精霊の手助け
「この世界では、生きとし生けるもの全てに魔気と呼ばれるものがあることは、流石に知っているとは思うが……」
情報国家の国王陛下はそう切り出す。
それは確かにわたしでも知っている話だった。
空気中に含まれている魔力を大気魔気。
生き物の身体の中にある魔力を体内魔気と言う。
「大気魔気は源精霊や微精霊と呼ばれる極小の精霊のことだ。対して、体内魔気……、これは、言うなれば、魂のことだな」
「魂?」
わたしは思わず問い返していた。
ちょっと意外だったのだ。
情報国家の国王陛下が、そんな形がないものについて語るなんて思わなかったから。
「俺が『魂』という不確かな存在について語るのは意外か? シオリ嬢」
わたしの表情から何かを察したように、情報国家の国王陛下はそう言った。
「王という面倒な立場にある以上、神の存在は身近に感じるし、魂というものを意識せざるを得ない。ないものを『ある』と言い張る気はないが、はっきりと可視化できる存在ではなくても、あるものはあるのだから仕方ないな」
情報国家の国王陛下はどこか自嘲気味に笑う。
「しかし、今回の本題はそこではない。料理の話だからな」
そう言えばそうだった。
だけど、精霊の血筋から始まり、大気魔気や体内魔気、神や魂……、そんな話と料理が結びつかないのだ。
「料理などの失敗は大気魔気……つまり、微精霊の影響によるものだ。正しくは、生命に手を加えること……、自然物の加工に関すること……だがな」
「生命に手を……?」
情報国家の国王陛下の言葉に、そう呟いたのは、わたしではなく、九十九だった。
考えてみれば、動物だけではなく、当然ながら植物も生き物、……つまり、生命を持つものだ。
そして、この世界では、植物にも意識があると聞いている。
それを教えてくれたのは、わたしの横にいる少年だった。
「それで……、時々、声が聞こえるのか……」
ん?
なんか、わたしの知っている声で、わたしの知らない言葉を語られた気が?
「心当たりがあるようで、話が早い。料理に限らず、歴史上、優れた技術者は、様々な声を聞き、力を授かると言う。今の所、分かっているのは、神の血を引く王族、精霊の血を引く者、そして……、神の加護や精霊の祝福を享けた者……ってところか」
神の加護や、精霊の祝福?
「但し、その技術も確実なものではないそうだ。加えて、精霊たちが手助けをするのも邪魔するのも気分次第らしいからな。もし、ツクモの料理が精霊たちに邪魔されず、どちらかと言えば、手助けされるものならば、自然に関する神の加護や精霊の祝福はあるだろう」
「精霊は気まぐれだからな。だが、精霊が手伝うというのなら、ツクモには、自然に関する神の強い加護があるのだろう」
情報国家の国王陛下の言葉にセントポーリア国王陛下も続ける。
ありますね、九十九には。
確か、「森の神の加護」があるって聞いたことがある。
いや、雄也先輩やわたしにもあるらしいけど、雄也先輩はともかく、わたしは料理、得意じゃないよ?
「神の加護や精霊の祝福には相性がある。但し、それは個人に与えられたものであって、血筋……、代々の才能なら神や精霊の血族と考えるべきだが……、そうか、ツクモは、親がいないのだったな。幾つの時、亡くした?」
「母は、生まれて一月ほどだったと聞いています。父は、三歳を過ぎた頃だったと」
九十九は淀みなく答える。
「それでは、何も伝えられていないか……。年があまり変わらん兄の方もそうだろうな。痛ましいことだ」
どこか悲痛そうな顔を見せる情報国家の国王陛下。
まるで、自分が身内を亡くしたかのような表情だった。
思ったより、感情移入しやすい人らしい。
これまであちこちで話を聞いた限り、情報国家という国は冷酷無情で、相手のことを配慮しない国だと思っていた。
だけど、この国王と話せば、全く違うことが分かる。
いや、それすらも、この国王の計算なのかもしれない。
少しでも情に厚いところを見せれば、ある程度の人間は絆されてしまうものだ。
少なくとも、相手の警戒心の基準を下げることができるだろう。
そして、僅かでも隙ができれば、人間、思わぬことも口にする。
そこが狙い目だとしたら……?
しかし、そんなことを考えてしまうわたしの性格って、実はかなり性格が悪いよね。
「ツクモとその兄が、シオリに連れられて城に来たのは……、セントポーリア城下で熱病が流行った年だ。幼い子供たちに移らなかったのは幸いだっただろう」
なんと?!
カルセオラリアだけではなく、セントポーリアでも熱病が流行った年があった?
「そんな年に、よく見知らぬガキを二人も城に入れる気になったな」
「彼らに症状がなかったからな。親が亡くなったのも、一月ほど前だと聞いていた。発症するならとっくに出ている頃だ。それに……、シオリだけではなく、チトセとミヤドリードの強い推しがあって、断れると思うか?」
「そう言う問題じゃないだろう? 時々、お前は警戒心が薄くて困る」
どこかげんなりした顔で、情報国家の国王陛下は答える。
どうやら、剣術国家の国王陛下は少し、無防備らしい。
そして、それを情報国家の国王陛下は心配しているようだ。
この姿が偽りだとは思いたくないなあ。
「もともと、チトセたちの居住していた場所は、他から離れてもいた。そんな所で子供が増えても気に留める人間などほとんどいなかったことだろう。そこで、ゆっくり教育をさせてから、表には出すようにしたよ」
わたしが覚えていないところで、いろいろとあったらしい。
もし、このセントポーリア国王陛下が反対していたら……、わたしはこうして九十九と並んでいないかもしれないのだ。
そう思うと、かなり複雑な気持ちになる。
今更、自分の傍に、九十九や雄也先輩がいない生活なんて考えられないのに。
「ツクモは、自分の出自を知りたいか?」
「いえ、まったく」
「無欲なヤツだな。料理の才があるということは、神や精霊と関係する一族の可能性もあるのに」
「いえ、料理を苦手とする高貴な身分の方もいらっしゃることは承知なので」
九十九の言葉にとある双子の王女殿下たちが頭に浮かんだ。
「ああ、そのツクモが言う人間が、フレイミアム大陸出身者なら、仕方ない」
その言葉にドキリとした。
「火の神は料理のために生命に手を出すことを嫌う。料理人と呼ばれる職業に就く人間でフレイミアム大陸出身者はかなり少ない。あの大陸の料理人は、全て、他の大陸から雇い入れていると言っても過言ではないな」
なんと!?
そんなお国柄……、いや大陸柄があったのか?
「さらにそれがアリッサムの人間ならば、救いようがない。魔法国家は国民に至るまで火の神の加護が強すぎるからな」
なんと!?
救いようがないとまで!?
「火の神は……、料理嫌いなのか?」
「いや、料理は加工せず素材のまま食え! ってタイプらしいぞ。だから、切ることぐらいはできるが、混ぜたり火を使ったりすると、加護が強い人間ほど、目も当てられない状態になるそうだ」
セントポーリア国王陛下の言葉に対して、情報国家の国王陛下が苦笑しながらも答える。
ますます双子の王女殿下たちの不機嫌そうな顔が思い浮かんだ。
こんなところで、そんな事実、知りたくもなかったよ。
「しかし、ツクモ。それならば、お前は自分で自分の価値を知るべきだな。これが、俺以外の情報国家の国民が知れば、確実に動き出す。良い血筋と言うのは、利用価値が大きいからな。出身によっては、国が荒れる可能性も出てくる」
「情報国家の国王は、何故、動かない?」
セントポーリア国王陛下は当然の疑問を口にした。
確かに、情報国家こそ動きそうなネタだと思う。
それなのに、この情報国家の国王陛下の言葉を全面的に信じるなら、九十九のことを庇っているようにも見えるのだ。
「この兄弟に手を出すことは、ミヤドリードに恨まれるからな。ツクモの意思なら、調べることも許してもらえるだろうが……」
そんなどこか弱気なことを言った。
情報国家の国王も、亡くなってはいても、自分の妹は怖いらしい。
「自分の価値を知る……」
九十九がそう呟いた。
なんだか、耳が痛いのは気のせいか。
「まあ、今は、深く考えるな」
情報国家の国王陛下は、なかなか無茶をおっしゃられる。
「いずれ、嫌でも知ることになる」
さらに不吉な言葉を口にしながら。
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