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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 中心国会合編 ~

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危険な報告書

R-15……と言うよりも、少し阿呆な話かと。

今回は読まなくても、本編にあまり大きな影響はありません。

「ほら、報告書だ」


 オレは兄貴に向かって報告書を渡す。


「まさか、本当に書くとは……」


 兄貴はどこか呆れながらもそれを受け取る。


「書けって言ったの、兄貴だろ!?」

『ツクモ……、ユーヤは冗談で言ったようだぞ』


 心を読めるリヒトが笑いながら言った言葉でようやく、オレは気付いた。


「クソ兄貴!! 」

「いや、普通、自分の痴態を詳細にまとめたものを本気で持ってくると思わん」


 ククッと兄貴にしては珍しく、押し殺したような笑いをした。


 兄貴は、高田や水尾さんのように自分にとって予測不可能な行動に出る人間に対してこんな風に笑うことは多いが、オレの行動は予測しやすいのか、そんなに笑わない。


「ただ、流石に最中に記録してねえぞ。後で落ち着いた時に思い出せるだけ書いたものだからな」


 騙されていたと分かっていても、一度、手渡した物を、今更、取り返すことなどできないだろう。


 そうなれば開き直るしかない。


「最中にそんな余裕があれば、こうはなるまい」


 兄貴は書類に目を通しながら、そう言った。


 今、兄貴が手に持っているのは、オレの数日間の闘病記録、早い話が「発情期」中の記録だった。


 確かに変だと思った。

 趣味が悪いとも。


 だが、「()()()()()()()()()()()()()だ。詳細を記録してよこせ」などと、いつものように言われたら、納得して作成するだろう?


 仕事だと割り切って!


「ほう、部屋に入ってすぐ症状が出たわけではないのだな」

「発情期を促す部屋ではなかったからな」


 どちらかと言えば、普通に入ればそんな気も起きないような簡素な部屋だった。

 調度品も少なく、最低限である。


 だから……、幻が浮かびやすいところが大変、困る。


艶本(えんぽん)があるわけではないのか」

「えんぽん?」

「春画の方が分かるか?」


 流石にその言葉なら知っている。

 そして、この世界にもそんなものがあることも。


 男の欲望はいつだって、どこだって、どの時代だって変わらないということなのだろう。


「なんでそんなものがあると思った?」

「人間界の不妊検査では男性用の採精室にそんなものが用意されている部屋があるそうだぞ。本だけではなく、映像もあるそうだ」

「それは目的が違うからだろ!?」


 欲望を我慢して耐えるための部屋と、欲望を無理矢理湧き起こして出すための部屋では意味が違いすぎる。


 真逆と言っても過言ではない!!


「なんで、そんなことを知ってるんだよ?」


 兄貴がそんな検査をしたとは聞いたことがない。

 ……と言うか、人間界にいた当時17歳の兄貴がそんな場所に出向くとは思えない。


 どこかの王子の話を聞いた後ならともかく……。


「カルセオラリア城にあった書物で見た」

「か?」


 意外な言葉にオレの頭が一瞬、考えることを放棄した。


()()()()()()()()()()が十数冊ほど書物庫にあったのだ」

「そんなもんがなんで書物庫に収まっていたんだ?」


 そんな本があること自体は可笑しくない。

 第一王子殿下はそれで悩んでいたのだから。


 だが、それを誰でも立ち入れるような書物庫に収めている理由が分からん。


 本来なら、隠したいことだよな?


「日本語を読める人間が、書物庫を訪れるとは思っていなかったのだろう。それに、迂闊な行動ではあるが、私物として自室に置くよりは、人間界で得た資料だとか言い逃れもできるからな」

「ああ、なるほど……」


 魔界にある書物庫……。

 特に大きな書物庫ほど、検索魔法が施されているものが多い。


 自分の興味がある本を探すにはその分類、内容について考えるだけで候補となる本が出てくるのだ。


 題名が分かっていればほぼ、それだけが出てくる。

 書物を探す手間がほとんどないのだ。


 つまり「男性不妊」とか、それに関係する言葉をそこで考えない限りはその本を見つける人間などいなかったことだろう。


 そして、スカルウォーク大陸言語以外で書かれた本に興味を持つ人間もいなかったと思う。


「でも、なんで兄貴が見つけたんだ?」


 兄貴と「男性不妊」。

 やはりどうあっても繋がらない。


 カルセオラリアの話を知った後ならともかく、知る前に見たことが不思議だった。


「その……、栞ちゃんが……」

「は?」


 ここで、なんであの女の名前が出てくる?


()()()()()()()()()……、を検索したようで」

「…………ああ」


 それで、うっかり出てきたわけだ。


 木の葉を隠すなら森の中。

 本を隠すなら書物庫の中。


 そのつもりで、隠されていたはずの本を。


 単純に自分が読むための、読みやすい文字で書かれた本という形で引き当ててしまったらしい。


 どれだけ、いろいろなものを引き当てるんだ? あの女。


「まだいろいろ調べていた段階だったから、正直、彼女が気付いていたのかと思って、焦った」

「つまり、兄貴は知っていたのか?」


 ウィルクス王子殿下と真央さんが隠していたことを。


「王族の隠し事は気になるだろ? だが、その時も確信は持てなかった」


 兄貴は溜息を吐く。

 直後に、それすらも痛みを覚えるのか、一瞬だけ顔を顰めたが、言葉を続ける。


「それらの本や周囲の状況。流石に現場は見ることができなかったが、崩壊時に城の地下に落ちてきたものや、彼女が浴びたものを見て、ある程度推測はしたけどな。それでも、推測止まりの話に過ぎん」

「彼女が、浴びたもの? まさか……」


 ウィルクス王子殿下は不妊治療のため、高田を巻き込んだと聞いている。


 そうなると、彼女は何を浴びる必要があった?


「言っておくが、お前が数日間、()()()()()()()()()()()()()()ぞ」


 白い目で兄貴はそう言った。


「~~~~っ!!」


 考えすぎだったようだ。


 いや……兄貴はもっと言い方を考えてくれ!

 直接的な単語を使われなかった分だけマシだけど!!


「話を聞いた限り、胎児(ホムンクルス)の……成り損ないだな。大量の薬液と肉片を浴びていた」

「……そうか」


 そんなものを見せられて……、それでも彼女は変わらない。


 ああ、でも……、だから、あの時、あれだけ迷ったのか。



 ―――― 九十九は……、アレを、見てないから……。


 ボロ泣きをしながら、彼女はそう言った。


 見せられたのは試験管ベビーなんて分かりやすいものではなく、胎児(ホムンクルス)の成り損ない。


 しかも、何故かそれを浴びることになった。

 それは儀式の一種だったのだろうか?


 あの時のことを彼女は詳しく語りたがらないので、オレも断片的にしかそのことを知らない。


 だが、そんな状況に、そんな目に遭っても、彼女はウィルクス王子殿下を救おうとしたのだ。

 

 声も出さずに心の中で泣き叫んでいた少女。


 だけど、そんな彼女がオレの腕の中に収まり、その黒い瞳から零れ落とした涙はあまりにも綺麗で……。


 あの時のオレは確かにドス黒い感情に包まれた。

 あの光を……、何も知らない純粋な心を穢したい……、と。


 その直後、派手にぶっ飛ばされることになったわけだが……、こればかりは自業自得としか言いようがない。


「しかし……、随分、詳細に纏めたな」


 兄貴は目を細める。


「報告書というのはそんなものだろう?」

「……いや、これは……、読んでいる方が辛い」


 口元を押さえながらそう言う。


 どの辺を読んでそう思ったか知らんが……。


「辛いなら読むなよ」


 オレだって読ませたいわけじゃない。

 寧ろ、今すぐ記憶ごと焼却処分をしたい。


「いや、流石に同年代の女性たちだけならともかく、夢や幻としてミヤドリードまで出てくることにビックリだ」

「オレの方がビックリだったよ」


 だが、オレの中のミヤは若い頃で時が止まっている。

 つまりは、二十代のままだ。

 だから、その差は10歳も離れていない。


 実年齢はともかく、見た目ではセーフと判定しても良いんじゃないだろうか?


「……弟の妄想日記を読まされる苦行……」

「妄想日記と言うな!」


 間違ってねえけど!


「そして、この中では、一番、夢の中で栞ちゃんの扱いが酷い気がする」

「…………」


 その点に関して、オレは閉口するしかなかった。


 他の女はともかく、夢の中でも、あの女だけしつこいぐらいに抵抗されたのだ。

 何度、夢に見ても、従順だったことはない。


 だから……、まあ、その……多少、乱暴になってしまったというか……。


「こんなところまで描写されてもなあ……。せめて、童貞男のご都合主義的な妄想じゃなければ、もっと用途も……」

「用途ってなんだ!?」

「いや、特にこの辺りの話とかは少し納得ができん」


 そう言って兄貴が説明を始める。


 思わぬところで、思わぬ勉強になってしまったけれど、それが……、まあ、後にいろいろ困る状態というか、ある意味では、オレにとっては非常に助かる状態になるわけだけど、この時点でオレたちがそれを予測できるはずもなかった。


 全ては偶然の積み重なり……。


 だから、こんな他所には出せないような阿呆な会話でも、それなりに何かの意味があったということだろう。


****


 そんな猥談で盛り上がる兄弟を、意識せずに他者の心が頭の中に流れ込んできてしまうという厄介な性質を持っている長耳族の少年は、どこか冷めた瞳で見ていた。


 彼は、先ほどから額に付けている銀環(サークレット)に触れながら……、一人、深い溜息を吐くのだった。

こんな阿呆な話で第46章は終わりです。

次話から第47章「兆候」となります。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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