護るための鎖
「申し訳ありません、イースターカクタス国王陛下。今のお言葉は……、どういうことでしょうか?」
高田に鎖を……?
物理的に鎖……、というわけではないと思うが、言われた言葉が抽象的過ぎて、よく分からなかった。
「『聖痕』が浮かび上がることが知られれば、シオリ嬢は、自国だけではなく、他国の人間より狙われ、最悪、囲われる。年齢差? そんなの関係ないからな。この世界では、『老いてなお、盛ん』な男も少なくない」
高田が以前、この国で高齢の「青羽の神官」に迫られたことを思い出す。
確かに世の中、どんな「少女趣味」な男がいるかは分からないと思ったものだ。
「魔力が強く、何の後ろ盾も婚約者もない未婚の娘が国ぐるみで囲われたら、王族の男子たちの捌け口になることもあるからな」
この流れで、何の捌け口か? ……とは聞くまでもない。
行き場のないストレスをぶつけるとかいうレベルではない話なのだろう。
彼女に対して、そんなことをしそうなのはセントポーリアの王子だけだと思っていたが、そうではないらしい。
「魔力が強い娘ってだけで、身分が高い人間に攫われることもあるらしいわね。その辺り、あまり魔力を感じない私には理解できないのだけど……」
今更ながら、高田や水尾さんが、一般人でも気付きにくいレベルまで魔力を押さえて生活をしているのは大正解だったと言える。
この国のグラナディーン王子殿下から指摘されなければ、それも気付かなかっただろう。
流石に、目を離した隙に攫われていたら、気配が分かる高田は探し出せても、水尾さんは……、大丈夫な気がする。
あの人は、自力で薙ぎ倒せる人だから。
「まあ、シオリ嬢には既に、鎖に似たものは付いているみたいだけどな」
「は?」
なんだそれ?
鎖に似たもの?
「シオリ嬢に、魔石……か、それに近いモノを渡しているだろう? 他の男の気配がする女を手籠めにするのは王族でも相当な覚悟がいる」
ああ、左手首の「護りの腕輪」のことか。
込められた法力の気配は隠しているが、アレは大神官の手によって、相当、強化されている物だった。
「なかなか考えたものだ。確かに、常時、特定の男の気配がする。定期的な交わりより、かなり効率も良い」
このオッサン……いや、王様。
常時、こんな話をしたがっている気がする。
「ただの錬石に魔力を付加したぐらいでは、こうはならん。安い錬石では魔力の蓄積も長くない。シオリ嬢の胸元にある石は何の石だ? 魔玉か? 宝玉か?」
「はい?」
あ、あれ?
高田の胸元?
そんなモノがあったか?
「左手首の、『護りの腕輪』ではなく?」
「アレは見事なモノだが、その気配を隠しているだろう? それに世の中、法力に敏感なものばかりではない。王族ですら鈍感なヤツもいる。それでは、牽制にもなるまい」
その気配を隠していても、やはり情報国家の国王の目は誤魔化せないようだ。
しかし、情報国家の国王はオレにとって、さらに予想外の言葉を続ける。
「恐らくは、兄ではなく、ツクモの魔力が込められたモノだと思うが、それに心当たりがあるだろう?」
オレの魔力?
高田の私物は、保管するために毎度、オレの魔力を通してはいるが、彼女の胸元?
そうなると、衣服や装飾品ぐらいだろうが……、あの腕輪以外で、そんな永続的な効果がある装飾品を渡した覚えなどない。
衣服に多少、魔力を付加したところで、素材によるが、あまり長く魔力を蓄えたままではないのだ。
そうなると、何かの石と考えるべきだが、やはり心当たりはなかった。
「それ……、もしかして、通信珠じゃない?」
「「はい!? 」」
少し、戸惑いがちだった千歳さんの言葉に、オレと情報国家の国王の声が重なる。
通信珠?
通信珠って……、あの通信珠!?
「いえ、私が知る限り、普通、通信珠って持っているだけで、動力になる魔力は大気魔気やにじみ出る体内魔気から自然補給されているはずなのだけど……、栞が貰っていた物は、少し違った気がしたのよね」
いや、確かに、あの通信珠は、毎回、新しい物を購入するたびにかなり時間をかけてじっくりと魔力を込めさせられている。
今も、予備の通信珠に魔力を込めているところだ。
だが、それはオレの脳と直結できるようにするためだったと聞いていたのだが、それ以外の意味もあったのか?
「携帯用通信珠……? まさか、それに直接魔力を付加しているのか? だが……、普通はそんなことができるとは……」
普通はできないのか?
だが、オレは、中学の時にいきなりさせられた覚えがあるぞ?
人間界でも使えるようにするために実験も含めて何度か込めた時期がある。
初めて、頭に直接、兄貴の声が響いた時は、本当にビックリしたものだった。
「確かに、千歳さまがおっしゃるように、彼女にはオレの魔力を注入した携帯用通信珠を渡しています。普通はやらない使い方なのでしょうか?」
「通信珠はカルセオラリア製だ。普通は、それに魔力をぶち込むなんて考えん。何も考えずに持っている相手を考えるだけで、通信が届けば、伝わるものだからな」
カルセオラリア製……。
そう言えば、そうだったな。
通りで、魔力が普通の魔石のように込めることが難しいわけだ。
でも滲み出ている体内魔気だけで、所有物としての「印付け」は難しくない。
通信珠自体が、微弱な魔力を吸い取る性質があるからだろうか?
しかし、「普通は考えない」ということは、兄貴の発想がおかしいということか?
「大体、何故、通信珠に魔力を込めようと思ったのだ?」
「兄に渡されて『やってみろ』と」
「……それで、できたのか?」
「何個か、失敗はしました。携帯用通信珠にも魔力を込めやすい銘柄があるそうです」
「……チトセ。この兄弟をまとめて、俺によこせ。絶対、まだ常識外れの知識を隠し持っているはずだ」
オレたち兄弟を買ってくれたのだろうけど、あまり褒められた気はしない。
「娘と、そこで潰れている国王陛下の許可を得た上で、当人たちが納得すればね」
「つまり、気長に口説けということか」
勘弁してください。
男に口説かれて嬉しいヤツなどいない。
だが、オレたちの意思確認の前に、高田や、情報国家の国王と対等の立場にあるセントポーリア国王陛下の許可がいるということは、ある意味救いだった。
「これが広まれば、魔力の強い人間たちの守りを増やすことができる。その銘柄は今、分かるか?」
「それについては、兄の許可がいりますので、その後、改めて返答させてください」
毎回、通信珠を選んでいるのは兄貴だ。
オレも銘柄は覚えているが、それでも、勝手に伝えることはできない。
通信珠に魔力を込める行動が、普通にない発想だというのなら、兄貴の知識を安売りすることになってしまう。
そう考えると、オレの脳に直結している話も、極秘となる可能性がある。
これまで、あまり意識していなかったけれど、このことについては、高田にも口止めをしておくべきことなのかもしれない。
「無言だが、ずっとこれまでの話を聞いているはずだろう?」
これは、すぐに答えさせろということか?
しかし、兄貴は事前に「ずっと話さない」、「いないものとして扱え」と言っていた。
だから、呼びかけにも応じないだろう。
「兄はこのまま無言を貫くことでしょう。セントポーリア国王陛下の命令でもない限り」
尤も、セントポーリア国王陛下が言わなくても、千歳さんが声を掛けるだけで簡単に話しそうだけどな。
「貴方もいい加減、諦めたら?」
「お前は、この価値が分かっていないから……」
千歳さんに、情報国家の国王は悔しそうに答える。
「今、この場では許可をしなくても、必要だと認めることなら、ユーヤくんは許可をくれるはずよ。あの子は私情で状況を見誤るような子ではないから」
あ、これ……。
後で話すことになる流れだと、オレは悟った。
千歳さんがここまで言ってくれるのに、兄貴は情報国家の国王が嫌いだからと突っぱねることなどできないだろう。
オレたち兄弟は、どこまでもこの母娘に甘いのだから。
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