皆で仲良く
「迎えに来たぞ」
オレは恐れ多くも国王陛下に案内された上、陛下の私室にて、高田に声を掛けた。
彼女とは数日振りの再会となるが、今は素直に喜べない。
大神官や若宮と話して落ち着いたはずだったが、彼女にたった一言声を掛けるだけでもかなりの精神力を絞り出したような気がした。
だが、そんな彼女は、書類を掴んだまま目線をオレに向け……。
「……唐突だね」
そんな風に肩を竦めて、息を吐いた。
それを見て……、若宮の言葉が蘇る。
『幻は鏡のようだけど、本物とは全然、違うから」
確かに違うな。
そう納得した。
生命力とか存在感とかが全く違う。
そこにいるだけで……。
「先触れはしたはずだが……」
オレは、チラリと案内をしてくれたセントポーリア国王陛下と千歳さんを見る。
流石に城に行くのに、その主である国王陛下になんの連絡もしないという無礼はできない。
しかも、その訪問理由は、国王陛下の宝物を再びお預かりするためなのだ。
どう考えても、事前連絡なしというのはあり得ないことだった。
二人が笑っていることから、高田には内緒にしていたことが分かる。
人が悪いというべきか。
「俺は知らせるつもりだったのだが……」
オレからの視線を受け、真面目なセントポーリア国王陛下は気まずそうに言ったが……。
「私が知らせなかったのよ」
主犯は千歳さんだったようで、あっさりとそんなことを言われた。
「ギリギリまで仕事に集中して欲しかったので。お迎えが来ると分かっていたら、嬉しくて浮ついちゃうでしょう?」
だが、高田のこの様子では迎えが嬉しくて浮つくとは思えない。
寧ろ、今、オレが邪魔だと思ってないか?
「少し、手伝いましょうか?」
仕方なく、高田から書類を奪う。
国王陛下が多忙なことは、兄からいつも聞かされていた。
血縁関係はあると言え、外部の人間でもある彼女の手を借りるほどなら、かなり切羽詰まっているのだろう。
それに、とっとと済ませて、早くここから動きたかった。
「ああ、頼む」
陛下の許しを得たので、早速、中身を確認する。
先ほどざっと目を通してはいたが、しっかりと見れば……
「王妃の私費……。クソ高え……」
最初に出てきたのはそんな感想だった。
いや、おかしいだろ?
どんだけ高い化粧を購入したらこんな金額になるんだ?
高田や水尾さんならもっと……。
そこで、比べる基準がおかしいことに気付いて、他の部分にも目を移す。
他に際立った数字が目に入る。
「親衛兵、どんだけ衣服購入してんだよ。使い捨て感覚なら、もっと安いの買え」
アイツらが着飾ったところで、何の役に立つんだ?
つまり、アレか。
この項目で計上しているが、なんか別のモノを購入しているんだろうな。
領収書なんて、誤魔化せないものでもない。
それに、領収書自体がないことも魔界では珍しくないのだ。
ある意味、収支報告がどんぶり勘定、ザルで許される組織なのだろう。
兄貴もたまにならこの緩さを見習ってほしい。
……無理だな。
この現金出納帳ももっとその詳細を見れば、かなり面白い物が分かるかもしれない。
更に確認していくと……。
「ここの金、おかしいな。上納金の計算、間違ってねえか?」
どこか不思議な数字が目についた。
「九十九、九十九……」
横から肩を指で突かれる。
「なんだよ?」
「声、出ているよ……」
「あぁ?」
そんな高田の指摘に、ようやくオレは気付いた。
「失礼、致しました」
ここは兄貴のいる部屋じゃない。
国王陛下の私室の一つだった。
「九十九くん、どこの上納金の話?」
千歳さんが興味深そうにオレが持っていた帳簿を覗き込む。
丁度良いから、確認しておこう。
「ここの辺境です。昨年よりも上がっています」
少なくとも、この数字の変化は明らかにおかしい。
まるで、今まで不当に管理されていた金額が、正しい数字になったかのように……。
「その地域は、以前、お前たちが関わった村があった場所だ」
セントポーリア国王陛下がそう答えてくださった。
だが、あんな辺境で、若い人間たちとはいえ、50人ほど人口が増えた所でここまで大きく数字が変化するとは思えない。
「あの規模を『村』とは言わない。今や、国境の町として賑わい、行商人たちも必ず立ち寄る場所となっている。あの町の住民たちは払いが良いらしいからな」
確かに城に仕えていた聖騎士団上がりの人間たちなら、金が入れば使うことを知っているだろう。
セントポーリアの気質と違う人間たち……。
払う人間がいれば、そこに立ち寄る人間も増えて行く。
さらにその地域に定住する人間もいるだろう。
そして……、あの付近を治める領主の不正が明るみになれば、この数字に近くなる。
「そう伝えてくれるか。現状では、種火の様子も容易に確認できん」
ああ、セントポーリア国王陛下はそれをオレや高田に伝えたかったのかもしれない。
「分かりました。国王陛下よりあの方のことを気にかけていただき、感謝いたします」
この場所、そして「火」。
その繋がりに該当する人間は一人しかいない。
今はその火も二つとなったが……、そこまではまだ把握されていないのだろう。
「慣れない環境で苦労もあることだろう。種火は弱っていないか? 心労のあまり憔悴していないか?」
「「憔悴……」」
セントポーリア国王陛下の言葉にオレと高田の声が重なった。
あの猛るような炎なら、今も元気にカルセオラリア城にてその復興を手助けしているはずだ。
あの一月分の保存食がなくなる頃には一度、戻ってくると言っていたから、そろそろ戻る頃だろう。
まだ一月経ってねえけど。
「だから、大丈夫って言っているのに……」
千歳さんがセントポーリア国王陛下に向かって呆れたような声をかける。
「確かに線は細いけれど、しっかりとした強い芯が通っているのだから。周囲の相性も悪くないようだし、簡単に燃え尽きたりしないわよ」
そう言いながら、手早く、書類を続けて処理していく。
かなり早い。
オレも負けてはいられない!
「それでも……、万一と言うことがある。聖なる火より分かたれた大事な種火の一つだ。弱れば、聖火も穏やかな火を灯せまい」
恐らくはアリッサムの女王陛下を気にかけているのだろう。
同時に、魔法国家の話題になると、女王陛下や王女殿下たちの話は耳にするのに、「王配」と呼ばれる女王陛下の配偶者については、何故かどこに行ってもあまり耳にしない。
真央さんを保護していたカルセオラリアだけではなく、水尾さんたち自身の口からも。
アリッサムはそれだけ女王陛下が重視され、魔力が強いことでその座に就いた「王配」については、あまり関心を持たれないのだろう。
どこかで「王配」というのは、「種馬」も同然という話を聞いたことがあるが、本当にその通りなのかもしれない。
次々に山積みとなった書類仕事を四人で片付けていく。
国王陛下や千歳さんは流石に手慣れているとしか言いようがない。その速度は明らかにおかしかった。
剣術よりも書類仕事が得意な国王陛下と兄貴が評しているのはよく分かった気がする。
ガキの頃はここまで踏み込んだことはない。
今まで耳にしながらも、目で見るまでは知らなかった事実だ。
そして、オレは、兄貴としかこういった業務をしていないことがよく分かるな。
この場に兄貴がいれば、もっと早く片付くだろう。
しかし、一向に終わる気配がなかった。
寧ろ、どんどん、増えている気がするのは気のせいではないはずだ。
先ほどから、追加される書類が多くなってきた。
この機会に片付けてしまおうと言うことだろうか。
だが、これが陛下の助けになるのなら、異論もない。
慣れていない高田の様子は気になるが、正確ではある。
彼女の書類は修正する必要がない。
慎重を通り越して、若干、神経質な感はあるが、それも慣れだろう。
これは、彼女にとっては丁度良い機会だ。
この先、誰かと生きていくためには、こんな仕事も覚えていた方が良いのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




