久し振りの感覚
「あれ?」
湖の所まで2人で戻れば、ミタマレイルの花が光っていた。
「もう、夜なのか」
わたしは周りを見回す。
この森は木々に深く覆われているため、時間の感覚がよく分からないのだ。
では、このミタマレイルの花は何に反応して光っているのだろう?
この世界の植物は今も尚、謎が多い。
「城で少し作業したからな」
確かに、九十九は朝迎えに来てくれたのに、それから書類仕事のお手伝いをしたのだ。
キリが良い所まで終わった時には夕方に近い時間だったはずだから、確かに日が落ちてもおかしくはないのか。
お墓参りにそこまで長居した覚えもないしね。
今回のお墓参りは別々にならず、一緒に出た。
その方が照明魔法を使えないわたしにとっては、暗い帰り道も安全ということもあるけど、九十九の報告が前より短かったことが理由だと思う。
「それじゃあ、聖堂に行こうか」
もっと見ていたい気もするけど、あまり遅くなるのもいけないだろう。
「待て」
だけど、九十九はわたしの手を握って、止めた。
「そっちは、別の道だ」
「……おおう」
この森で、案内なしには抜けることは出来ない。
城門から城下へ移動魔法を使うことはできるけど、既に森の中に入っているわたしたちは、移動魔法を使うとどこに移動するか分からない。
「九十九の移動魔法でも駄目なの?」
「駄目だな。昔、やってみたが……、この森は古代魔法の感覚も狂わせるらしい」
そうなると、リヒトのいた「迷いの森」も同じようなものかもしれない。
「じゃあ、また歩きますか」
わたしは気合を入れなおす。
だが、九十九はどこかぼんやりとしていた。
「どうしたの?」
「お前は、腹……、減ってねえのか?」
言われてみれば、昼間、城で食べたきりだった。
その上、書類仕事をして、この森を歩いたのだ。
確かにお腹はすいていた。
「すいた」
「それなら、ここで広げるぞ」
そう言って、九十九はどこからか取り出した敷物の上に、保存食を出した。
「九十九の保存食は久し振りだね」
最近はずっと屋内で食事することが多かったから、妙に新鮮な感じがする。
ちょっとしたピクニック気分だ。
しかも、湖のほとりで光る不思議な花が咲いているなんて、幻想的で、この世のものとは思えなかった。
わたしまだ死んでないよね?
サンドウィッチのようなものを口に入れると、少しだけ、懐かしく感じてしまう味が口に広がった。
ああ、これが九十九の味だよな~としみじみ思う。
セントポーリア城での食事は、少し濃い目の味付けで、九十九の料理ほど美味しくはなかった。
いや、料理人の名誉のために言えば、不味いわけではない。
わたしが作る料理よりはずっと美味しかったことは間違いない。
単純に、わたしが九十九の料理の方が好きなだけの話だった。
「このミタマレイルの花って……、年中咲くの?」
今は以前と季節が違う。
それでも、あの時と同じように咲いていた。
「季節は選ばないな。だが……、ずっと咲き続けているわけではないらしい。交替で咲いているからここでは年中見ることができるけどな」
「ここを知っている人だけが知る事実だね」
「かなり高価な薬草だけどな」
彼はまた世知辛いことを言う。
「なるほど……。お金に困ったら、ここに来ればいいのか」
「…………どこから突っ込むべきだ?」
「冗談だから、気にしないで大丈夫だよ」
自分一人でここまで来ることができる気はしない。
そして、九十九はそんなことに力を貸してはくれないだろう。
そんな盲目的にお金を得ようとする人だったら、ここでこの花は咲き乱れることはないのだから。
「もっと食え」
さらに九十九は食べさせようとするので……。
「いや、これ以上は無理だよ」
流石に断った。
結構、食べたと思うのにどれだけ食べさせようとするのだ?
「お前、痩せただろ」
体重は測ってないけど、九十九がそう言うならそうなのだろう。
「ここ数日、ずっと魔法を使いっぱなしだったせいかな。でも、ちゃんと食べていたよ」
食べなければ、目の前にいる「第二のお母さん」がいろいろと心配してしまうし。
「……絵は?」
「ちゃんと描いていたよ。流石に漫画は描けなかったけれど、せっかく九十九が紙と筆記具を渡してくれたからね」
彼は、わたしがこの国へ来る前に、紙と筆記具を預けてくれたのだ。
それはちゃんと青い袋に入れて、持ち帰っている。
「いろいろと勉強になったよ。魔法も、それ以外も」
わたしはそう言って笑った。
今までとは違った生活は楽しかったし、本当に勉強にもなった。でも……。
「だけど……、皆に会えなくて少しだけ淋しかった……かな?」
ずっと近くにいた人が誰もいないことにどこか心細さを感じたのだ。
それだけ、常にわたしの近くに人がいたと言うことなのだろう。
「千歳さんはいたのに?」
「母は……、忙しくてほとんどわたしの傍にいなかったよ」
その替わり、何故かセントポーリア国王陛下が日中は傍にいてくれたけど、あの方が傍にいるのはやはり緊張するし、慣れないせいか、落ち着かなくはあったのだ。
だけど、その分、あの方がどんな人間かはよく分かったかもしれない。
「それは、悪いことをしたな」
何も悪くはないのに、九十九はそんなことを言う。
「大丈夫だよ。淋しかったのは本当に少しだけだから。そこまで子供でもないしね」
流石に17歳にもなって、皆と離れたからって、シクシクと泣いてしまうようなお年頃でもない。
うぬう。
そう言ったのに、九十九の表情が暗いままだ。
「それより、魔法をいっぱい見ることができたよ」
だから、わたしは話題を変えることにした。
セントポーリア国王陛下は、風属性の魔法以外もいっぱい見せてくれたのだ。
風属性以外では、水属性の魔法が得意らしい。
その反対に苦手なのは、実は光属性の魔法……などと言っていたが、見た感じ、そんな印象はない。
風属性の魔法ほどではないけど、綺麗な光属性魔法を使いこなして、わたしにぶつけてくれたから。
だから、自分で苦手と言っているのは単純に情報国家の国王への苦手意識みたいなものがあるのではないかと思っている。
「お前の方は?」
「わたし? 相変わらずさっぱり使えないまま」
本当に、わたしはどれだけ才能がないのか。
風属性の魔法は基本魔法と、それを大きくしたような魔法が使えるけど、もっと集中しないといけないような魔法は全然使えなかった。
「最高濃度の魔気による感応症を受けても、最高峰の魔法を見ても駄目か……」
九十九は溜息を吐く。
「情報国家の国王は、『ある日突然、使えるようになるタイプ』だとフォローしてくれたけどね」
挑発的な口調の割に、かなり優しい王さまだと思っている。
「つまり、あの国王は、まだお前に関ってくるのか?」
九十九は眉を顰めた。
「この国の国王陛下や母と交流があるから仕方ないね。あの2人の話では、一度、気に入られたら、なかなか逃げられないらしいよ」
別々に確認したのに、2人して同じようにそう苦笑していたから、本当のことなのだろう。
「それを『交流がある』と言って良いのか?」
「良いんじゃないかな?」
それでも2人とも関係を断つ気はないみたいだから。
「それに、わたしもあの王さまのことは嫌いじゃないから」
「…………顔か」
九十九はどこか呆れたように言うが……。
「失礼だね。確かにあの方のお顔はすっごく好みだけど、それだけで簡単に気を許すはずがないでしょう?」
寧ろ、顔の良い男の方が変に自信がある分、危険だと思っている。
「好みなのは認めるんだな」
「うん。あの顔がドストライクなのは否定しない。あれで銀髪だったら、簡単に打ち取られるね」
それが分かっているから、あの王さまはわたしに必要以上に顔を近づけるのだろうね。
「銀髪……」
「黒髪でも良いよ」
でも、それなら瞳は黒い方が好みかな……と言いかけて、思いとどまった。
それは遠回しに、同じ方向性の顔をしている、とある兄弟の顔も好みだと言っているようなものだから。
いや、好みなのですよ、この兄弟の顔って。
だけど、好みだからと言って好きになるかは別の話。
過去に九十九のことが好きだったのは置いておこう、そうしよう。
ところで、まだ帰らないのかな? と思った。
こんなにのんびりするのは久し振りだけど、そう思って九十九の方を見たら、彼は何故か寝っ転がって、目を閉じていた。
「九十九?」
呼びかけるけど、反応はなし。
その替わりに……、すーっと言う寝息。
疲れていたのかもしれない。
「いつもと逆だね」
わたしは笑いながら、そう言うと、食べたものを片付けるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




