【第45章― 後の祭り ―】奇妙なお茶会
この話から第45章となります。
「美味い」
「……美味いな」
セントポーリア国王陛下と情報国家の国王陛下は同時にそう言った。
その言葉に、わたしも九十九も、密かに安堵の息を漏らす。
ここは大聖堂の地下。
本来なら、神官たちが契約の間として使うはずの部屋で……、何故か、国王たちによる奇妙なお茶会が行われていた。
いや、正しくは、中心国の国王陛下が2人と、わたしと九十九。
個人的にはいつもの台詞「どうしてこうなった? 」と言いたい。
でも、今回は、わたし以上に、九十九こそ言いたいことだろう。
彼は、最近、このような場ではほとんどわたしの後ろに立って控えるようになったが、今回は、珍しくわたしの横に座っていた。
いや、正しくは座らされたのだ。
目の前の国王陛下たちによって。
いつものように後ろに立とうとしていた九十九に向かって、「護衛としてシオリ嬢の後ろに立つなど、俺たちが信じられないか? 」と、情報国家の国王陛下に笑顔で言われたら、彼としては従うしかない。
でも、給仕はしなければいけないのだから……、結局は立つことが増えるのだけど。
きっかけは些細な話。
セントポーリア国王陛下が、魔法勝負が終わった後、九十九に「菓子を食べてみたい」と言ったことだった。
以前、雄也先輩から聞いていたらしい。
なんでも、「弟の作る菓子が美味い」と。
九十九としては、自分の知らないところで兄からそんな評価をされていたこともビックリだったし、セントポーリア国王陛下が使用人とのそんな雑談のネタの一つでしかないような話題を覚えていたことには恐縮するしかなかったようだ。
そして、それをすぐ近くで聞いていたのが、好奇心旺盛な金髪に青い瞳の王さま。
その結果……、九十九はいつものように近くの厨房を借りて、お茶の準備をすることになり、冒頭の言葉に繋がる。
この時の彼の緊張はどれほどのものだっただろうか?
しかも、困ったことに、わたしと九十九が「毒見」の申し出をしたら、どちらの王さまもそれを断り、止める間もなく口にしたのだ。
情報国家の国王陛下は、「俺たちを害せばどうなるかはツクモ自身が知っているだろ? 」と言うし、セントポーリア国王陛下は、「毒には幼少期より慣らされている」なんてどこか悲しいことも言うので、わたしも返答に困った。
カルセオラリアの国王陛下を見習って欲しい。
あの方は、高貴な身分の人らしく、素直に毒見をさせてくれましたよ?
「しかし、この菓子を選んだ理由は?」
情報国家の国王陛下は上品に食べながら九十九に尋ねる。
身分の高い方は、本当に食べ方一つでも、品を感じるよね。
それだけでも、お育ちが違うというのがすぐに分かってしまうものだ。
「この菓子は、国王陛下たちにこそ、相応しいと思いました」
九十九はなんとも言えない表情で答えた。
自分が国王たちと同じ席に着いていることが落ち着かないようで、彼はどこかソワソワしている。
今回、九十九が選んだのは人間界で「ザッハトルテ」と呼ばれているチョコレートケーキに近付けたお菓子。
九十九が言うには、本物の「ザッハトルテ」は、「チョコレートケーキの王さま」とも称されるらしい。
お菓子の本物ってよく分からないけど、材料とか作り方とかが違うと本物を名乗れないのかもしれない。
それならば……、魔界では本物のお菓子とやらには出会えないのだろう。
材料?
作り方?
そんな人間界の常識が通用しない世界ですよ?
正直、わたしには、「ガトーオペラ」と区別がつきません。
もしかして、形かな?
「ガトーオペラ」は、確か、四角かった気がする。
情報国家の国王は、そのお菓子に興味を持ったのか、九十九を質問攻めにしていた。
セントポーリア国王陛下のお口にもあったようで、少しずつ噛みしめるように食べている。
九十九の作ったお菓子は、王さまたちにも気に入られるほどのものということらしい。
なんだか、嬉しいね。
「食える菓子を作れるだけで褒められるものだ」
情報国家の国王陛下はそう言った。
「そうだな。見た目が良くて、食える菓子というだけでも貴重なのだが……、これは見た目が綺麗で、その上、美味い」
セントポーリア国王陛下も、しみじみと言った。
「そうなの?」
「知らん。ただ……、この世界では菓子が少ない気はしている」
確かに、料理は爆発だ! が本当にシャレにならない世界だ。
普通に料理することも難しいのに、さらに繊細なお菓子となれば、その難易度が格段に上がる。
わたしは、この世界に来てから、最初から最後まで、一人でお菓子を作れたことがない。
クッキーを型抜きするだけで、そのタネがドロリと液化するとか、見えない何かによる嫌がらせにしか見えなかった。
この世界の料理法則って、本当にどうなっているのだろうね?
「ツクモは料理が得意なのか?」
「苦手ではないです」
「稀有な才だな。血筋に精霊の系統があると見える」
「「は? 」」
情報国家の国王陛下の言葉に、わたしと九十九が揃って、反応した。
「グリス王? それはどういうことだ」
「……しまった。一般的な知識ではなかったか」
「料理の才に精霊の血筋が必要なんて……、普通は知らないと思うぞ」
イースターカクタス国王陛下は、セントポーリア国王陛下の言葉で、うっかり一般的ではない話をしたことに気付いたらしい。
いろいろ知っている情報国家というのも大変だね。
精霊……、それは楓夜兄ちゃんや、この国の王子殿下の婚約者であるオーディナーシャさまから見せられたことはあるし、わたしたちと行動を供にするようになったリヒトなんて、長耳族という精霊族そのものだ。
でも……、楓夜兄ちゃんやオーディナーシャ様の料理の腕は、わたしよりはマシ程度で、九十九ほどではない。
リヒトは……、チャレンジしたことはあったけれど、彼の料理は完成する前に音もなく雲散霧消した。
それがショックだったのか、彼はそれ以来、料理に挑戦したことはない。
「血筋については……、正直、分かりません」
九十九は俯きながら答える。
実際、彼は両親のことを何も知らないと言っている。
答えることなど、できないだろう。
「そうだったな。まあ、精霊の系統など、確かに知る人間は少ないか」
「隣国のジギタリスは精霊を使役するが……、料理が美味いなど聞いたことはないぞ」
「それは使役するからだ。契約外の精霊たちが悪さをするんだよ」
契約外の精霊?
契約していない精霊ってことだよね?
「シオリ嬢、好きな食べ物は?」
「へ? あ……? 九十九が作ったカレー?」
「よりにもよって、カレーかよ」
心構えもなく、いきなり情報国家の国王陛下から好物について質問されたので、思わず変なことを言ってしまった気がする。
九十九も奇妙な顔をしたが、彼が作るカレーは本当に美味しいのだから、わたしは嘘は言っていない。
「カレーとやらについては、後で聞く。ツクモは?」
「肉料理全般は好きです。中でも、『雌牛』の『香草焼き』……が今まで食べた中では一番、好みでした」
……何が好きだって?
肉料理が好きなことは分かったけれど、彼の一番の好みが分からない。
「『雌牛』を含めた『牛の魔獣』など、シルヴァーレン大陸には生息していないだろう? どこで食った?」
「生息していないはずなのですが……」
九十九がどこか気まずそうに言う。
「ミヤドリードがどこからか持ってきた食材だったので、その出所は本当に分からないのです」
「アイツ……」
情報国家の国王陛下がどこか悔しそうな顔をする。
滅多に手に入らないような稀少な食材なのかな?
「まあ、良い。ハルグブンは?」
「九十九のこの菓子も美味かったが……、ここはチトセが作ってくれたカレーと言わせてもらおうか」
これって、もしかしなくても惚気というやつだろうか?
そこで名前を上げられた人間の娘としては、いろいろと複雑な気分になる。
いや、人間界で母のカレーはよく食べていたけれど、味は普通だったと思うから余計にそう思ってしまうのだろう。
少なくとも九十九の作った方が絶対に美味しい!
そして、情報国家の国王陛下と九十九も二人して何とも言えない顔をしていた。
「お前……、それが本心だとしても、この二人の前で臆面もなく言うことか?」
「何故だ? 貴方は好物を聞いたのだろう?」
「まだ言うか、この男……」
情報国家の国王陛下の気遣いは、残念ながらセントポーリア国王陛下には伝わらなかったらしい。
「まあ、良い。それでは、料理の才に関する話の続きをしようか」
作中にある「ザッハトルテ」の本物は、オーストリアのとある洋菓子店、及び、とあるホテルで提供されているもののみと言われています。
巷で溢れている「ザッハトルテ」はチョコレートトルテの一種らしいです。
こんなところまでお読みいただきありがとうございました。




