ラウンド2……
呼吸を整えて、その場所に立つ。
見えるのは九十九の広い背中。
護られるのではなく、彼の援護のために見るなんて初めてのことだった。
午前中は、援護すら、させてもらえなかったから、これが本当に最初のことだ。
凄く緊張する。
まるで、ソフトボールで盗塁のサインが出た時みたいだ。
ワカはわたしの足が速いって言ってくれるけど、ソフトボールをやっている選手たちの中ではそこまで速い方ではない。
短距離も長距離も、並みだった。
まあ、魔力の封印が解放された後では、ずっと段違いにはなっているのだけど。
でも……、そんなわたしがバント以外に褒められたことがあった。
守備でも走塁の技術でもない。
わたしが褒められたのは……、思い切りの良さだった。
九十九の身体が動く。
さあ、行こうか。
「魔気の護り!」
気合の入ったこの言葉は魔法の詠唱ですらない。
これは魔法ではないのだから。
本来は自動防御と言われているのと同じように、自分の体内魔気を勢いよく、空気砲のように放出するだけの単純なもの。
それを……、九十九の背中目掛けて放つ。
「!?」
その驚愕は、はたして、誰のものだったのか?
わたしには分からなかった。
だけど……、九十九にわたしが作り出した空気の塊が当たり、さらに彼が加速したことは分かる。
あれだけの勢いで背後から当たったにも関わらず、ダメージは全くなさそうだったので、ほっとした。
わたしは、やはり攻撃型ではないらしい。
加速した九十九は、そのまま、セントポーリア国王陛下に肉薄するが、体勢を整えた陛下による風の魔法を放たれ、少し、バランスを崩す。
だが、浅い。
あれぐらいで彼の動きは止められない。
そのまま、床を蹴って、身を翻し、やや高い位置から魔法を国王陛下の眼前で放つ。
「ぐっ!?」
奇襲は成功。
九十九の動きに合わせて、顔を上げたセントポーリア国王陛下は激しい閃光魔法を食らう。
それをまともに見てしまった陛下は、目を押さえたままよろめいた。
九十九は、さらに追撃を放とうとして、かなり勢いのある空気の塊をその身に浴び、天井に向かってその身体が跳ね上がる。
「ぐぅっ!?」
顔を顰めながら、九十九が小さな息を漏らす。
しかし、見た目ほどダメージはなかったようで、そのまま、天井を蹴り、身体を反転して着地し、さらに後方へ下がった。
そう言えば……、彼を忍者みたいと昔、思ったことがあったな。
「王族ってやつは、自動防御すら人を吹き飛ばすような凶器になる。本当に厄介だな」
そう言って、身構える。
「自動防御も、貫けないこともないんだぞ」
その言葉に国王陛下はにこやかに応える。
「ええ、知ってます」
横顔しか見えないけど、九十九が微笑んだことは分かった。
「高田、やれ!」
「らじゃっ!!」
自動防御は確かに優れモノだ。
命の危機だと感じたり、周囲の害意を感じ取ったりすれば、身を守るために勝手に発動する。
だからわたしはセントポーリア国王陛下に照準を合わせ……。
『風魔法!』
できるだけ大きな声で、唯一数少ない攻撃魔法を放つ。
わたしの手から、ドリルのような竜巻が発生し、セントポーリア国王陛下に向かう。
離れているとはいえ、横からの攻撃だ。簡単には反応できないだろう。
それにセントポーリア国王陛下は九十九に集中していた。
攻撃手段は圧倒的に彼の方が多いからだ。
そして、その中には、恐らく、セントポーリア国王陛下に通じるものもあるだろう。
午前中は、それを見せる間もなく負けてしまったけれど。
だが、わたしが放った魔法に対して、セントポーリア国王陛下は自動防御に任せた。
自動防御の特徴の一つとして、無意識だと最大限の効果を発揮する。
完全なる不意打ちに対応するためとか、無意識だから出力が最大になるとか、いろいろな理由が考えられるらしいが、魔法国家の人間すら、正確なことは分からないらしい。
ただはっきりしていることは、不意打ちには滅法強く、逆に、防御を意識してしまうとやや効果が落ちてしまうということ。
落ちると言っても、王族はもともと規格外の存在だから、普通の人よりは効果が高いことは間違いないみたいだけど。
詠唱という形で予告したわたしの魔法はセントポーリア国王陛下の自動防御によって、確かにそのものは、弾かれたが、完全に威力が相殺されてしまったわけではなかった。
セントポーリア国王陛下の肩に当たり、その身体が少しだけずれる。
「く!?」
同じ風属性の魔法……。
今までにその威力を殺しきれなかったことなんてなかったのだろう。
セントポーリア国王陛下の目が驚愕で見開かれた。
但し……、魔法耐性が高いため、放出された勢いで動かされただけで、風でのダメージはないっぽい。
だけど、僅かに体勢が崩れたその隙を狙って、九十九が素早く更なる詠唱を重ねる。
『風魔法!』
竜巻型のわたしとは違い、九十九は突風型だ。
さらに……。
『飛び散れ!!』
そこから、切り裂くような風を縦横無尽に飛ばすことができる。
自動防御は多少、効果の持続は出来ても、普通は連続で発生することはないらしい。
だから、わたしの「乱れ撃ち」のように、短時間に連続で繰り出すなんてできないそうだ。
だが、セントポーリア国王陛下の自動防御は効果が切れていなかったのか、九十九の魔法では動かなかった。
自動防御の効果時間は個人差がある。
そこまではやってみなければ分からないのだ。
「ちっ、もう少し間が必要だったか」
舌打ちしながらも、九十九はすぐさま、その場から離れる。
ほぼ同時に、ドゴンッと、先ほどまで九十九がいた場所に、かなり重たいものを叩きつけられたような音がした。
ここの床は頑丈だけど、それでも、わたしの場所にまで振動が伝わるほどの大きな衝撃。
だけど……、そこには何もなかった。
「チッ、仕留め損なったか」
セントポーリア国王陛下は何故か嬉しそうにそう言った。
まるで、水尾先輩のようだ。
……王族ってもしかしなくても、戦闘狂が多い?
九十九は体勢を立て直し、さらに次なる魔法を紡いでいく。
それをセントポーリア国王陛下は片手で払う。
あの方は、ちょっとした魔法なら、その場を動くことなく、たった一振りで薙ぎ払えることは午前中に知った。
だけど、わたしたちは午前中とは違うのだ。
『風魔法!』
わたしは大声で魔法を詠唱する。
さきほどのこともあってか、セントポーリア国王陛下が一瞬、わたしに目を向け、さらにその青い瞳を見開くこととなる。
風魔法はわたしの手から離れ……、いつものように九十九を飲み込み、彼の身体を巻き上げる。
「なんだと!?」
セントポーリア国王陛下が驚いたのは当然だろう。
先ほどから、わたしがやっているのは、そのほとんどが同士討ちのような行動。
躊躇なく、味方を狙い打つ魔法を繰り出すなんて……、普通の共闘プレイではありえないだろう。
だが、上に巻き上げられた九十九は、セントポーリア国王陛下に向かって、こう言った。
「陛下、ご無礼いたします」
先ほどと同じように天井を蹴り、上空から詠唱する。
『大重圧魔法!!』
上空からの重圧魔法。
重力という名の圧力がセントポーリア国王陛下を襲う。
だが、そんな急激な圧力の変化にも……、王と言う存在は揺らがない。
『暴風魔法』
そのたった一言で、周囲に激しい気流が発生する。
そして、部屋中がかき乱され、そこにあった強く押さえつけられる力が、瞬く間に拡散していった。
―――― 悔しい。
その荒々しい風に巻き込まれないように踏みとどまりながら、素直にそう思う。
目の前にいるのは、風属性の最高位。
だけど……、それでも簡単に負けたくはない!!
だけど、今のわたしにできるのは「風魔法」という竜巻を創り出すこと。
それは、手から離して発生させることも、手から放出させることもできるけど……、この国王陛下にはほぼ効果がない。
だが、九十九が風に流されながら、構えを変える。
そして、両手を前に携えた。
あれ?
あの構え……、どこかで……?
『雷撃魔法!』
九十九が叫び、眩い光が周囲を包んだ。
そして、バチバチッと真夏のコンビニで見かけた殺虫灯のような激しい音が聞こえたかと思うと……、その魔法はそこに現れた。
「は……?」
ずっと静かに見守っていたはずの、情報国家の国王が呆然としたような声を漏らす。
「あれは……」
わたしにも信じられなかった。
彼は、わたしが軽く言った言葉を実践してしまったのだ。
『魔力だけで、剣って作れないかな?』
そんな……、「空想世界」でしかない話を……。
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