準備はOK?
つくづく、王族という人間は化け物でしかないとオレは思う。
高田に打ち上げられ、それなりに魔力を込めた「大重圧魔法」ですら……。
『暴風魔法』
そのたった一言でかき消された。
―――― 悔しい。
その荒々しい風に巻き込まれながら、素直にそう思う。
確かにこの下にいるのは、風属性の最高位だ。
だから、手が届かないのは当然なのかもしれない。
同じ人間?
そんなこと思えるか!
王族は生まれながらにして、オレたちと似たような姿かたちをしている人外でしかない。
勿論、それはオレが守るべき規格外にも言えることだ。
その人外を油断していたとは言え、僅かでもよろめかせた。
このままでは、午前中と同じように負けるだろう。
確かに、その時よりはマシな動きにはなっているが、それでも、そのほとんどは、高田の奇襲ばかりだ。
オレ自身はまだ何もできていない。
先ほどの休憩時間に高田から出された案は二つ。
一つは、彼女の風魔法がオレにほとんどダメージがないことを利用して、補助魔法替わりに使うこと。
これは、国王陛下も面食らったことだろう。
……それを提案されたオレも、正直、ビビったが。
そして、もう一つ。
『魔力だけで、剣って作れないかな?』
そんなオレにはない不思議な発想を口にした。
何でも漫画の知識らしい。
だけど、その理屈では分かっていても、基からある知識というやつが、どうしても邪魔をする。
その場で、何度か挑戦はしてみたが、やはり、見た目だけで中身がないものしかできなかった。
水や、氷……、それ以外の魔法だけで、剣などという固形物を創り出すなんて難しすぎたのだ。
これは、オレの剣に対する感情もあるのだろう。
だけど、最後に確認した神話に出てきたという武器。
それは神話の中で、最高神と呼ばれる存在が振るうというものだったそうだ。
それは……、もっと漠然としていた物だったし、彼女自身もそれを絵として表現することは難しかったようだけど……、何故か、妙にはっきりとイメージすることができた。
炎や水よりも身近ではないが、その存在自体が激しく力強いエネルギーの塊。
オレは一か八か、剣を召喚する時のように両手を構える。
力強さを求めるなら、片手剣より、両手剣だ。
失敗はしても良い。
どうせ、国王陛下たちにはオレが何をしたかったなんて分からないのだ。
それに、光を伴うもの。
形を作る前に、ちょっとした目くらましぐらいにはできるかもしれない。
空中で身体を停止させ、大きく息を吸って、おれは叫んだ。
『雷撃魔法!』
本来は、屋外で、対象物に向かって雷を落とす魔法。
以前、この国の城下で、大神官(偽)に向かって落とされたのも、恐らくはこの魔法だっただろう。
何かと縁がある魔法だった。
基本的に、風以外の天候を操る魔法は、結界内や室内では使えない……それがこの世界の通説だ。
だが、この魔法に関しては、この下にいる少女自身の手によって既に否定されていた。
それは人間界にいた頃、オレと彼女が再会したあの日に。
結界内だろうが、屋内だろうが、イメージできればこの魔法は使えるということを示したのだ。
当人は全くその時のことを覚えてないみたいだけどな。
「は……?」
情報国家の国王の呆然としたような声が聞こえた気がするが……、既に手元にある光から発生する大きな音によって、はっきりとは分からなかった。
音は激しく、明らかに凶悪な気配がする高エネルギーの眩しい光がこの両手の中で火花を散らしながら踊っている。
形はできた。
だが、剣とは少し違ったな。
これは単純にイメージ不足か。
オレは少しばかり雷撃のイメージが強いらしい。
思い入れのせいか?
だが、だからこそ揺るがない。
この手にある光に、水や氷のような脆さは感じられなかった。
弾けるような光の束を手にして、オレは構え……、そのまま、空気を蹴ってセントポーリア国王陛下に向かう。
さて、挑ませてもらおう。
剣術国家の国王陛下にオレの技術がどこまで通じるか?
だが、オレのそんな光の束すら……。
バチンッと弾けるような音ともにかき消された。
自動防御でもなく、魔法でもない手応えとともに……。
その時、感じたのは……、固い金属の接触に近かったと思う。
だけど、そのまま、手にした光ごと激しい勢いで薙ぎ払われる。
これまで魔法で作られた風が可愛く見えた。
この方は、娘以上にその存在が暴風だったのだ。
オレを振り払っても、その表情は崩れない。
まるで、虫でも払うかのようにあっさりと、オレの身体は払い飛ばされた。
「九十九!!」
高田のどこか悲痛な叫び。
瞬間、何か、柔らかいものに包まれ……、さらにもう一段階、別方向に吹き飛ばされた。
壁にこそ叩きつけられなかったが、床を滑り、寝そべるようになってしまう。
なかなか扱いとしては酷い。
「お前は、なんで毎回、治癒魔法で相手を吹き飛ばすんだよ!?」
彼女が咄嗟に治癒魔法を使ってくれたのだ。
だが、素直に感謝できず、顔を伏せたままの状態でそう言っていた。
受け身はなんとか取れたが、いろいろと顔が上げにくい。
「い、いや……、どうしてもこうなっちゃって……」
最初のクッションのような感覚だけで良かったのに、余計なオプションまで付くのは本当になんとかならないものか。
「だが、助かった」
それも間違いない。
あの勢いで床や壁に叩きつけられていたら、確実にオレの中身にまで影響があっただろう。
そんなとんでもないことをしでかした男の姿を見る。
その王は……、光り輝く剣をその手にしていた。
但し、その剣は鞘に納まっている。
剣を抜かないまま、オレは薙ぎ払われたのだ。
「あの剣は……?」
鞘に納められたままの剣を見て、高田は呟いた。
「恐らく……、神剣『ドラオウス』だ」
オレは高田に支えられて、身体をゆっくりと起こす。
神剣「ドラオウス」は、剣術国家セントポーリアの国王が代々持つ剣として、有名な宝剣だった。
その効果は、神獣をも切り裂くと言われている。
実物を見るのは初めてだが、普通の魔力が付加されただけの剣とは比べ物にならないほどの力を感じる。
「ドラゴンみたいな名前だね」
「……そうだな」
実際はそのドラゴンも切り裂ける可能性があると知ったら、彼女はどう思うだろうか?
「今回は、ハルグブンの負けか?」
「そうだな」
そんなことを少し離れた場所で、二人が言っているが、どう見ても、オレたちが勝ったとは思えない。
オレなんて……、半分、ぶっ倒れている状態に近いと言うのに……。
「この剣を、人間相手に振るったのは初めてだ」
「鞘付きだけどな」
「鞘付きでなければ、この程度では済まないからな」
「そんな物を召喚するなよ」
ああ、なるほど。
そんな理由で……か。
振るうはずのない剣を手にさせたことが、国王陛下にとっては敗因となるのだろう。
「つまり、九十九は人間ではなかった……と?」
「おいこら」
どさくさ紛れになんてことを言いやがる。
「普通の人間は、雷を束ねて振り回さない」
「普通の人間は、攻撃にしか見えない魔法を補助魔法代わりにしない」
高田の言葉に対して、セントポーリア国王陛下と情報国家の国王が同時に言った。
だが、オレは言いたい。
いや、それは、ここできょとんとした顔をしている女の発想だぞ?
オレだけじゃ、考えもしなかったことだからな?
不敬だと思いつつも、内心はそんなことを考えていた。
「凄いね、九十九。王さまたちから褒められたよ?」
「いや、これのどこが褒められているんだ?」
「え? 褒め言葉ですよね?」
高田は遠慮なく、二人に確認する。
そんな二人は苦笑しながらも、頷き合う。
それは、明らかに楽しまれていると思ったが……、彼女も嬉しそうだったので、これ以上は突っ込まないようにした。
だが、この後に、この剣がきっかけで、オレも高田も、自分たちの未来すら変えてしまうほどのことが起こるなんて思いもしなかったのだ。
この話で、44章は終わりです。
次話から第45章「後の祭り」。
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