王族の責務
王族は国民を守り抜く責務がある。
そして、相手の身分に関係なく手を伸ばすのが、セントポーリア国王陛下だ。
そのことは、これまでの罪人への裁きで知られていることだった。
どこに行ってもあの方に対して、「堅物」、「真面目」の評は絶えない。
職業の貴賤なく、身分の差もなく、立場も関係なく法律を基に裁いていく。
だから、「貴き血を持つ人間」たちが、我が身可愛さに国民たちを死に追いやる行為も許してはいない。
だが、その息子である王子が自分の盾として、他の人間を犠牲にしようとしたら?
確定的故意、それも未遂であっても殺意を伴う行動は重罪にあたる。
王族のために国民が自ら盾になることは良い。それは王族を守ろうとする本人の意思であるから。
だが、自ら「死ね」と国民たちを盾にすることは、王族であっても許されることではないのだ。
だから、王はこれまでどおり、裁くしかなくなるだろう。
分かりやすく、その地位、立場を剥奪すると言う形となるはずだ。
その結果、王位継承権第一位が宙に浮き、王に近しい人間を探し出すために、今まで動こうともしなかった人間たちが動き出すことに繋がる。
そうなると、かなりめんどくさいことになってしまう。
幸いにして、この世界に、人間界にあった警察や探偵のように人探しをする職業はない。
だから、古い書物を読み解くか。
または、遠い血筋から探し出すか。
あるいは、魔道具などを使って王族の気配を辿る可能性もある。
だが、一番、確率が高いのは、占術師を使うことだろう。
盲いた占術師は一線を退いたこともあるが、もともと当人自身を探すことができないとされている。
だが、セントポーリアの隣国、ジギタリスは本物の占術師を輩出することで有名な国だ。
それを使われては、彼女は逃げ切れない。
因みに、王妃たちが占術師を使って、彼女を探そうとしないのもその辺りに理由があるのだと俺は思っている。
後ろ暗い物が多い人間ほど占術師を頼ろうとしないものなのだ。
本物の占術師は「神降ろし」という状態になれば、自分の意思ではなく何かの意思によって予言じみた言葉を告げる。
そこで、うっかり余計なことを口走って欲しくはないはずだから。
「わたしの口止めをしたのは?」
黒髪の少女は確認する。
「栞ちゃんが知ってはいけないことだから」
俺は断言する。
この少女が知って得することは何もない。
「できれば、そのまま、知らないふりを続けて欲しい。俺も何も聞かなかったことにするから」
そう答えるしかなかった。
彼女をこれ以上、深みに嵌らせることは、あの方々も望まないだろう。
「その理由を聞いてもよろしいですか?」
「栞ちゃんがその状況を知っているということを俺が知ってしまうのは、いろいろと面倒なことになる」
「……面倒なこと?」
少女は純粋な疑問を浮かべる。
「俺がそのことについて、国王陛下に報告しなければならなくなる。俺や九十九は、あの方たちに隠し事はできないから」
「隠し事ができない?」
俺たち兄弟が、あの王に隠し事は許されない。
大事な娘を預かっているのだ。
多大なる恩とその自覚がある以上、かの王の面前で白を切ることが許されるはずもなかった。
「栞ちゃんのことについてだけは、セントポーリア国王陛下は、俺たちに強制的に吐かせる方法をお持ちなんだよ」
「なんと!?」
嘘は言っていない。
あの王に限らず、王様と呼ばれる存在は、強制的な手段を隠し持っている。
「強制命令服従魔法」と呼ばれるものが、ソレだ。
それは儀式無しでも詠唱無しでも行える古代魔法の一種でもある。
「護衛とは言っても、異性だからね。いろいろと施されるのは仕方ないよ」
ただそれらを使うかは本人の裁量に任されるため、ほとんどの人間が知らないだけである。
そして、あの王は穏やかでお人好しに見えるが、その実、自分の敵となる人間には容赦をしない。
それは、一部の人間たちの中で、暗黙の了解であった。
「ダルエスラーム王子殿下の王位継承権が剥奪されれば、第二位は王の前で神剣を抜いてしまった少女だ」
これはあの場にいた誰にとっても誤算だったことだと思っている。
「そして、その点については、もう誤魔化すことができないことは、栞ちゃんが一番、理解していると思うのだけど、どうだろうか?」
「ぎゃふん」
黒髪の少女は決まりが悪そうな顔で、古典的な言葉を口にした。
「だから、言わないで、栞ちゃん。あの日のことについて、あの場にいないキミは、何も知らない。良いね?」
そう念を押してはみたものの、彼女は明らかに納得していない顔を俺に向ける。
「あの場にいた方々は、揃って口を噤んだ、ということでしょうか?」
どうやら彼女の「過去視」はかなりの精度を持っているようだ。
第三者視点であることは分かるが、当事者以外の人間たちのことも視ているなら、相当、広範囲に及んでいるかもしれない。
「あの瞬間は、皆、目を逸らしたそうだよ。それに、見ていたとしても、黙っているようだね。だから、俺は王子殿下を庇った騎士……、のような扱いとなった」
嬉しくはないのだけど、邪魔にならないものだから否定もしていない。
「だけど、そんなのって……」
それでも納得できないらしい。
それなら、良い機会だ。
彼女の意思を確認させていただこう。
「それとも、栞ちゃん? キミは王位に就く気があるかい?」
ここで簡単に頷くような少女ではないことは分かっている。
彼女は道理を知らぬ無知で無恥な娘ではないのだ。
魔界に来てから数年。彼女は色々と学ぶ機会に恵まれている。
「わたしには、王位を目指すなんてできません」
俺の予想通りの言葉が返ってくる。
「だけど、あのまま、あの王子を王位に着けたいとも思えない!」
そして、続く言葉も。
千歳さま。そして、セントポーリア王。
ご安心ください。
貴方方の娘は、本当に眩しいくらいに真っすぐ健やかにお育ちのようです。
「ダルエスラーム王子殿下から王位継承権を剥奪した上で、栞ちゃんが継承権を放棄するという方法もあるよ」
「ふへ?」
俺の言葉で、彼女は変な声を出した。どうやら、意外だったらしい。
「すぐにそれをしてしまうと、国は荒れるかもしれないけど、幸い、我らがセントポーリア国王陛下は未だ、現役でいらっしゃるからね。その辺りも、お考えだとは思うよ」
さて、この言葉でどれだけの意味が伝わることだろうか?
「そのためにも、あの王を支え続けようとする人間には、是非、頑張っていただきたいと思っているよ。勿論、心の底からね」
本気で自分の娘を守りたいと願うなら。
同時にあの国を乱さずに救いたいと欲張るのなら。
その方法は多くないのだ。
「母が、頑張れば、あの国は変わりますか?」
「そのために、あの方も表に出ることを選ばれたのだと思うよ」
それなりの地位を手にして、あの国に認められることが、その近道となるはずだから。
「娘として、わたしができそうなことはありますか?」
目の前の少女の黒い瞳の色に分かりやすく強い光が灯る。
「覚悟を決めることかな」
「覚悟?」
俺の言葉に可愛らしく首を傾げる少女。
「千歳さまが本気でセントポーリア国王陛下を支える気なら、この先、栞ちゃんは無関係ではいられない。ダルエスラーム王子殿下や王妃殿下との対峙も頭に入れておかないとね」
「分かりました」
彼女は素直に返答する。
そのいつか来るべき「対峙」の時が、どんな形になるかは分からない。
だが、それぞれにとってあまり穏やかな形にはならないとは思っている。
それを考えるだけで頭が痛くなるが、目の前の少女を護るためには避けられないことでもあった。
だが、この時の俺はまだ考え方が足りなかったというしかない。
それを、数年後……。
かなり衝撃的な形で理解することになるのだが、この時点でそれが頭にあったのなら、俺と弟はあんなに苦労することにはならなかっただろう。
特に弟は……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




