王の血を引く者
「まずは前提の擦り合わせをする。これがズレていると、かなり面倒くさいからな」
情報国家の国王は、そう言いながら、琥珀色の液体を流し込んだ。
それ……、蒸留酒だよな?
つまり、アルコール度数は明らかに高いよな?
それを、「生」でいくなんて、阿呆か? と言いたかった。
「あらあら。一気飲みは身体に毒よ?」
千歳さんはそう言うが、手に持っているグラスの大きさでいろいろと台無しである。
しかもそれで、何杯目ですか?
「チトセ。お前の娘であるシオリ嬢が、神剣『ドラオウス』を鞘から引き抜いたということで、真実はどうであっても、ハルグブンの血を引いている娘という設定で話を進めさせてくれるか? この場だけの話で良い」
「仮定の話まで反対する理由はないわねえ」
千歳さんは笑顔で情報国家の国王の言葉を了承する。
ほとんど暴露されたような現状でも、この様子だと、千歳さんは頑なに認めることはないだろう。
それなら埒が明かない面倒な問答を続けるよりも、確かに、妥協点を探した方が早い。
そして、「それはあくまでも仮説でしかない」と、千歳さん自身が念を押せば、彼女は認めないままの状態でも、話を素直に聞けることだろう。
正直、茶番でしかない話。
でも、複雑な立場にある当事者にとっては譲れないことでもある。
「ハルグブン、お前は?」
「俺は……、それで構わない」
少しの間の後、セントポーリア国王陛下も了承する。
「ツクモは?」
「私は、意見する立場にありません」
そもそも、なんで、この場に立ち会わされているかも分からないのだ。
大事な話は、王族だけでやって欲しいと思うが、通信珠を使って、兄貴にまで聞かせる必要のある話だと言われれば、無関心でもいられない。
内容は、恐らく高田に関することだろう。
因みに、通信珠は既に部屋に入る前から起動している。
後は、定期的に魔力を補給すれば、結構、長時間でも持つだろう。
オレとしては、こんなに緊張する状況は少しでも、早めに終わって欲しいけど。
こんな時こそ、あの呑気な少女が傍にいてくれたらと思う。
彼女の前で、情けない顔などはしていられないから。
「実は、シオリ嬢が神剣『ドラオウス』を抜いてしまったというのは、セントポーリアにとって、かなり面倒な状況なのだ」
セントポーリア国王陛下ではなく、情報国家の国王が何故か言い切った。
「どういうことかしら?」
「なるほど……。ハルグブンは、チトセにも話していないらしい」
そう言いながら、セントポーリア国王陛下を見る。
「話せば……、チトセもシオリも巻き込まれることは間違いないからな」
セントポーリア国王陛下はポツリと言った。
この時点で嫌な予感しかしない。
「それは、神剣『ドラオウス』に関わることなの?」
不意に千歳さんの目つきが鋭くなった。
先ほどまでの、どこかのんびりした印象は影を潜める。
まるで、水晶体で見たあの会合の時のように。
「そうなるな」
情報国家の国王はそう口にする。
「俺もそのことを知らなければ……、良かったと思ったよ」
さらにそう続けた。
千歳さんはその言葉を聞いて、深い溜息を吐いた。
「そう……、抜けなかったのね」
何の話だ?
抜けなかった?
高田は知らなかったとはいえ、うっかり神剣「ドラオウス」を抜……。
そこまで、考えて、オレはあることに気付く。
高田は……、普通の血筋では抜けないはずの神剣を抜いてしまった。
それでは、「誰」が「抜けなかった」のか?
本来、あの神剣を抜けるのは契約者の直系血族だという。つまり、祖父母、父母、子、孫などだ。
同じ血族であっても、兄弟姉妹や叔父叔母甥姪などは傍系であり直系ではない。
そして、「抜けなかった」という言葉の意味は、本来、抜けるはずの直系であるにも関わらず、抜くことができなかった人間がいるということだ。
それは、オレが知る限り、一人しか該当しない。
「話が神剣についてだと理解したチトセも流石だが、それだけのヒントで辿り着いたみたいだぞ、ハルグブン」
「そうだな。流石、ユーヤの弟だけある」
そんな声が聞こえてくるが、オレはそれどころではない。
「つまり、我が国のダルエスラーム王子殿下は、その神剣『ドラオウス』を抜けない人間ってことでよろしいかしら?」
千歳さんが直球の言葉を投げた。
オレは、その先を聞きたくはない。
だけど、聞かないわけにはいかなかった。
「そうだ。『ダルエスラーム=ザネト=セントポーリア』は、俺の血を引いていない」
セントポーリア国王陛下は、千歳さんを向いてそう言い切った。
「引くわけないよな。この男が、トリア妃を抱いたのは『七日儀』の間だけだ。その間に何があったかまでは知らんが、それ以降は、指一本触れちゃいない。そんな中で子供ができるなんて神に身を捧げる以外ないんだ」
情報国家の国王は、我が事のようにすらすらと口にする。
「七日儀」というものについては、何のことかよく分からないが、それが本当なら……、セントポーリア国王陛下と今の王妃の間に子供が確実にいないことになる。
「なんで、貴方がそこまで知っている?」
「情報国家を舐めるなよ。お前があの日以来、トリア妃と同じ時間を過ごさなくなったことは、知ってるんだ」
「……ミヤドリードか?」
「さあな」
不意に、知った名前が出てきて、下げていた顔を情報国家の王に向けた。
その時、うっかり目に入れてしまったものがあり、思わず、顔と声に出かかったが、なんとかこらえる。
そんなオレの視線に気付いた情報国家の国王は、無言のまま、何故か意味深な笑みを寄越す。
「それなら神様との間の子かもしれないわね」
千歳さんはそんな衝撃的な言葉も気にせず、話を続ける。
「どちらにしても、現セントポーリア王の血を引かないことには変わりないけどな」
「でも、サードネームに国の名前が入るなら、王族であることは間違いないでしょう? 命名の儀は基本的に好きな名を名乗ることはできるけど、王族以外が国の名前を入れることだけはできないはずよ?」
「お前……、それは……」
情報国家の王が何かを言いかけたのを……。
「トリアは俺の従兄妹だ。つまり、俺の血を引かなくても、彼女の血を引けば、『従甥』になる。五親等だからその血はかなり薄いが、王族として名乗れなくはない」
セントポーリア国王陛下が制止し、言葉を続ける。
いや、今の「命名」の話を千歳さんが口にしてしまったのは、ある意味、決定打になってしまったかもしれない。
オレとしてはこのまま何も聞かなかったことにしたいが、そんなわけにはいかないよな?
「まあ、その身に宿る『聖痕』は、どうしたって誤魔化しが効かないほど薄くはなるだろうけどな」
「ああ、『王家の紋章』ね」
王家の紋章は……、どの国も普通にあるものだ。
城の玉座にも刻まれているし、その他、いろいろと飾られていたりもする。
だけど、オレには「聖痕」ってやつの知識はなかった。
「簡単に説明するとね。王族と呼ばれる人たちが、20歳の誕生日を境に、身体のどこかに『王家の紋章』が表れるようになるの。身体に熱を帯びると反応して表れるみたいだから、入浴とか、病気による発熱中とか。他には魔法を使う時も分かりやすいわね」
分かっていないオレに対して、千歳さんが丁寧に説明してくれる。
「他には閨でも光る。アレは全身運動だから、ある程度、身体が発熱しているということだな」
「貴方はいちいち卑猥な話をしなければいけないの?」
千歳さんが呆れたように突っ込む。
多分、情報国家の国王は、その反応を待っているんだろうな。
「俺は入浴だけではなく、湯を軽く浴びるだけでも、この手の甲が反応していた」
「お前、風呂ぐらいちゃんと入れよ」
セントポーリア国王陛下の言葉に、情報国家の国王が余計な情報を追加した。
「ここ二年半ぐらいは欠かさず入っているよ」
それ以前は入っていなかったということでしょうか?
「まあ、実演が一番だな」
「そうね」
そう言って、千歳さんが笑顔でセントポーリア国王陛下の腕を掴む。
「ち、チトセ!? 」
その突然の行動に、セントポーリア国王陛下が、驚いたように彼女を見た時……。
ばしゃりと、別方向から水がぶっかけられる音がした。
「熱っ!! 」
情報国家の王が、セントポーリア国王陛下の右手の甲に、水魔法……、いや、湯気が立っているから湯魔法か? をかけたのだ。
少し赤みを帯びたセントポーリア国王陛下の右手の甲に、ぼんやりと光る橙色の見覚えがある紋章が浮かび出てきた。
この紋章は、セントポーリア城のあちこちに国章として刻まれ、少しデザインは違うが、国旗にも使われていたはずだ。
「これが……、セントポーリアの『聖痕』であり、セントポーリア王族の証だ。色が濃いほど、その国の現王に近い血族とされている」
そう言いながら、オレに見せてくれるが、正直、じっくりと見ることができない。
明らかにセントポーリア国王陛下の機嫌が悪くなったように見えるからだ。
その気持ちは嫌と言うほど分かるけど。
「貴方の身体で試せば良かったではないか?」
「俺の身体で試せとはなかなか卑猥な言い回しだな。だが、俺の聖痕は、左の下腹部に浮かび出る。見せられる人間は限られるんだよ」
そう言いながら、情報国家の国王は、その位置と思われる場所に左手を添える。
そこは下腹部と言うより、「鼠径部」と呼ばれる位置に近い。
確かに誰でも見せられる位置ではないし、見せられても困る。
「左の……下腹部……とは……」
セントポーリア国王陛下が絶句する。
「普通なら正妃様ぐらいしか知らないわよね~」
「チトセは知っていたのか?」
「場所だけは聞いたことがあるわ。流石に見たことはないけど」
見ていたら、いろいろな問題に発展しそうなので、これ以上は何も言わないで欲しい。
「この聖痕の位置は、血族であっても遺伝はしない。俺の双子の兄は、右肩だったはずだ」
双子でも遺伝はしないのか。
「これが人前で浮かび上がれば、言い逃れもできない。そのことは覚えておけ」
その情報国家の国王の言葉で、この方が、この場でオレたちに何を伝えたかったのかを理解したのだった。
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