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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 中心国会合編 ~

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暗闇の中で立ちすくむ

作者の中では、R-15です。

 夢や幻に振り回され、疲労と倦怠を何度も繰り返し、そろそろ神経も自身も擦り切れるんじゃねえかと自分の魂を遠くに飛ばしかけた頃……、それは唐突に訪れた。


「腹、減った……」


 ふと……、そんな()()()()()()()()()()()()


 ここ数日、食事はしていた。

 魔界人であっても、人間は、食わなければ死んでしまう生物なのだ。


 そのことは身体も分かっていたようで、保存食を口にしていたようだが、その辺りについては、はっきりと覚えていない。


 腹が減ったら何かを口にすると言う本能だけで食っていたということだろう。

 それだけ食をおざなりにしたのは年単位で久し振りのことだった。


 ここは牢屋ではなく、便所もあり、風呂もあり、水分補給や栄養補給する場所もしっかりとある部屋だった。


 窓がないため薄暗いが、なんとか周囲が見えなくもない。


 心を落ち着けさえすれば、この場所は、人間としての生活を送れる最低限のものは揃っている場所だった。


 全部、一つの部屋にあるのはどうかと思うが、それでも常に換気されているのか、室温はある程度保たれ、変な匂いも籠っていない。


 だが、それは冷えた頭で見た時の話。


 必要以上の脳内麻薬に支配されていた頭では、考える余裕などほとんどなかった。


 のろのろと気怠い身体を動かし、壁にもたれかかる。


 少し前までは、この石壁の冷たさが心地よく思えていたのだが、今は、無機質過ぎて妙に落ち着かない。


 軽く口を濯いだ後、用意していた保存食を口に入れる。

 食べ慣れたものより少し濃い味付けだが、今はそれが丁度良く感じる。


 喉も乾いていたが、それ以上に塩分も欲していたようだ。


 水分を流し込み、腹の方も人心地付いた後で、ようやく気付いた。


「あれ……?」


 少し前まであった抗いがたい欲求が嘘のように治まっていたことに……。


 凪いだ海のように穏やかで……、同時に自分の中で憑き物が落ちたかのように、すっきりした気分になっていることを自覚する。


 まるで、「悟り」ってやつだ。

 こんな形で無我の境地を理解したくはなかったが。


「治ま……った?」


 呆然と自分の手を見る。


 気付かないうちに、自然と落ち着いていた。

 一体、いつから治まっていたのかは分からない。


 本当に長かった上、すっげ~タチの悪い夢を見続けていたのに、突然、目が覚めたような感覚だった。


 だが、目の前にある全てが、現実だと訴えている。


 いつだって、現実からは逃げられない。


 少し前まで、この部屋で吠え、心行くまで大暴れした醜態の痕跡は、我ながら、呆れるほどあちこちに染みわたっていた。


「やべぇ……、これは気合を入れて片付けねえと」


 掃除は得意ではないのだが、今はそんなことは言ってはいられない。


 自分が犯した愚行の「後始末(証拠隠滅)」をしなければ、恥の上塗りなんてものじゃないだろう。


 ここが、そんな行為を許された、そのための部屋だと分かっていても、自分自身が許せなかった。


「しかし……」


 今は周囲を見回したくない。


 自分の本能に振り回され、結果、起こした「ド」が付くほど突き抜けた痴態の果て。


 その時の思考や行動の数々を思い出すと、あまりにも頭が悪すぎて、死にたくなる。


 いっそ、ここでの記憶を完全に封印したい。


 一度はすっきりしたはずだったが、再びずっしりと重くなってしまった気分と、少し鈍った身体をなんとか動かして、まずは風呂に入ることにした。


 同じ部屋に浴槽があるという違和感も、いろいろなものでベタベタとした身体を少しでも綺麗にできるなら、この際、どうでも良いことだ。

 

 それでも、風呂の準備中に、少しでもなんとかしたくて、近くに落ちているものを拾ったり、拭き取ったりする。


 我ながら、よく暴れたものだと思った。

 いや、これまでにどれだけいろいろなものを溜め込んでいたんだ?


 そんな疑問はなくもない。


 だが、それだけってことだよな。

 その点においては自覚もある。


 正しくは、自覚が出てきた。


 どんなに否定しても本当に身体は正直だった。


 この部屋で認めたくない現実をまざまざと見せつけられ、それでも無自覚でいられるはずもない。


 溜息が止まらなくなった。

 これ以上、気分が落ち込む前に風呂に入って全てを洗い流そう。


 ここは魔法も法力も全く使えない場所だと聞いている。


 そして、どうやら、古代魔法にも対応しているようで、集中しても体内魔気も大気魔気も何の反応も起きない。


 本当に完璧な封印結界だった。


 確かに、あの半狂乱の状態で思うがままに魔法を使ってしまえば、とんでもないことになることだろう。


 魔力を暴走させる程度ならまだよい。

 あんな精神状態では自爆や自壊をしてしまうかもしれなかった。


 ――――その方が楽だったか?


 そう思ってしまうほど、あんなに情けなくてみっともない自分にはもう二度と出会いたくもないと心底思う。


 あの状態を、「発情期」だと言うのなら、異性から引き離されるのは道理だろう。


 アレは理性で抑え込めるものではない。


 確かに「神様からの試練」とでも言葉を飾らなければ、とてもじゃないが耐えられるものだとは思えなかった。


 そして、同時に、アレが自分の本性だとは思いたくもなかった。


 どんなに綺麗事を言い続けても、結局は一皮むけばただの「雄」でしかないと、認めたくはなかったのだ。


 風呂に入ったけど、微妙にスッキリしてない。

 いろいろ考えていたせいか、頭の方はますます重くなっていた。


 ここで何度も見た夢や幻たちと、今後、どう付き合っていけば良いのだろう?

 いや、どんな顔をして会えば良いのだろう?


 夢の中とは言え、その存在を汚してしまったことに変わりない。


 さらに付け加えてしまうならば、少なくとも自分の中にその願望や性癖が間違いなく潜んでいることは否定することができなかった。


 無から有はあり得ない。

 始めから無いモノは創り出せないのだ。


 そのことを思い知ってますます憂鬱な気分になっていく。


 部屋に現れた幻も夢も、一種類ではなかったことが、ますます気分を重くする一因でもあった。


 その時点で自分にはまだ、特定の好きな異性という者はいないのだろう。


 だが……、同時に女なら誰でも良いのか? と自己嫌悪に陥ってしまう。


 それだけ豊富な種類だったのだ。

 せめて、()()()()()()()()()()()とは思う。


 あれでは、自分の好みの傾向すら分からん。


 だが、いろいろ現れた中でも、その回数に偏りがあったことぐらいは気付いている。


 それだけ、近くにいた存在で、異性としてではなくても接した回数も多く、自分がそれだけ気にかけているということだろう。


 部屋に何度も現れたその幻は、柔らかく微笑んでくれた。

 だが、その逆に夢の中ではずっと泣いていたのだ。


 夢の中ですら受け入れてくれないのか? という気持ちが自分の中に多少なりともあることは否定しない。


 それでも……、アレは無理だ。

 女心に疎くても、分かる。


 正直、どんな趣味だ? と冷静になった頭で思っている。

 大半の女はあんな行為を受け入れないだろう。


 だから、夢の中で思いっきり泣かれた。


 猟奇……、というほどではないが、やり方が少しばかり乱暴すぎた。

 まるで嬲るような、虐げるような行為。


 相手のことを考えてない時点で、いろいろとダメだろう。


 だが、夢は本人の思考以上のものは創り出せないという。

 つまり、自分の中のどこかにそんな部分があるということだ。


 乱暴で、自分本位で、身勝手で、子供じみたことを押し付ける行為。

 しかもやっていることは子供ではできないことだから腹立たしい。


 あまりにも頭悪すぎて、頭痛も裸足で逃げ出すレベルだ。


 その代わり、胃が重苦しくて、数時間前まで無駄に元気だったモノも、すっかり力をなくして倒れ込んでしまった。


 いや、当分は、不調のままだろう。

 頼むから暫くは不調のままであって欲しい。


 あんなことを思い出しているというのに、絶好調になるのは、男として以前に、人としてどうかという話だ。


 だが、ずっと不調なままだというも、男としてはかなり困るなとも思ってしまう。


 男と言うのはいつだって、勝手なものなのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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