過去を通して
九十九とリヒトが退室したため、わたしは雄也先輩と二人になった。
「えっと……?」
だけど、何を話して良いか分からず、少し戸惑ってしまう。
雄也先輩と二人きりは、いまだに緊張してしまうのだ。
「親孝行はできたかい?」
「へ? 親……孝行?」
突然、雄也先輩から投げかけられた単語の意味がすぐに脳に伝わらず、自分でも分かりやすくアホな返答になった。
「千歳さまに」
雄也先輩はクスリと笑いながらさらに続ける。
「あ、ええっと……」
親孝行?
母とはほとんど過ごさなかったけれど、最後に書類仕事を手伝ったから、あれは親孝行と言えなくもないような?
だけど、あの書類仕事はセントポーリア国王陛下の仕事だったわけで……。
「あまり、千歳さまとは過ごせなかったようだね。王にも困ったものだ」
「…………おう?」
思わず、「王」とも「応」とも言えない微妙な返答になる。
「栞ちゃんを数日、独占していたのだろ? 千歳さまを差し置いて」
「母は仕事があったから仕方ないです。国王陛下のストレス解消に付き合えそうなのは、わたしぐらいだったようですし……」
聞いたところによると、あの城では、セントポーリア国王陛下が思いっきり誰かに対して魔法を振るうことはないらしい。
治癒魔法はわずかながら使えるけど、わたしと同じで吹っ飛ばし型らしいことは……、あの方より吹っ飛ばされてから知りました。
風属性の治癒魔法は、かなり難しいからと説明はされたけれど……、風属性が主体の九十九は普通に使いこなしている。
単純に、魔力の強い王族が治癒魔法にむかないだけではないだろうか?
それでも自己治癒能力を促進させすぎて破壊魔法にならないだけマシだとも言っていた。
治癒魔法で破壊するって、まるでゲームのラスボス戦で、治癒魔法を敵に使ってかなりのダメージを与えてしまうかのような話だよね。
「陛下のストレス解消……、ああ、魔法を使ったのか」
「国王陛下の公務がある程度、落ち着いた後、大体2時間ぐらい……、が多かったですね」
その2時間以内に何度、あの国王陛下の風魔法によって吹っ飛ばされたことだろう。
風属性の魔法耐性は高い方だと思っていたけど、瞬間的に空気を爆発させるような魔法を連発させると反応しきれなくて、結構、被弾してしまうのだ。
水尾先輩の火魔法の連続攻撃も凄いけど、見えない空気の爆発はその余波だけでも人を弾け飛ばすほどの十分な脅威だった。
滞在の後半には、それ以外の魔法も多くなった。
風属性以外の魔法も普通に使えるのだ。
なかなか器用な王さまだとも思う。
「陛下の魔法を2時間も耐えられるのは羨ましいね。俺も昔、模擬戦をしていただいたことがあるが、その時は1時間ともたなかったから」
ぬ?
その言葉で少し、疑問が湧く。
セントポーリア国王陛下はここのところ、模擬戦の相手がいなかったという。つまり最近の話ではない気がするのだけど?
「雄也先輩、昔ってどれぐらい前でしょうか?」
「…………もう10年ぐらい前かな?」
雄也先輩は年が明ければ20歳を迎える。
つまり……10年前と言えば、10歳ぐらいの時期。
そんな年代で、恐らく二十代の国王陛下と模擬戦。
いろいろと無理がある。
「近年は……、模擬戦をされていなかったのですか?」
「国王陛下という存在に対して、ただの使用人でしかない俺が気軽に模擬戦をしていただくことなどできないよ」
そうだろうか?
あの少しばかり戦闘狂なところがある王さまなら、かなり喜んで相手をしてくれそうだけど。
わたしに向かって魔法を放つ時は、本当に嬉しそうだったから。
「それに……、それから時を置かずして、ダルエスラーム王子殿下にありたがくも気に入られてね。人間界からセントポーリア城に戻るたびに、そのお相手をすることになったから、ますます、陛下との時間は減ったかな」
そう言えば、わたしが以前、セントポーリア城に連れていかれた時、ダルエスラーム王子は随分、雄也先輩を気に入っていた気がする。
陛下との時間が少なくなったということは、割と、頻繁に呼び出されたとか、常に傍にいたとかそんな感じだったかもしれない。
あの強引でマイペースな王子殿下の相手はかなり苦労したことだろう。
だけど、九十九もだけど、雄也先輩は、昔からわたしやその母に仕えていたという。
それなら、王子にとっては、あまり良い感情を抱けるような相手ではなかったとは思う。
そんな相手なら、それを覆すほどの何かがない限り、信頼もできないし、好意を向けようともおもわないはずだ。
それとも、あの方はその言動の割に、自分の私情を別にして、使える人間は使うと言う、合理的な面もある王子なのだろうか?
「雄也先輩が、ダルエスラーム王子殿下に気に入られるきっかけって、わたしが伺っても良いものですか?」
「単純に、王子殿下の危機を救っただけだよ。国民としては当然の話なのだけど、王子殿下はそこに感動してくれたらしい」
王子殿下の危機を救った……?
なんとなく頭の中にうっすらと何かがよぎる。
「もしかして……翼の生えた蛇……のことですか?」
そのまま深く考えずに、今、頭に浮かんだ光景をそのまま口にした。
「あれ? 九十九から聞いた?」
雄也先輩は意外そうな顔をわたしに向ける。
「い、いえ……、九十九は何も……」
九十九からは何も聞いていない。
彼だって、簡単に口にできるような話ではなかっただろう。
だけど……、それなら、わたしは何故、あの光景を知っているのか?
少しずつ、記憶の細い糸を辿っていく……。
あの時、雄也先輩が現れ、大きな翼の生えた蛇からダルエスラーム王子を守って、……それ、で……?
「雄也先輩、しっかり呑まれちゃってたじゃないですか!!」
思わず大きな声を出してしまった。
「栞ちゃん?」
わたしの突然の大声に、雄也先輩が戸惑ったような声を出す。
「しかも、あれって、王子殿下が雄也先輩を掴んで……」
「ストップ! 栞ちゃん!!」
わたしの口を、咄嗟に雄也先輩は右手で押さえ、続きかけた言葉を制止させた。
かなり苦しそうな顔をしている辺り、その動きで身体が痛んだのだろう。
「それ以上、言ってはいけない」
少し、俯きがちに、雄也先輩は言った。
それでも、わたしの口から右手を動かさない。
わたしも下手に動けなくなった。
彼の手をどかそうにも、その動きが彼をますます苦しめてしまう気がして。
「九十九から、聞いたわけではないね」
わたしは少しだけ頷く。
「それなら、その件に関しては内密に願えるかな?」
わたしはもう一度、小さく頷く。
「ごめんね、いきなりでビックリしただろう?」
そう言いながら、雄也先輩は押さえていた右手を外してくれた。
「事情をお聞かせ願えますか?」
「その前に、あのことは、九十九も知らない話だ。それなのに、栞ちゃんはどこでそれを視たんだい?」
あれを、どこで……?
わたしは思わず首を捻った。
ふと頭の中に思い出された光景。
それはまるで、その場所で見ていたかのようにはっきりとしていた。
まるで脳に焼き付けたようなそれを、わたしは……?
「あれは……」
なんとなく俯瞰からの視界だった気がする。
でも、わたしは九十九のように浮くことができない。
しかも、雄也先輩や王子の姿から、既に人間界にいるころの話だと思う。
つまり、既に魔法も記憶も封印している状態。
「……夢?」
それでも、信じられないほどリアルな夢だった。
だから、思わず、本当にあったことのように思えたのだ。
これ、違ったら、かなり恥ずかしい話ではないか?
空想の妄想が大暴走?
「なるほど、過去視か」
それでも、雄也先輩は笑わなかった。
―――― 過去視
それは、過去を夢に視る能力。
魔法とは別の、本人の意思とは無関係に起こる魔界人の現象だと聞いている。
「それなら、状況説明は不要だね」
「九十九は、知らないのですか?」
それはなんとなく意外な気がした。
「簡単に言える話じゃないからね。それに、あのことが何らかの形で表沙汰になれば……、ダルエスラーム王子殿下は、王位継承権を剥奪される可能性がある。セントポーリア国王陛下は、王族が国民を犠牲にすることを許すような方ではないから」
「その割に、国民の生活は犠牲になっている気がしますが」
わたしが思わずそう言うと、雄也先輩が苦笑する。
「それでも、生命を脅かすような事態には至っていない。だけど、あの行動は、確実だっただろう?」
わたしが全てを知っていることを前提に話すが、それでも、意味は伝わる。
「わたしの口止めをしたのは?」
「栞ちゃんが知ってはいけないことだから。できればそのまま、知らないふりを続けて欲しい。俺も何も聞かなかったことにするから」
雄也先輩は困ったようにそう言ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




