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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 主従関係変化編 ~

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自分の居場所

「ちょっと良いか?」


 城を出た後、オレは高田に声を掛ける。


「何?」


 黒くて大きな瞳を彼女はオレに向けてきた。


 10日振りに会った高田は、なんとなく印象が変わった気がする。


「城下の森を抜ける前に、寄りたいところがある」

「もしかして、お墓?」


 オレの簡潔な言葉だけで理解したのか、彼女は何故か目を丸くした後、確認してきた。


「そうだ」

「自分からお墓参りに行きたいとは……、殊勝な心掛けだね」


 少し嬉しそうに彼女が笑った。


「……報告したいことができたんだよ」

「誰に?」

「三人に」


 正しくは、確認したいこと……だった。


 あの時のオレに気付かなかったことも、今のオレなら気付けることもあるだろう。


「そっか。案内してね」


 オレの言葉を疑いもせず、高田はいつものように笑ってくれた。


***


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」


 前にこの森を歩いた時は、高田はかなり遅かったが、今回はかなり近くにいる。


 もしかしたら、無理しているんじゃないかとも思ったが、笑う余裕はあるらしい。

 そのことに少しほっとする。


 彼女はいつも、無理をしようとするから。


 だけど、今日は体力もまだありそうだったから、なんとなく少しだけ回り道をして、いつもの湖に辿り着いた。


「あれ? ここに来る前に池がなかったっけ?」


 高田は何かを吸い込むように両手を広げながらオレにそう声をかける。


「あの時は城下からだったからな。今回は城からだから道が違うんだよ」


 回り道ついでにあの道を通っても良かったが、少々、ルートが不自然になってしまう。

 あの池の存在は、言われるまで頭になかったけどな。


 昔、なかったものまではっきりと覚えていない。

 オレの中では、今でもあの場所は広場のままだ。


「よく覚えているね」

「それだけ歩かされたからな、ミヤドリードに」


 お使いと称して、城下まで何度も歩かされた。


「……ミヤドリードさんに?」


 何故か、高田はきょとんとした顔を向ける。


「後……、大気魔気の流れはそこまで変わっていない。今なら、お前も分かるだろう?」


 あの頃、分からなかったことでも、今、分かるのはオレだけじゃないはずだ。


「……そこまで意識していなかった」


 頼むから、意識してくれ。

 オレはその言葉をなんとか飲み込んだ。


 今は、そんなことはどうでも良い。


「降りるぞ」


 そう言いながら、オレは高田を両手で抱き上げる。


「へ!?」


 驚くような高田の声が、オレのすぐ近くで聞こえた。


 この感覚、この声、この感触、この匂い。


 間違いなく、この腕の中にいる彼女は、作り出された幻ではない。


「……本物だな」


 オレは安堵から、うっかりそう呟いてしまった。


「……はい?」


 彼女が不思議そうな声を上げる。


「いや、気にするな」

「気になるよ」


 やはり誤魔化しきれない。


 どう答えたものか……。


「偽物のわたしにでも会ったの?」


 そんな彼女の純粋な言葉に思わず苦笑したくなった。


「そんな所だ」


 確かに本物でなければ、それは偽物だと言って良いだろう。


 そう思えば、少しだけ心が軽くなった気がする。


「それよりしっかり、掴まっとけ。障害物が多い場所で、下に向かう移動だからな。上に向かうより、重力と浮力の調整が難しいんだよ」


 だけど、彼女にしては珍しく困惑した顔を見せ、暫く考え込んだ。


 オレが「どうした? 」と高田に言葉を掛ける前に……。


「どうやって、掴まれと?」


 かなり怪訝そうな顔をオレに向けた。


 そんなに難しいことを要求した覚えはない。


「首に手を回せ。それしかないだろ?」


 オレがそう言うと……。


「はい!?」


 何故か、狼狽えた。


 いつもやっていることだよな?

 背中にしがみつかれたり、確か高田から背中に手を回されたこともあるぞ?


 あれと同じじゃないのか?


「もたもたするな。オレは気にしないから」

「ちょっとは気にして!」


 抵抗しようとするので、オレは強引に動き出す。


 高田は驚いたのか思わず、勢いよくオレにしがみついてきた。


「始めから、そうしとけ」


 いつものように言ったつもりだったが……、彼女の身体が強張っているのは分かる。

 思わず、支えている右手に力が入ってしまう。


 怖がらせたいわけではないのに。


 だけど、この手を離す気はなかった。


「着いたぞ」

「う、うん」


 滝の前に立って、高田を下に降ろす。

 そして、準備しておいたレインコートを彼女に被せた。


「何?」


 この世界でレインコートはほとんど見かけない。

 だから、頭と身体を覆う程度の単純な造りとなっていた。


 だが、彼女にとっては人間界で見たことあるはずのものだが、分からないようだ。


「耐水性の……レインコート替わりだな」

「なるほど、雨合羽か」


 何故、その言い方に直したかは分からない。


「……そうだな」


 オレも同じものを羽織る。


 少し、動きにくいが、滝をくぐる間だけだ。

 そんなことを考えていたオレの思考をぶった切るようなことを彼女が口にした。


「おや? お揃い?」


 先ほどから、なんでそんな阿呆なことを口にできるのか?


 変わったように見えて、変わらない彼女のマイペースさに苛立つような、救われるような複雑な心境になる。


「魔界は傘が主だし、雨避けは耐水魔法を使う人も多いからな。だが、この滝の水量に対して傘で防げると思うか?」

「無理だね」


 少し宙に視線を彷徨わせた後、そう言った。


「だから、オレとお揃いが嫌でも我慢しろ」

「嫌じゃないよ。お揃いってなんか嬉しくない?」


 何故か嬉しそうに笑って答える高田。


 なんだろう。

 今日の彼女はいつもより笑顔をオレに向けている気がする。


 いや、最近、オレがまともに彼女の方を見ていなかっただけか。


「お前の羞恥心の基準がよく分からん」


 オレがそう言うと、高田は不思議そうな顔をした。


 彼女にとって男女で「お揃い」は、恥ずかしいことではないらしい。


 誰も見ていないところで少しの間、張り付かれるよりも、いつ誰が見るか分からない状況で「お揃い(ペアルック)」をする方がよっぽどか、恥ずかしい気がするのだが?


 オレはそれを誤魔化すように高田から離れ、滝に頭から突っ込む。


 頭が冷えた。


 水温による冷却ではなく、水流や水圧による衝撃と、その大音響で。


「濡れてないか?」


 大丈夫だと思ったけれど、確認はする。


「合羽着たから髪の毛は濡れてないよ」


 彼女はゆっくりとレインコートを脱ぎながら、そう答えた。


 変に拘って、レインコートを服型にしなくて心から良かったと思う。


 この形でも、少し見入ってしまったのだから。


 彼女からレインコートを受け取り収納する。

 濡れたままだから、後で乾かそう。


「便利だよね。明かりの魔法って……」


 オレの出した照明魔法を見ながら、高田はほうっと息を吐いた。


「これは見た目に寄らず、照明の維持には神経を使うけどな。だが、光源の調整はしやすい」


 明るさや範囲の調整が集中するだけで簡単にできるのだ。だから、こんな場所では重宝している。


「ほほう。これって術者が寝たらどうなる?」

「この魔法なら消えるな。だが、消えない魔法もある」


 術者の意識がなくなっても消えない照明魔法もある。


 特に見知らぬ場所、危険が多いと始めから予測されるような場所ではそちらの方が良い。


「照明魔法もいろいろだね」

「基本的に現代魔法も古代魔法も同じ用途で違う効果が出るものも少なくはないからな」


 要は特性を理解した上で使い方も考えろ、ということだな。


 岩だらけの天然に近い通路を進むと、周囲の壁が仄かに光っている石造りの扉に突き当たる。


 石の扉に触れ、扉を消すと、高田が感心したように……。


「何度見ても、凄い仕掛けだね」


 そんなことを言うものだから……。


「金が掛かってるよな」


 思わずそんなことを口にしていた。


 今だから、分かる。

 ()()()()()()()()()()()()に。


 石室の中に入ると、三本の墓柱石が並んでいた。


 その黒い墓柱石にはそれぞれ黄色い「魂石(こんせき)」が光っている。


 二本並んでいる墓柱石がオレたちの両親のものだから、奥の墓柱石がミヤドリードのものだろう。


 それを見て、なんとなく、思い当たることがあるが、まだ確信はできない。


「お参りしようか?」


 高田がオレに声を掛けてきた。


「おお」


 オレとしては、この時点である意味、()()()()()()()()()()()()のだが、神妙な面持ちで手を合わせる高田の横に座って同じように手を合わせた。


 いつもこんな顔をしていれば、彼女は十分、年相応に見えるのに。


 だが、そんな顔は高田らしくない気もするな。


 ここに眠っている人たちには、言いたいことばかりではなく、本当は聞きたいこともいっぱいある。


 だけど、今は、そんなことどうでも良かった。


 オレの居場所は、ここで語ることなく眠っている人間たちの傍ではない。


 オレのちょっとした言葉にも反応してくれる表情豊かな主人(あるじ)の傍だと数日振りの落ち着く気配を横に感じながら、しみじみ思うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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