当に長かったと思う。


 それは当人が一番、思っていることだろう。


 でも、治ったのは、本当にある日、突然のことでもあった。


 いつものように、雄也先輩の様子伺いに九十九と行ったら、部屋を開けた瞬間、大きな声で驚かされ、思わず、「自動防御(魔気の護り)」をぶっ放してしまった。


 彼にしては珍しい種類の悪戯である。

 だから、完全に油断していたと言いたいが、言い訳にしかならない。


 その護りをまともに真横で食らってよろめいた九十九は、「あれは仕方ない」と言ってくれたけど、流石に悪い気がした。


 しかも、それを予測して部屋の通路を含めた周囲に結界を準備している辺り、雄也先輩らしい。


 そして、九十九自身は、その気配で、その場所がいつもと違うことに気付いていたらしいけど、わたしは全く気付かなかったのだ。


 安全なはずの大聖堂で別の結界なんて、普通、気付くはずないよね?

 うぬぅ……としか言葉が出ない。


 もっと、警戒心と、平常心を鍛えなければならないことは分かった。

 決して、どんなことにも驚かないように。


 気付けば、あのカルセオラリア城崩落から、もう半年。


 この城での行われた中心国の王たちによる会合を始め、実に濃い半年だったが、まだまだ、この世界での生活は濃いものになりそうだと思うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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