母と娘
「2人とも、雄也くんにも、よろしくね」
「分かっているよ」
「承知しました」
あの後、いろいろとお土産や見舞いの品を受け取った。
本来ならかなりの大荷物になるのだろうけど……、幸い、九十九の収納魔法で、ほぼ手ぶらに等しい。
「ツクモ、今後も頼んだぞ」
「承知いたしました。国王陛下のお心に添えるよう尽力致します」
「それと……」
セントポーリア国王陛下は何故か九十九を手招きして……、こっそりと何かを話し始めた。
その様子から、大事な打ち合わせなのだと思う。
だから、わたしは彼らの話を聞かないように、母に向き直った。
内緒話を聞くような趣味はない。
だから、わたしはわたしでこの機会に、母に確認しておこうか。
「母さん。出発前に預かったアレ、渡した方が良かった?」
「いいえ、アレは本人に渡さなければ意味がないものだと思うから、まだ持っていてくれる?」
「了解」
これだけで意味が伝わるところが助かる。
わたしなら、思い出せなくて、何度も聞き返していることだろう。
だけど……、本人、本人に?
母の言った相手に会えるとは思えないけれど……、まあ、繋ぎになりそうな人とは会ったから、可能性はゼロではないと思う。
もしかしたら、向こうからの接触があるかもしれないし。
「あと、九十九は知らなかったみたいだよ。ミヤドリードさんが情報国家の国王陛下の妹さんだったってこと」
「知らなかったでしょうね」
どこか他人事のように呑気な言葉が返ってきた。
確かに他人事ではある話なのだけど。
わたしはこの城下から旅立つ前に、そのことを母から聞いていたのだ。
だから、情報国家の国王陛下からその話を聞いた時にもそこまでの衝撃はなかった。
だけど、全くその事実を知らなかった九十九は、どれほどショックが大きかったことだろうか?
そして、そのことに対して、罪悪感もないらしい。
それほど母にとっては重要ではないことなのだとは思う。
でも、自分の師が実は中心国の王族なんて……、知った時にはゾッとしたことだろう。
いや、わたしも自分の父親が王さまと呼ばれる存在だなんて、今もどこか信じられないのだけど。
「それとうっかり国王陛下たちの前で剣を抜いちゃって本当にごめんなさい」
「仕方ないわね。それについては貴女も本当に知らなかったのだから」
まさか、国王ともあろう者が神剣を簡単に他人へ渡すなんて思わないし、それを受け取っただけで鞘から引き抜こうとする人間もいないだろう。
我ながら常識はずれなことをした自覚もある。
そして、検閲が入る可能性がある手紙では確認しにくい話を、思いつく限りポンポン話していく。
「あと、わたし、うっかり『聖女の卵』になってしまったよ」
そのどさくさに、これまで報告できていなかったことを、母のようにできるだけ軽い口調で口にする。
さて、どんな反応が返ってくることか……。
「大神官様から聞いたわ。自分の不手際で申し訳ないって。それに、情報国家の国王からもそれとなく匂わされていたから、大丈夫よ」
思い切って言った言葉も母には既に伝わっていたことにホッとする。
それにしても、あの情報国家の国王陛下は本当にどこまで知っていたのだろうか?
ついでだから、他にも聞きたいことを聞いておこう。
あまりモヤモヤしたくないし。
この城に来てから、何故かセントポーリア国王陛下と一緒にいることの方が多く、母とはあまり話せなかったから。
「母さんはいつから、陛下の秘書官になるつもりだったの?」
今となっては責める気もない。
知らされていなかったのは寂しくもあったが、それでも母も、照れくさい気持ちはあったのだろう。
成果自慢をする人間でもないし。
「始めはそこまでなるつもりなんてなかったのよ。生活のために端っこの文官でも良いかなって軽い気持ちで勉強していたのだけど、ミヤドリードが、それでは勿体ない! せめて外務官とか政務官とかの役職を目指せ! と、とんでもないことを言いだして……」
「なかなか無茶苦茶だね」
それでもそれに近しい地位にいるのだから、母も凄いとは思う。
「そうね。そして、貴女が生まれた後に、今度は『娘を守るために本気出せ! 』とまで言われたわ。それまでも本気だったのだけどね」
なんかミヤドリードさんにワカの姿が重なった。
話を聞く限り、少しばかりぶっ飛んだ思考がどこか似ている気がするのだ。
「結果として貴女たちの足手まといにはならなくなったから、ミヤには感謝しているわ」
「足手まとい?」
それは魔法もろくに使えないわたしのことではないでしょうか?
「陛下の近くに立つことを許されたなら、『聖女の卵』の母としても、恥ずかしくはないでしょう?」
「そう言っている母さんの方がわたしより『聖女』に近いかもよ」
「遠慮するわ」
あっさりと母は答える。
法力国家ストレリチアで、持て囃される存在。
その名前だけで他国にも王族以上に胸を張れるような地位だと言うのに……。
「やっぱりわたしは母さんの娘だなと思ったよ」
わたしと同じで、自分の能力やそれに伴う努力と無関係な名前だけの「聖女」には興味がないと言う。
「私は今のお仕事、気に入っているから」
その点は違う。
残念ながら、今のわたしには母のようにそんな誇れる仕事はまだない。
「シオリもまだ焦ることはないわ。『聖女』になるも良し! 『セントポーリア国王陛下の娘』を名乗るも良し!」
「か、母さん!?」
思わず声が大きくなってしまった。
セントポーリア国王陛下は、九十九とまだ内緒話をしているようで、こちらを見ていなかったけど、今の発言はどうかと思う。
「流石に神剣『ドラオウス』を抜けちゃったから、もう誤魔化すことは無理なのよ。国王陛下の直系血族しか抜けない剣だもの。それに……、陛下自身は貴女を授かる心当たりもある話だしね」
「それなのに、何故、国王陛下は半信半疑だったの?」
実際、逆算すれば分かる話ではないのか? とはずっと思っていた。
城にいる母が、他に恋人がいたと思い込んでいない限り。
「妊娠期間の十月十日という言葉をそのままの意味で受け止めている人だったから。実際、そんなに長くはないのよ?」
母は苦笑する。
「え? 妊娠期間って10ヶ月と10日、しっかりとお腹にいるものじゃないの?」
人間界にいた時はそんな言葉を聞いた気がするのだけど……。
「お腹にはいないわね~。人間界でも40週とは言うけれど、その始まりは最終生理日から計算された日だから、排卵、受精、着床はちょっとだけずれているものよ」
「40週ってことは280日、30で割っても9ヶ月と10日。しかも本当の始まりはさらに少し後なら……」
ああ、なんて計算がめんどくさい!
そして、そんな知識は妊娠経験がないわたしにあるはずもない!
同時に、男性であるセントポーリア国王陛下に、そんな知識があるはずもないのか。
周囲からそんなことを教えてもらうはずもないしね。
「いいや、わたしにはまだ縁もない話だ」
「それも悲しいわね」
「母だって、わたしの歳にはなかったでしょ?」
「確かに縁はなかったけれど……、私にはもう17歳になった頃には好きな人ぐらいいたわよ?」
その言葉で、なんとなく、セントポーリア国王陛下を見てしまった。
まだ九十九と話は終わらないようだ。
「栞にはまだいないの?」
どこか揶揄うような口調。
実際、揶揄われているのだろう。
「……いない」
少なくとも、母のような人はいない。
「あらあら?」
母はいつものようにころころと笑う。
だけど……。
「いつか……、貴女に大事な人ができたら、私にはちゃんと教えてね」
不意に笑顔を止めた母はまっすぐにわたしを見てそう言った。
「私は、親に紹介できなかったから」
それは仕方がない話だと思う。
人間界にいた時は、母も記憶を封印していたのだ。
紹介しようにもできなかったし、話すことすらできなかったのだ。
だけど……、母とその親にとってはそんなことは問題ではないのだろう。
「分かった。好きな人ができたら、報告ぐらいはするよ」
わたしとしてはそう答えるしかない。
それがどれぐらい先の話になるかは分からないけど……。
「よろしい」
母はわたしの言葉に満足そうに頷き、そして……。
「では、またいってらっしゃい、私の娘」
いつものようにそんな言葉を口にした。
それなら、返事は決まっている。
「また行ってくるね、母さん」
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