抑えきれない好奇心
「緑色の茶か……。我が国のグリーンティーに似ているな」
情報国家の国王陛下は、みたらし団子を片手に嬉しそうに言った。
でも、『グリーンティー』って、つまりは、緑茶のことじゃないかな?
味も似ていたら面白いよね?
「バッカリスで購入したニルギスの葉を煎じたお茶です。薬効成分もあり、私は気に入っています」
その効能は確か、身体を温め、血行促進する……だったはずだ。
九十九はかなり気に入ったようで、バッカリスのお店で大量購入をしていたことを覚えている。
そして、その後、わたしの国境の町にて、似たような薬を騙し討ちに使ったのだ。
まあ、その仕返しもちゃんとしたけど。
特徴としては、その葉っぱは真っ黒なのに、長い時間、煮詰めると何故か緑色の液体を出すのだ。
そして、水尾先輩でも淹れられる数少ないお茶というのが最大の特徴だと言っても良いだろう。
それを知った水尾先輩がかなり喜んでいた。
あらゆる意味で凄すぎるお茶である。
比較的、管理も楽で、わたしは密かに「緑茶」と呼んでいる。
人間界で緑茶好きだった身としては、手放しがたいお茶である。
「ニルギス? つまりは、薬草茶か……」
薬草は苦手なのだろう。
少し顔を顰め、そう言いながらも飲むと、情報国家の国王陛下は、目を丸くした。
「これは、我が国の『グリーンティー』よりも美味い」
「これならば、お出しした餡子入りの大福餅ともよく合うと思いまして……」
日本の緑茶に似た味のお茶と、九十九お手製の和菓子。
自信を持って提供されたそれらが合わないわけがない。
九十九の作って出してくれるお菓子はどれも本当に美味しいのだから。
これが、精霊のお手伝いによるものだとしても、この美味しさは彼の努力の結果であることもわたしは知っている。
失敗だって少なくはない。
でも、一度や二度の失敗でへこたれずに、何度も納得できるまで挑戦し続けるのだ。
それは、絶対に彼の力そのものだと思う。
「魔法力が、回復している気がする」
ふとセントポーリア国王陛下がそんなことを口にした。
「ほう? 具体的には?」
「ああ。『ドラオウス』を召喚した時にごっそりと魔法力を使用したはずだが、それがいつもより回復が早い」
物質召喚だって、魔法力は使う。
それが「神剣」と呼ばれる物なら、普通よりは消費量が激しくても驚かない。
でも、回復したというのは、このお茶が薬効成分入りだから?
「ああ。甘い物は魔法力の回復を早めるからな」
「そうなのか?」
「お前は甘い物を食ったこともないのか?」
「こんなに大量摂取はないな」
「なら、この機会に食っとけ。セントポーリアは見た目だけ豪華で、面白味のない料理が多いからな」
情報国家の国王陛下はずずいっと、セントポーリア国王陛下に三色団子をすすめた。
「いや、俺はこの『イソベヤキ』という名のダンゴの方が好みだ」
そう言って、海苔を巻いた団子に手を伸ばすセントポーリア国王陛下。
パリパリの海苔を巻き、少しだけ焦がした醤油の味がとても良いから、その気持ちはよく分かる。
実は、わたしもそちらの方が好きなのだ。
甘い物ばかりだと飽きるよね?
でも、この味は甘くないので飽きない。
「しかし……、まさか神剣『ドラオウス』まで召喚するとはな。俺もアレを見たのは初めてだったぞ」
「普通は召喚するものではないからな。でも、あれは雷の剣だったから、並の剣では防げないと判断した」
おや?
先ほどの話になった。
神剣「ドラオウス」か~。
あまりよく見えなかったけど、綺麗だったことは分かる。
「シオリ嬢は、神剣『ドラオウス』に興味があるのか?」
「はい。とても綺麗だったので」
作画の資料になりそうだな~と。
九十九が以前、見せてくれた剣とはまた違った感じの剣だったために、また見たいとは思ったのだ。
『お前、また阿呆なことを考えている顔になっているぞ』
九十九が小声でそんなことを言ってきた。
わたしが作画の資料を欲する時は、一体、どんな表情をしているのだろうか?
少し不安になる。
「シオリは剣が好きなのか?」
「剣が好きというよりも……、綺麗なモノが好きなのです」
主に作画資料として!
『お前……』
九十九がまた何か言おうとしたけれど……。
「それなら、見せてやろう」
セントポーリア国王陛下の言葉で、彼の言葉は止まった。
そして……、セントポーリア国王陛下の手には、光り輝く剣を召喚してくれた。
「存分に眺めるが良い」
そのまま、わたしに手渡してくれる。
「ありがとうございます!」
召喚するだけでも魔法力を分かりやすく消費するような剣を見せてくれるなんて、それだけでも嬉しいのに、触れる許可までくれた。
神剣と呼ばれたこの剣は、九十九の剣のようにずっしりと重いかと思えば……、意外なことに、かなり軽い。
わたしでも簡単にぶん回せそうだ。
いや、剣と金属バットでは違うのだろうけど、長い物を掴むと思わず振り回したくなるのは、野球やソフトボールに関わった人なら分かってくれる感情だとわたしは信じている。
「ツクモも剣を扱うだろう? 普通の剣とは違うが、触れるだけなら害もない」
「……ありがとうございます」
九十九も礼を言う。
だが、触れようとはしない。
先ほど薙ぎ倒されたせいかな?
「九十九は触らないの?」
「恐れ多くて触れるかよ。伝説と言われる剣を間近で見れるだけで満足だ。でも、お前はよく見とけ」
そう言って、九十九もしっかりと見ていた。
「お前……、神剣を簡単に渡すなよ」
情報国家の国王陛下は呆れたようにセントポーリア国王陛下に向かって言った。
「ソレは、並の人間には扱うことはできない。それは、貴方もご存じのはずだ」
「お前……」
「触れるだけでは害もない。使い手を選ぶ剣だからな」
使い手を選ぶ剣?
まるで、ゲームとか伝説とかにありそうな話だ。
それだけで、ワクワクするね。
でも、この剣……、どこかで見たことがあるような気がする。
あれは……、どこだっただろう?
しかも……その時は、鞘から出ていたような気もする。
変なの。
情報国家の国王陛下すら、初めて見るって言っていたのに。
何かのゲームで似たような物を見た?
いやいや、こんな綺麗な剣なら、忘れるはずがない。
「この剣、抜いてみても良いでしょうか?」
なんとなく刀身が見たくなった。
見れば、何かを思い出せる気がして……。
「別に構わない。ただし、後悔はしないようにな」
セントポーリア国王陛下は何故かそう言った。
「し、シオリ嬢?」
「高田!?」
何故か、情報国家の国王陛下と九十九が慌てたけど……、所持者から許可が下りたなら、問題ないよね?
でも、「後悔」って何故だろう?
鞘とのイメージと違いすぎてがっかりするなってことだろうか?
それとも危険?
わたしは疑問に思いながらもゆっくりと鞘をずらす。
うん。
どうやら抜けそうだ。
わたしは、剣に誘われるようにそのまま、鞘から刀身を抜いた。
透けるようなオレンジ色の刀身がそこにある。
なるほど……、わたしは剣に詳しくはないけれど、これが普通の剣ではないことは、見ただけでもよく分かった。
「抜けた……、か」
その言葉に違和感がある。
「普通は抜けるものではないのですか?」
わたしは素直に問い返した。
「高田……、その神剣は……」
「ツクモ。これは、俺の役目……いや、務めだ」
何かを言いかけた九十九を、セントポーリア国王陛下が止める。
「失礼いたしました」
九十九は一礼して、何故か、わたしではなく、セントポーリア国王陛下の後ろに下がった。
なんだろう?
このやってしまった感は……。
なんか雰囲気がおかしい。
情報国家の国王陛下すら、何とも言えない顔をしている。
「その神剣『ドラオウス』は……、本来、契約者以外は抜くことができないものだ」
「へ?」
でも、抜けちゃいましたよ?
「その神剣『ドラオウス』を抜けるのは、契約者とその直系血族のみ」
「はい!?」
直系血族って……、つまり……。
その意味を理解して、わたしの顔からザッと血の気が引いた音が聞こえた気がした。
―――― ダメだ!!
混乱している頭。
だけど、自分の中にある誰かが叫ぶ。
このままでは……、ナニかが破裂する……、と。
「今代で、その剣を抜けるのは、契約者である俺とその親。そして……、俺の血を引く子供だけだ」
そんな事実を告げるセントポーリア国王陛下の言葉が、わたしの意識の遠いところで聞こえた気がした。
ごめんなさい、母さん。
あなたがずっと守り続けていた秘密が、こんな形でバレてしまいました。
しかも、ある意味、当事者であるセントポーリア国王陛下だけではなく、他国の情報国家の国王の目の前で。
―――― 「気付いた」と「確信した」ではその意味が全く違うのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




