【第47章― 兆候 ―】グルグル回る
この話から47章です。
「迎えに来たぞ」
黒髪の少年は、突然、現れてそう言った。
勿論、別室でセントポーリア国王陛下には挨拶をした後のようで、セントポーリア国王陛下と母に案内されてきたのだが。
わたしの手には書類の束。
この国の文字が読めて、そこそこ計算もできるために簡単な書類仕事を任されていたところだった。
「……唐突だね」
わたしは溜息を吐く。
「先触れはしたはずだが……」
九十九は、チラリと自分をこの場に案内してくれたセントポーリア国王陛下と母を見た。
二人は何故かニコニコと笑っている。
顔の造りはまったく違うのに、何故か同じような表情に見えるのは気のせいか。
「俺は知らせるつもりだったのだが……」
「私が知らせなかったのよ。ギリギリまで仕事に集中して欲しかったので。お迎えが来ると分かっていたら、嬉しくて浮ついちゃうでしょう?」
母が止めたのか。
しかもなかなか酷い理由だった。
「少し、手伝いましょうか?」
わたしの手から書類をさり気なく奪いながら、九十九はそう言う。
その時点で、彼の目は書類の内容を確認し始めていた。
「ああ、頼む」
セントポーリア国王陛下は自然にそう答えた。
外部の人間であるわたしが言うのもおかしいのだけど、この書類、内容的に外部流出してはいけないものではないでしょうか?
この中には「備品購入」とか、「親衛兵」、「王妃の化粧費用」とかそんな単語が並んでいる。
どう見ても、城内の経費関係書類……。
本当にわたしたちが見ても大丈夫な書類なの?
「王妃殿下の私費……。クソ高え……」
九十九がポツリと言った。
わたしもそう思ったが言わなかったのに……。
彼は遠慮がない。
その言葉に、国王陛下と母が苦笑する。
「親衛兵、どんだけ衣服購入してんだよ。使い捨て感覚なら、もっと安いの買え」
苦々しそうに呟きながらも、わたしより仕事は早い。
伊達に雄也先輩に鍛えられていなかった。
そして、毎日の報告書を作成している彼にとっては、書類仕事そのものは苦痛ではないらしい。
「ここの金、おかしいな。上納金の計算、間違ってねえか?」
「九十九、九十九……」
先ほどから、割と、洒落にならないような言葉を呟き続ける九十九に向かってこっそりと声をかける。
「なんだよ?」
「声、出ているよ……」
声と言うより、寧ろ、素が出ている。
「あぁ?」
そう言って、ようやく顔を上げ……。
「…………失礼、致しました」
どうやら、気付いていなかったらしい。
国王陛下の面前だということを忘れるほど、集中できるのも凄いと思うけど。
「九十九くん、どこの上納金の話?」
母が横から覗き込む。
「ここの辺境です。昨年よりも上がっています」
上がっていて、顔を顰めていたのか。
わたし、てっきり逆だと思っていたよ。
「その地域は、以前、お前たちが関わった村があった場所だ」
セントポーリア国王陛下がそう答えた。
その言葉に心当たりは一箇所しかない。
この国にいた時は、基本的に城下を除いて町や村を避けて移動していたから。
そう考えると、上納金……、お城に収めるお金の増加は、村の住民が増えたから、納税……みたいなものが上がったのかな?
あれ?
でも、「村があった場所」?
わたしは余程奇妙な顔をしていたのか、セントポーリア国王陛下が困ったような顔をしながら続ける。
「あの規模を『村』とは言わない。今や、国境の町として賑わい、行商人たちも必ず立ち寄る場所となっている。あの町の住民たちは払いが良いらしいからな」
ほんの二年で栄えているのか。
そこにどれだけの努力があったのだろう。
なんとなくアリッサムの隊長さんの顔を思い出す。
あの方が中心となって頑張った結果なのだろう。
「そう伝えてくれるか。現状では、種火の様子も容易に確認できん」
「分かりました。国王陛下よりあの方のことを気にかけていただき、感謝いたします」
わたしが答えるより先に、九十九が反応した。
えっと……、多分、会話の流れから、「種火」って、フレイミアム大陸出身の水尾先輩のこと……だよね?
ちょっと自信はない。
偉い人たちは日常会話の中に意味深な隠語を含むけど、なかなか反応できないね。
隠語ってそんなものなのだろうけど。
「慣れない環境で苦労もあることだろう。種火は弱っていないか? 心労のあまり憔悴していないか?」
「「憔悴……」」
わたしと九十九が口を揃える。
誰の話でしたっけ?
わたしが知っているのは、九十九の手料理を遠慮なくバクバク食らう方しか存じませんが?
それでも、確かにずっと細いままなのは、わたしにとってかなりの疑問なのだけど。
「だから、大丈夫って言っているのに……。確かに線は細いけれど、しっかりとした強い芯が通っているのだから。周囲の相性も悪くないようだし、簡単に燃え尽きたりしないわよ」
母がころころと笑う。
それでも、片手にある書類を次々に片付けていくのだから凄い。
「それでも……、万一と言うことがある。聖なる火より分かたれた大事な種火の一つだ。弱れば、聖火も穏やかな火を灯せまい」
えっと、これは、水尾先輩だけでなく、その母親であるアリッサムの女王陛下のことを心配しているってことかな?
この王さまも、アリッサムの女王陛下の生存を信じているってことか。
わたしたちは占術師の言葉で確信できたけど……、王たちの間にも、わたしの知らない信頼関係みたいなものがあるのだろう。
一通り、書類仕事を四人で片付けていったが……、慣れていないためか。
わたしが一番、作業が遅いことが分かる。
いや、それでも大事な書類だ!
焦ってミスをするよりは、確実に間違いなく仕事をこなす。
九十九のように疑問点の指摘をするのはわたしにはまだ早い。
この国の仕組みもまだ知らないのだから。
****
日が暮れる頃、母がようやく口を開いた。
「セントポーリア国王陛下? 名残惜しいのは分かるけど、そろそろ栞を、九十九くんに返さなきゃ」
母?
いつから、九十九の方がわたしの所有者になったのでしょうか?
立場的には逆じゃない?
「分かっている」
今のセントポーリア国王陛下には、わたしに魔法をぶつけていた激しさはなく、雑談をする時のような穏やかさもない。
公平、公正な頂点に立つ人間。
シルヴァーレン大陸中心国の国王陛下、「ハルグブン=セクル=セントポーリア」さま。
だけど、個人的には先ほどまでのように書類を握って難しい顔をしている方が好きだな~となんとなく思っている。
事務仕事が似合う王さまというのもどうだろうとは思うけど。
「ツクモ、これは今日の給金だ。助かった」
そう言いながら渡されたのは、お金ではなく、お酒の瓶だった。
「ありがたく頂戴します」
九十九は珍しく断らずに、素直に受け取った。
現物支給だから、断りにくいよね。
「シオリもありがとう。長々と引き留めてすまなかった」
引き留められた気はないけれど……、そう言われてどこかで見たような瓶を差し出されては、わたしも断れない。
そして、「ありがとうございます」と言いながら、受け取る時……。
『いつか、また……』
そうセントポーリア国王陛下に耳元で囁かれた。
その行動と、耳の擽ったさと、その言葉と、どの意味で、わたしの耳は熱をもったのだろうか?
母は「あらあら? 」と言いたそうにしているし、九十九は少し不満げな顔をした。
「栞、セントポーリア国王陛下を口説き落としちゃった? 我が娘ながら、やるわね~」
「なんでじゃ!?」
思わず、言葉が変になる。
それっていろいろ問題でしょう!? と叫ばなかっただけ、わたしを褒めてください。
「お前、恐れ多くも国王陛下に何をしでかしたんだ?」
「何もしてないって!」
そして、わたしの信用はどれだけ低いのか?
セントポーリア国王陛下とは、ただちょっとした約束をしただけ。
それも、「機会があればまた一緒に飲もう」なんて、社交辞令を含めた挨拶でも使われるような言葉だと思う。
約束というほど大袈裟なものでもない。
それ以上のことなんて……、かなり強大な魔法を何度もぶつけられたとか、いろいろな話をしたとかそれぐらい?
いや、よく考えなくても、それも十分な事態なのだけど。
そうして、わたしの頭の中はグルグルしてしまったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




