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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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温泉宿のお約束

「へ~。露天風呂ってそんなに良かったんだ~」

「男の方はな。女湯の方は知らないけど」


 温泉から出た後、わたしは九十九とロビーでのんびり会話をしていた。

 ここで待ってるようにとワカに言われたからだ。


 尤も、待ち合わせていたわけではなく、九十九は後から来たのだけど。


「まあ、知っていてもイヤだね。でも、良かった……。男と女が別で」

「家族風呂以外の混浴は条例で禁じられているらしいからな」


 そうなのか。

 そんなことは知らなかった。


「詳しいね、妙に……」

「さっき来島が言ったんだよ。条例で制限されてるなんてオレも知らなかった」

「まあ、興味があって調べない限り、知ることがない知識だよね」


 九十九も知らなかったことに少しだけほっとする。


「ちょっと、ちょっと、お二人さん。仲が良いのは結構ですけど、ここにいるのは独り身ばかりなんだよ? あまり見せつけないで欲しいわ」


 待たせておいて、九十九との会話に割り込むワカ。


 彼女の手には、卓球のラケットが握られている。

 ……ということは……。


「温泉に来たら、コレよ! 様式美! タイル張りの恨み、これで晴らす!」

「何の話だ?」

「いろいろあったんだよ」


 九十九がわたしに意見を求めるが、そう答えるしかなかった。


「それに……、その格好のまま卓球をする気か?」


 その格好とは……、こちらも温泉のお約束、浴衣姿である。


「悪い?」

「悪いって……、お前、こっちが困るだろうが!」


 何故か九十九が自分の額に手をやっている。


「笹さんったら、オヤジ~」

「違うだろ」


 九十九の心配もワカには通じないようだ。


 かえってからかいの対象となる辺り、彼らの関係が分かるようである。


「もともと高田と二人で楽しむつもりだったのよ。高田は初心者だし、私も素人だからそんなに激しくできないし。ま、太股の一つや二つ、笹さんなら……ねえ?」

「こっちに振らないでよ」


 そして、太股はほとんどの人間が二つまでしかない気がする。


「いや、一応、彼女に承諾をと」


 ワカがにやにやと笑う。


「ま、笹さんが心配なら、そっちは男子陣を呼んできてよ。私も望を連れてくるから」

「いや、だから、人が増えてもその格好が悪いと言ってるんだよ」

「笹さんはかったいな~。ま……、あ、うん。笹さんが退()いてくれる気がないのは分かったから、高田だけでも着替えてきたら? 色気のないジャージ姿にでも」

「ジャージはパジャマ代わりに持ってきてたけど、ここのタンスに浴衣とは別にガウンもあったんだよね。それを着てみるか」


 スカートなら、抵抗あるけれどガウンはこんな機会でもない限り着ることはない。


 ちょっと高級な感じがするよね?


「ちょっと待て。あのガウンじゃ激しい運動時の露出に大差がない」


 部屋に取りに行こうとしたわたしの肩を掴むなり、九十九はそんなことを言った。


「ほほう? 彼氏として、高田の着崩れが見たくないと?」

「……こんな所で見せられても困るだけだ」


 真面目な顔して何を言い合っているか分からない。


 いや、なんとなくは分かるのだけど……、そこまで心配するほどのことだろうか?


 どこまで本気なのかも分からないけれど、九十九はやはり過保護だと思う。


「高田、悪いことは言わないから、素直にジャージにしとき? この彼氏は思ったよりサービス精神がない。着崩れ姿は、部屋に戻った時に私だけに見せてね」

「……おいこら」

「それぐらいのサービスは見せてもらっても良いと思うのよ? せっかく良い足してるのに、この子、全然出さないんだから」

「……良い足かはともかく、さっき、温泉で見てなかったっけ?」


 タオルで隠せるのは限度がある。

 流石に足までは隠していない。


「温泉での真っ裸(まっぱ)と服の間からのチラリズム! 全然、違う!!」


 ワカのよく分からない主張に、わたしは頭を抑えながら部屋に向かって、ついでに望さんに声を掛けてくることにした。


 しかし……、ロビーで卓球するってだけで、なんで、わざわざ着替えまで? と思わなくもなかったけど、結果として、それは良かったと後になって思う。


 わたしは勝負事に熱くなりやすいのだ。



 わたしが望さんを連れて戻ってきた頃には、九十九と同室の二人も揃っていた。


 そして、そのままなんとなく卓球勝負へと雪崩れ込む。


 因みにわたしは卓球なんて生まれてこの方したことがない。


 このラケット(?)を握るのも初めてで、握り手が思ったよりかたいな~とか思っているぐらいだ。


 バドミントンなら遊び程度にしているが、テニスも硬式、軟式共に未経験。

 つまり……、力加減、正しくは手首の角度が分からないわけで……。


「高田~! お前、ソフト感覚でやるな!」


 来島が叫ぶ。


 この場合、ソフト感覚というのは軟らかいとかそういう類ではなく、ソフトボールと同じようなという意味である。


 わたしは力いっぱい振り切るせいか、球が軽くて硬いせいなのか分からないけれど、思うような所に飛んでくれないのだ。


 でも、テレビで観た卓球選手たちはわたしより激しく振っていたから、フルスイングが問題ってわけじゃないと思う。


 それに、バドミントンではもっとうまく、スパーンと決まるのに。


「そう言えば……、高田はバドミントンでも結構、激しいからな~」


 ワカがぼそりと言う。


「若宮先輩……、分かっていて兄に高田先輩との対戦を譲りませんでした?」

「なんのことかしら~? 高田の卓球の腕なんて知らないもの」


 ワカがすっとぼける。


「しかし、こうなることは予測していたような感じだな」


 九十九がワカをじろりと睨むが、それぐらいで動揺するようなワカではなかった。


「見事な手首のスナップだね。ラケットの持ち手や角度を考えたらかなり強いスマッシュが決まると思うけど」


 この中で唯一、公式での卓球の経験がある深谷くんは顔を紅くしながらも、会話に参加はしている。


 手で顔を扇いでいる辺り、熱をもっているのだろう。


 異性に対して顔が紅くなる体質って大変だと思う。


「強いスマッシュは教えない方が良いわ。それだと多分、人の身体を狙いに行く。バドミントンでの打ち方を見る限り、高田はそういう女よ」

「え? え? そうなの?」

「一番、身近で高田を見ていた人間が言うんだから違いないんだろうな」

「イヤだわ、笹さん。身近なのは今は笹さんよ」

「でもさりげなく過去形にしてましたよ、笹ヶ谷先輩は」


 さっきから外野がやかましい。


 でも、何がいけないんだろう?

 さっきから打ち返すたび、来島の背中しか見ていない気がする。


「ダブルスにした方がいいんじゃない?」

「見える背が二つに増えるだけよ」

「それに……、お前だって女と組めないだろ?」


 深谷くんが提案するが、ワカと九十九がそう返した。


「背中が見える確率が減るとは思うんだけどな」

「試しにやってみたら? 清哉くん、卓球経験者だからハンデにはなるんじゃない?」


 望さんは、深谷くんのことを「清哉くん」と呼ぶ。

 それにわたしたちとは違って敬語ではない。これは付き合いの長さなんだろう。


 そんなわけで、シングルからラケットを追加してダブルスへ。


「スポーツ経験者ならコツを掴めばできるよ」


 彼は顔を真っ赤にしながらも、教えてくれた。


 なるほど、彼は経験者だけあって返し方が巧い。


 ハンデなのか、決して強くは返さないのだけど、ラインギリギリとか左右に打ち分けるなど、綺麗で可愛らしい顔に似合わず、イヤなところを突いているのは素人のわたしでも分かってしまう。


 ソフトボールのファウルラインギリギリの当たりってすっごく嫌だったし。


 そのためか対戦相手の背を見る確率はあまり変わっていない。

 九十九と来島は2人仲良く後ろまで球を拾いに行く。


 それがコートに当たるか当たらないかの差。


 ああ、うん。

 結構、それはでかいか。


「まあ……。これはこれで見物(みもの)かな」


 のんびり見物しているワカはニヤニヤと言った。


 打てばホームランになる娘。

 巧みな腕だが顔を真っ赤にしている少年。

 背を向けてばかりの赤い髪と黒い髪の対戦相手。


 知らない人が見たら不思議な光景だろう。


「ラリーへの道は遠そうですね~」


 同じく見ている望さんはため息をつく。


 それでも、4人が燃え尽きる前には、わたしの打ち返した球がたまにコート内に入るようにはなったのだが。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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