聖痕について
「ご質問、させていただいてもよろしいでしょうか?」
オレは、なんとなく手を上げる。
「おお、なんだ?」
情報国家の国王が応える。
「その『聖痕』は、酒で血流がよくなっても浮かび上がりますか?」
「いや、それで浮かぶ姿は見たことがないな。実際、ハルグブンは湯をかけられるまで浮かんでいないだろ?」
それなら安心だ。
それなら、身分を隠している水尾さんが、人前で飲む時に警戒しなくて良い。
「魔法を使う時は出やすいが、それも確実ではないな。魔法を使う際に浮かぶ『聖痕』の基準はよく分かっていない」
「そうなのですか」
情報国家の国王もそこまでは知らないのか。
「いずれにしても、子が生まれる時と、20歳以降に魔法を使う時や湯を浴びる際は気を付ける必要があるな」
「……子が生まれる時?」
なんか……、今、新たな情報が追加された気がするぞ?
「ああ、それは言っていなかったな。王族の子は20歳に至る前に、『聖痕』が一度だけ現れる。それが生まれる時……だ。チトセ。シオリ嬢は、生まれた時、どこに『聖痕』が表れた?」
「さあ?」
情報国家の国王の言葉に動揺することもなく、千歳さんは答えた。
「あの日、栞を抱き抱えた時、そんなものを目にした覚えはないわねえ」
この様子だと、この方は本当に見ていないようだ。
「お前……」
「意識が朦朧として、産まれた娘だけは落とすまいと抱き締めたことだけははっきりと覚えているわ。普通の王族の出産と違って、私は万全の態勢で産ませていただけたわけじゃないから」
その言葉で、情報国家の国王もセントポーリア国王陛下もどこか気まずそうな顔をした。
千歳さんは、シオリを産む時、城から出ていたと聞いている。
もし、その時点で、「聖痕」の知識があれば、人目を避けていたことだろう。
もしかしたら、一人で産んだのかもしれない。
「シオリを生んだ時、傍にいた男なら知っているのではないか?」
「「は? 」」
セントポーリア国王陛下の言葉に、オレと情報国家の国王の短い問い返しの声が重なる。
いや、出産時に傍にいたって……、しかも男だと!?
なんとなく、千歳さんの傍は高田と同じように男っ気がほとんどなかったから、ちょっと意外だった。
つまりは、城下の助産師……だろうか?
だが、男の助産師など、セントポーリア城下にいただろうか?
普通は女ばかりだと思っていたが……。
いや、出産っていろいろと、その……、な?
「あら? 私、あの人のことを、貴方に言ったことがあったかしら?」
千歳さんはきょとんとした顔でセントポーリア国王陛下に確認する。
どうやら、男が近くにいたことは間違いないらしい。
「シオリの命名の儀の時だ。幼き神官の前で、お前は確かにそう言った」
「ああ、あの時。よく覚えているわね~。でも、あの時の神官が、今や、大神官様になるなんて、本当にビックリしたわ」
「は!?」
情報国家の国王がさらに驚く。
オレも驚いたが、表情には出ていないはずだ。
そして、これで、大神官と高田が繋がった。
確かに、記憶に残らないほど幼い時に会っていたんだな。
「そうか……。ベオグラーズは……、その頃、正神官になっていた。命名の儀も可能な神位か」
……ちょっと待て?
それって幾つぐらいの話だ?
高田が産まれた頃なら、5つ?
いや、すぐに発見されていなければ6つの可能性もある。
「因みに、私がシオリを産む時に手伝ってくれた方はもういないわ。既に亡くなっているから」
その言葉で、なんとなく、ミヤドリードと重なった。
だが、彼女は男性ではないから違うのだろう。
「…………亡くなっているのか」
セントポーリア国王陛下は目を丸くする。
「それに、もし、生きていたとしても、九十九くんはともかく、貴方たちには会おうとはしなかったでしょうね。あの方は、王族嫌いだったから」
「「そうか……」」
セントポーリア国王陛下と、情報国家の国王は同時にそんな呟きを残す。
城下……、いや、国民で王族や貴族嫌いは珍しくはない。
中には、王命が下っても、それに逆らう人間は一定数いるらしい。
それでも、セントポーリア国王陛下はともかく、情報国家の国王もその言葉にショックを受けるのは少し意外だった。
「九十九くん、他に聞きたいことはないかしら? こんな機会は滅多にないわよ?」
確かに普通ならあり得ないだろう。
だが、兄貴ほど、オレは頭が回らないのだ。
「そうですね」
千歳さんのグラスに酒を注ぎながら、考える。
オレに足りないのは、明らかに特殊方面の知識だ。
主に王族に関すること。
先ほどの「聖痕」も、知らなければそのままだった。
20歳を越えれば、高田は人が集まる大衆浴場には入れなくなるし、「聖痕」が浮かび上がる場所によっては、人前で安易に魔法も使えなくなる。
それに水尾さんも、そのことを知っているだろうか?
「千歳さま。オレが古代魔法を使えるという話でしたが、どれが古代魔法でしょうか? 自分でも、分からないのですが……」
魔界に戻ってから契約した魔法を除けば、オレの魔法のほとんどは、幼少期にミヤドリードから、人間界に行ってからは兄貴から渡された魔法書を使って契約したものばかりだった。
だから、自分でもよく分からないのだ。
だが、千歳さんなら、それが分かるだろう。
「ツクモ、お前……、古代魔法と現代魔法の区別もせずに使っているのか?」
情報国家の王が呆れるが、そこは仕方ない。
オレだって、今まで感覚だけで魔法を使っていたのだから。
「九十九くんが小さい頃から知っている無詠唱のものは、ほとんどミヤが教えた古代魔法よ」
「ザックリだな、その説明」
さらりと言う千歳さんの言葉に情報国家の国王が思わず突っ込む。
「なるほど……」
だが、オレは納得してしまった。
「そして、今の雑な説明でツクモは分かるのか!? 」
「自分のことなので」
そうなると、ミヤドリードから授けられている魔法はほとんど、古代魔法となる。
現代魔法は、人間界に来てから契約した兄貴から教えられたものだ。
治癒魔法に関しては、古代魔法と現代魔法のどちらも無詠唱で使える。
オレが高田や兄貴、自分に対して使うのは、ほとんど古代魔法だ。
だが、この前、カルセオラリアで使ったのは、カルセオラリア国王陛下とトルクスタン王子殿下、メルリクアン王女殿下を治療したのは古代魔法だったが、それ以外は現代魔法だった。
魔法力を消費しにくいのは現代魔法だからだ。
但し、効果は古代魔法の方が大きい。
オレは無意識に使い分けていた気がするが、実は、そこに意味があったのかもしれない。
「自分の体内魔気のみで形成するのが古代魔法。自分の体内魔気の流れを見て、大気魔気と組み合わせるのが現代魔法と言うことでしょう?」
感覚的に古代魔法は土地に関係なくどこでも安定した魔法を作りやすいが、その分、魔法力を使い、疲労度も増す。
現代魔法は魔法力の消費は少ないが、場所によって魔法の出来が変わってくるのだ。
人間界にいた時に使いにくい魔法がいくつかあったが、それは現代魔法だからという理由だったのだろう。
「なるほど、恐らくツクモが使っている古代魔法は自分の体内魔気を使う魔法が多いのだろう。そして、現代魔法のほとんどは、体内魔気を餌にして、大気魔気……、精霊たちの助けを借りる魔法だ」
そうなると、カルセオラリア城で使えた移動魔法は、古代魔法だったから本来、越えられないはずの壁を越えることができたということか。
「但し、古代魔法はその魔法の創造主によって、力の源が違う。例えば、ここにいるチトセは、魔法力はあまりないが、体内魔気を遣わずに自分の意思だけで大気魔気を使えるんだ」
「あら? そうなの?」
「お前もか、チトセ。自分のことぐらい知っておけよ」
情報国家の王が溜息を一つ吐き、さらに続ける。
「ミヤドリードがそう記していたから間違いない。チトセが契約できた魔法は、法力や精霊召喚に近いものが多かったらしい。神力の行使は、この国でいう神女、いや、世界で言う神子と同じだ」
その言葉で、高田の「聖女の卵」としての才能は、この方の血を引くからだと理解する。
「神力行使者は、この国なら問題なく聖女認定されるぞ。今、この国で本物の神力行使者は、黄羽以上の3人の高神官と、大神官。それ以外では、2人の『聖女の卵』ぐらいだ」
「『聖女』認定は面倒ね。私、セントポーリアから離れる気はないから」
千歳さんはあっさり言い切った。
情報国家の王がどこまで知っているかは分からないが、「高田」が僅かながらもその神力を使える人間だと知られていることは間違いない。
「法力国家に5人しかいないのか……。随分、神力を使える人間は少ないものだね」
「神が人類の魂に余計なちょっかいをかけていない証拠だ。だから勿論、歴史上、いない時期だってある。まあ、チトセのように他国に埋もれいている可能性は高いが、それがあちこちにいるのは、厄介なんだよな」
「「厄介?」」
セントポーリア国王陛下と千歳さんの声が重なる。
この二人って、よく声が重なるな。
思考が似ているのだろう。
「異なる場所にいる複数人間たちが、神から力を授からなければいけないほど、この世界に歪みが生まれているということだからな」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




