王と護衛の内緒話
いや、これはいろいろおかしいだろう。
なんでオレは今、自国の敬愛すべき国王陛下から「自分の娘が好きか?」と妙な確認をされているのだ?
単なる親バカ心から来る牽制の台詞ならば良い。
だが、それ以外の理由があっても困る。
「隠さずとも良い。先ほど、結界を張ったから、あの二人には聞こえていない。同時にあちらの声も聞こえなくはなったがな」
いつの間に……、と言うべきか。
気の使い方がどこか違う! と叫ぶべきか?
だが、雇われ者のオレは、その立場上、国王相手に、嘘や偽りを含めた下手な答えは返せない。
それに、なんとなく、この場では肯定の言葉を返しても、否定の言葉で答えても問題になりそうな質問だとも思う。
「人として……、あの方を尊敬はしております」
この点において、間違ってはない。
よくもまあ、どこに行っても次々と厄介な問題に巻き込まれるヤツだと感心もしているが、それ以上に、高田が持っている考え方はオレも嫌いじゃないのだ。
この国の城下の森で、水尾さんを発見した後、見捨てる選択肢はあの少女の中に始めからなかった。
明らかに荒事に巻き込まれると分かっていても、彼女はその手を伸ばした。
それでも、アリッサムのヤツらに出会った時点で水尾さんを押し付けても良かったし、彼女だって、そうされても文句は言わなかったはずだ。
だが、問題を起こしたヤツらにあの人を任せられないと啖呵を切った上、さらにその相手を叩き伏せた。
ジギタリスで、占術師の言葉を律儀に守り、閉じ籠っていたクレスノダール王子殿下を再び、外の世界へ引っ張り出した。
さらにストレリチアでは、友人である若宮のことを気にしつつも、クレスノダール王子殿下の心まで気にかけていた。
そのストレリチアでも、彼女は全てを気にかけた。
若宮のことも、大神官のことも、それ以外も。
だから、彼女は「聖女の卵」の道を選ぶことになり、最低限ではあるが、律儀に義務は果たしている。
巻き込まれただけなのだから、放っておいても誰も文句は言わないのに、彼女は楽な道を選ばない。
迷いの森では襲撃してきた相手にまで情けをかける。
自分の身を狙うような相手が怪我したのなら、そのまま放置するべきなのに、それでもあの紅い髪の男を庇い続けた。
長耳族からも、オレたちからも。
さらにそこで同族から虐待を受けていたリヒトを見つけ出し、救い出した上、あの時間が止まった世界から連れ出した。
あのリヒトが、そんな彼女に多大な好意を寄せるのは、似たような立場にあるオレたちにもよく理解できることだ。
世界が広いことを教えてくれた少女に、特別な気持ちを寄せるようになるのは、自然なことだから。
そして、カルセオラリアでは、嵌められたにも関わらず、彼女はその命を懸けて、第一王子を救い出そうと、危険な場所に自ら向かっていたという。
自分に対して好意的ではない感情を向ける相手。
それでも、彼女は目の前で泣く人間を含めて、何一つ、見捨てられなかった。
何よりも、オレも兄貴もずっと彼女の存在に救われている。
確かに魔法は不得手だ。
加えて、いつも信じられないことばかりする。
オレたちの忠告も無視して、危険に向かっていくような阿呆の極みだ。
それでも、あの小柄な黒髪の少女には、妙に期待させられる何かがある。
どこまでも自分に厳しく、他人に甘いお人好し。
いや、自分にも十分すぎるほど、甘い所はあるが、もっと頼れ! と言いたくなる時の方が多いのだ。
「尊敬……、本当にそれだけか?」
セントポーリア国王陛下は鋭い眼をオレに向ける。
「いいえ。ずっと近くにいるために、恐れながら家族のような感覚もあります」
それも否定する気はない。
オレたち兄弟を救ってくれた「シオリ」も、オレたち兄弟と過ごしている「高田栞」も、既に自分と無関係な他人だとは思えなくなっている。
だけど……。
「ですが、私はあの方に、国王陛下やチトセ様が期待されているような感情を持つ気はありません」
その感情を持つわけにはいかない。
それを持ってしまえばきっと……。
「本当に?」
陛下はさらに重ねて問い質す。
「はい。この身に施された『命呪』はそれを許さないですから」
胸に手を当てて答えたオレの言葉に、国王陛下は目を見開いた。
どんなに幼い時に施された魔法でも……、そのことを忘れたことは一度もなかった。
その時、セントポーリア国王陛下がした「強制命令服従魔法」はたった2つだけ。
一つは、彼女の「命令」には必ず、従うこと。
そして、もう一つは……。
「確かに過去のお前たちに命呪を施しはしたが、俺、いや、私はお前たちを信じている。その言葉に嘘偽りはない」
セントポーリア国王陛下は神妙な面持ちで、オレに告げる。
「だが、それでも、あの娘を傷つけることは許せないのだ」
「承知しております」
セントポーリア国王陛下は公正な王だ。
オレたちのような人間にも誠意を尽くしてくれる。
どこの人間かも分からない、誰の血を引いているかも知れない素性不明の男たちだと言うのに。
だから、オレも……。
「自分もそれを望みません」
素直にそう言い切った。
この世界で一番、大切なのだ。
だから、傷つける人間には容赦をする気はない。
それが例え、兄であっても、自分自身であっても。
そして……。
「シオリ様を傷つけようとする者は、例え、国王陛下であっても、私は刃を向けるでしょう」
セントポーリア国王陛下に向かって、オレはしっかりと宣言する。
一国の王に向かってその発言は、ある意味、不敬な誓いだと言うのに、セントポーリア国王陛下は不敵に笑った。
「刃を向けた所で、返り討ちに遭っては、それ以上あの娘を護れぬぞ。もう少し腕を磨いてから、物を言え」
さらに、遠慮なく現実的な言葉を叩きこむ。
「だが……、この王にあの『ドラオウス』を手にさせたことは誇っても良い。アレは本来、乱心した神に向けるモノ。人間に向けるものではないのだ」
兄貴も同じようなことを言っていた。
だが……。
「アレは……」
オレの発想ではない。
あの時、傍に高田がいなければ、そんな賛辞も受けることはできなかった。
そんなオレの思考を読んだのか。
セントポーリア国王陛下はこう続けた。
「元はシオリの考えでも、アレはお前の魔法だ。発想だけでは、想像も創造もできん。何度も言わせるな。誇って良い」
「お言葉、ありがたく頂戴致します」
そこまで言われてはそう答えるしかない。
「だが、もし、あの発想がシオリ自身の創造に繋がれば……」
セントポーリア国王陛下は高田を見ながら……。
「半端なモノでは太刀打ちできない存在になるだろうな」
そう肩を落としながら、溜息を吐いた。
「ユーヤにもしっかりと伝えておけ。あの娘に半端な男を近づけさせるなと」
それは父親としての願いか。一国の王としての望みなのかは分からない。
「承知しました」
だけど、そんなことは言われるまでもない話だった。
少なくとも、兄貴やオレが認めるような人間でなければ、彼女の横に立たせたくはない。
頭の中に、金髪のバカ王子や、銀髪のクソ王子の顔が浮かぶ。
いや、一番、近付けたくないのは、紅い髪の男だな。
何を考えているか分からないし、何を身体の中に飼っているのかも分からない。
あんな男たちに、高田栞を渡せるものか。
「どうやら、あちらの話も終わったようだな」
セントポーリア国王陛下の声で振り返ると、いつの間にか、高田と千歳さんが揃って、こちらを見ていた。
「最後になるが……」
セントポーリア国王陛下は、オレの肩を掴みながら言った。
「あの娘を頼んだ、ミヤドリードの愛弟子たち」
前にも思ったけど、その言い方、ズルいよな。
それでは、国王陛下からの命令と言うより、ミヤドリードの命令みたいな気持ちになってしまう。
だから、オレに選択肢などない。
昔から、あの師匠に逆らうことなど無謀なのだ。
「承知しました」
これまで以上にそう強く言い切ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




