過去のことは水に流せ
「なるほど。雷撃魔法を束ねた剣……」
千歳さんが興味深そうにそう言った。
「その発案者は間違いなく栞ね」
「はい」
どうやら、母親にはお見通しのようだ。
「あの娘の本好きが、こんな形で現れるなんて……」
そう言いながらもクスクスと笑う。
人間界のあの部屋を知る者ならそう言ってもおかしくはなかった。
「なんだ? 人間界にはそんな魔法の知識があるのか?」
「かなり片寄っているけれどね。ああ、人間界に人をやるなら、魔術大国と言われている英国も良いけれど、柔軟な発想を求めるなら、間違いなく日本という国が一番よ」
「日本……、確か……、技術大国か」
「技術大国と言うか……」
そこで、思わず目を逸らしたくなるのはオレだけか?
確かに、様々な技術は、世界に誇る物が多かったけれど、それ以上に、他国にはない文化が強かった。
特に漫画、アニメ、ゲームの文化は他国より抜け出ていたと記憶している。
そして、困ったことに高田の知識のほとんどはその漫画や小説、ゲームから来ているらしい。
「昔はともかく、今は伝統を守りながらも他国の考えも受け入れる柔軟な国よ。宗教の考え方も、この世界に通じるものがある。見て、損はないわ」
そんな千歳さんの世間話で出た言葉が……、後に、情報国家にとんでもないものを建設させることに繋がるとは、この場にいた誰もが知らぬことだった。
****
「ところで、チトセは認めるのだな?」
「何を?」
「シオリ嬢の件について」
ようやく本題に入ったようだ。
オレは身構える。
「認めるも何も……、私の気持ちは、十年以上も昔、貴方に告げた通り、一度も変わっていないわ」
笑いながら、それでも千歳さんはしっかりと決定的な言葉を避けた。
「……なるほど。そうだったな。確かに……、あれ以上嬉しい対価は二度と望めない」
「……よく覚えているわね、あんな昔のこと」
千歳さんは眉毛を下げて笑う。
この顔は高田もよくする表情だった。
「それだけのことだったからな。女に振られたのは、あの時がまだ二度目だった。ああ、つい最近、久し振りに振られたな、お前の娘に」
「貴方は、一体、何をしてるのですか?」
セントポーリア国王陛下は呆れながらもそう言う。
「ああ、男にも振られたぞ。そこのツクモに」
頼むから立場が一番低いオレを、容赦なく巻き込むのは本当にやめて欲しい。
「それは正解だな」
「正解ね」
セントポーリア国王陛下と千歳さんは声を揃えて即答する。
まるで打ち合わせたかのように。
「お前ら、二人して俺の扱いが酷すぎないか?」
「情報国家に飼い殺される未来が約束されると知って、手放しで喜べる人間がいるものか」
「貴方の下に就けば、使い潰されちゃいそうね」
どうやら、情報国家はなかなか酷い雇い主らしい。
「部下ではなく、『子』になれと言ったのだが?」
いえいえ? そこが一番の問題ですよね?
「だが、貴方には、既に嫡男のシェフィルレート王子がいるだろう?」
「それに、シェフィルレート王子殿下に譲位した後に養子縁組をしたとしても、いらぬ勘繰りを受けそうよね。国王陛下の隠し子が今頃、出てきたのか? って」
なるほど……。
そんな可能性もあるのか。
「お前ら……」
情報国家の国王は、抗議しようとしたが……、その声には、先ほどより力がなかった。
「ところで……、貴方は九十九くんを呼び出してそんな話をするつもりだったの?」
千歳さんは穏やかに、でも少しだけ重圧を感じるような声でそう尋ねる。
「いや、チトセが余計なことを言わなければ、もっと話は早く進むのだが?」
「失礼ね。まるで私が悪いみたいな言い方をして」
「事実だ」
情報国家の王がそう言いたくなる気持ちも分かる。
それは、日頃、オレが別の人間に抱いている気持ちそのものなのだ。
流石は親子としか言いようがない。
「とりあえず、本題に入る前に……、ツクモはどれを呑む?」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からず、素で返答してしまったが、情報国家の国王は、気にした様子もなく話を続ける。
「酒だ。ここから先は素面で語れるような話ではない」
それもどうかと思うのだが、下っ端であるオレは他国とは言っても国王陛下からの要請となれば、従うしかない。
この世界ではアルコール入りの飲み物であっても、清涼飲料水と同じ扱いである。
つまり、飲酒に年齢制限はないのだ。
そして、この世界では酒を飲んで、自身の能力が一時的に向上してしまう人間は多いが、一口ぐらいで、「急性アルコール中毒」によって倒れてしまうような人間にオレはまだ出会ったことがない。
そう考えるとアルコール耐性が人間界の人間たちとは違うのだろう。
まあ、「飲みすぎ注意」、「飲酒は節度を持って」という点においては、この世界も一緒なのだが。
オレはテーブルに載せられている瓶を確認する。
それにしても、並んでいる酒の種類が多すぎるのは気のせいではないだろう。
アルコール度数の低い麦酒を始めとする醸造酒が数種類、複数の銘柄。
アルコール度数の高い蒸留酒も何種類か並んでいる。
それもオレが分かるだけでもピンキリの値段で、味も辛口から甘口までいろいろある。
よく考えなくても、これって、やっぱ、持ち込みだよな?
それ以前に、ここは神官たちが集う大聖堂の地下だよな?
だが、よく考えてみれば、神官だって酒を飲む。
あの大神官様だって、千歳さんに酒を飲むためのグラスを贈るぐらいだ。
その点において、深く考えてはいけないようだ。
ここは人間界ではないのだから。
「それでは、そこの『リィエ』を頂けますか?」
仕方なく、オレは付き合うことにして、見たことがある酒瓶を指した。
この場で、オレに、「飲む」のに付き合う以外の選択肢などあるわけもないのだから。
さて、王族と呼ばれる人種は、酒飲みが多いと聞いている。
水尾さんに言わせれば、魔力の強さ、魔法力の大きさによるらしい。
だから、アリッサムには酒を飲む施設が多く、その種類も豊富だったそうだ。
料理が苦手な人間が集まるフレイミアム大陸なのに、酒については該当しなかったということだろうか?
その辺りはよく分からん。
「ふむ……。ツクモはなかなか良い好みをしているな」
情報国家の国王が何故か嬉しそうにそう言った。
「そうなの?『リィエ』って、どれもお酒としては、少し物足りなくない?」
大人しそうな顔をして、なかなか吞兵衛な発言である。
高田は、こんな千歳さんを知っているのだろうか?
「『リィエ』の酒精は平均5%ぐらいだからな。確かに醸造酒としても少ない方だ」
そう言いながら、恐れ多いことに情報国家の国王が手ずから、オレに酌をしてくれる。
「だが、ツクモが選んだこの酒は、俺も好きな酒だ」
オレが手にしたゴブレットに、透明な小麦色の液体が注がれていく。
なかなか慣れた注ぎ方だ。
それも一国の王とは思えないほどだと思う。
酒も料理ほどではないが、注ぎ方によっては味がかなり変化する。
それを、この国王は知っているのだろう。
しかし、この瓶を見る限り、情報国家の国王は、分かりやすく高級な酒ばかりでなく、庶民的な「リィエ」……、人間界で言う「麦酒」によく似た酒も好むようだ。
オレが知っている銘柄の物があって良かった。
流石に、一杯目から見知らぬ酒にチャレンジするような勇気はオレもない。
そう言えば……、料理以外で酒に口を付けるのは久し振りな気がする。
基本的にオレは高田の護衛だ。
少しばかりのアルコールでも判断が鈍らないとは限らないし、いつもと違う自分の能力に振り回される可能性もある。
今回は役得だと思うことにしよう。
音を聞くだけの兄貴には悪いが……、上の命令には逆らえるはずもないよな?
「ここから先は酒の席での戯言だ。だから、気軽に流してもいいし、笑い飛ばしても良い。但し、飲み終わった後には、何の話題であっても『過去のことは水に流せ』」
情報国家の国王は、グラスを片手に澄ました顔でそう言った。
……その言葉って、「悪い過去は忘れてくれ」って意味合いがなかったか?
そう思いながらも、素直に、オレは久し振りの酒を口に流し込むのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




