柔軟な発想
オレの言葉で、魔法は絵を描くことに似ていると高田は言った。
だが、その考え自体は納得できるものである。
「でも、そこまでズレてはないんだろうな。水尾さんだって、人間界の絵から、火の鳥とか生み出したわけだし。まあ、ハッタリ……、見た目だけになることもあるみたいだけど……」
形も熱も威力も想像するのは流石に難しいらしい。
いや、いくつも同時に魔法を形成すれば、そうなるのは当たり前だろうけど。
無意識にそういったものだと理解できている分かりやすい形のものはそこまで大変ではないが、空想上のものはそこまで意識をしなければ幻と変わらなくなるそうだ。
「……そうなの?」
「そうらしいぞ。特に空想上のものを作ろうとすると、熱くない炎とかになることもあるって言ってた」
「…………そうなのか」
高田はふと考え込んだ。
「えっと……」
そして、彼女の周囲が分かりやすく変化する。
「お、おい?」
まるで魔法を使う前のように空気が揺れ出した。
『火魔法』
どこか気が抜けるような声。
彼女の詠唱は、いつも、不思議な発音である。
そして、やっぱり、いつものように火は出なかった。
「そううまく行くわけないか」
高田はそう言いながら肩を落とした。
「それが簡単にできていれば、今まで水尾さんが苦労してないだろう?」
「そうだね」
オレと話したぐらいで、何かを掴めたら、ここ数ヶ月の水尾さんの苦労が報われないではないか。
「今朝、水尾先輩は……、真央先輩と一緒にカルセオラリアに行ったんだっけ?」
「ああ」
この大聖堂内に情報国家の国王がマメに顔を出しているため、制限ある生活をさせられるよりは、カルセオラリアで動きたいらしい。
カルセオラリア城の契約の間は崩壊に巻き込まれたが、一部の家の地下には残ったものもある。
今のストレリチアでは、情報国家の国王があちこちをうろついている。
だから、カルセオラリアで、時々、彼女は息抜きすることにしたようだ。
「水尾先輩なら……、セントポーリア国王陛下の魔法にも耐えて、反撃もできるかな?」
「どうだろう? 彼女は確かに風属性の魔法耐性も高いけど……相手は、王の魔法だからな」
オレや高田が吹っ飛ぶ程度で済んでいるのは、ある程度相性もある。
「風属性の……魔法耐性……」
彼女がぼんやりと呟いた。
その視線が、少しの間、虚空をさまよったかと思うと……。
「ねえ、九十九」
真面目な顔をこちらに向けた。
「わたしが後方支援をするなら、こんな手って使えないかな?」
「へ?」
「九十九は、わたしの魔法に対して耐性があるでしょう? どうせ、国王陛下にも効かないなら、こんな風に魔法って使えないかな?」
そう言いながら、小声で奇妙な提案をしてきた。
それは、普通に考えれば正気の沙汰ではない話。
少しでも何かを間違えれば、オレに死ねといっているような突拍子もない提案だった。
だけど……。
「面白い」
オレは素直にそう思ってしまった。
確かに、魔法で怪我をしないことが分かっている相手なら、そんな使い方もできるかもしれない。
「但し……、これって少し間違えれば……」
流石にそれは高田にも分かっている。
「それぐらいしなければ、陛下の意表を突けない」
「おおう」
オレの言葉に高田は奇妙な声を出す。
いざという時のために隠し持っておくということもできるが……、それよりも現状で、相手を惑わせておいた方が良い。
セントポーリア国王陛下の血を引く娘の発想は、魔法国家の王族並に不可思議だと。
「あと、さっきの空想の話を聞いて思ったんだけど……」
「まだなんかあるのか?」
「うん」
高田は笑いながら頷き、そのまま顔を近づけて、オレの耳に小声でさらなる提案をしてきた。
「は……?」
耳にかかる吐息と甘さを含んだ声にゾクリとしたが……、それ以上に……。
「すっごいこと、考えるな、お前……」
彼女の考えに驚くしかなかった。
「そうかな? 漫画とかで見たことがあるけど……、何よりも……、人間界の神話にも登場するようなことだよ?」
「そうなのか?」
「うん」
もし、彼女が言うことが本当でも、それを実践しようと考えるのは別の話だろう。
「それで……、九十九にはできる?」
「オレもやったことはない」
やったことはないが……、やってみてできないかと言われたら……、できる気はした。
「えっと……、つまり……?」
だが、得意な風属性では明確なイメージが掴みにくい。
火?
いや、水の方がイメージを掴みやすいか?
試しに、やってみる……。
少し、それっぽくなったが……それを使おうとすると、手から零れ落ちてしまった。
「オレの中で、水は流れるものってことか?」
どちらかと言えば、オレが契約している水の魔法はその流れを利用したものが多い。
「……それなら、氷は?」
「ああ、氷なら……」
そう言いながら、オレが出したのは……。
「このまま、串刺しにできそうな形状だね」
「……そうだな」
鋭い氷柱のような形をした氷の塊だった。
それが、オレの眼の前に浮いている。
「だけど、氷は案外、脆いんだよ。人体を貫くような形をしていても、実際は、その前に簡単に折れる」
「生きてく上で必要ないマメ知識がまた増えた気がする」
そして、やはりあっさり折れてしまった。
その後も、いろいろと試してみたけれど……、やはり、上手くはいかない。
「それっぽい形はできるようになったんだけど……」
流石に、これ以上ここでそればかりやっているわけにもいかない。
昼食後にもう一度と言ってくれた国王陛下たちを待たせることになるし、魔法力も無駄になってしまう。
「いや、この短時間でできなかったことができるだけでも凄いと思うよ。まあ、これは次回のお楽しみ……かな?」
高田はそう言って笑ってくれたが……、そんな機会が巡ってくるかどうかは分からない。
他の人間には見た目だけでも効果がありそうだが……、恐らく、あの国王陛下たちには通用しないだろう。
「水、氷、火……、土……」
この場合、オレの各属性魔法に対するイメージが固まり過ぎていることが問題なのだ。
魔力だけでそれを形にすることが難しい。
「せっかく、高田が普通にはない突飛な発想をしてくれたのに……」
「それ、褒めてないよね?」
「褒めてるよ」
柔軟な発想は、魔法で大切なことだと水尾さんが言っていた。
「そう言えば……、漫画のはどんなヤツだったんだ?」
「漫画は水だったかな。でも、見た目は普通の水だった。ああ、氷はそれっぽかった気がする。えっと……、紙と筆記具を出せる?」
「おお」
「でもかなり前の記憶だから、実際はちょっと違うかも?」
そう言いながら、さらさらと描いていく。
「なんか……、ゲームに出てきそうなデザインだな」
「うぬう……。ちょっと別の記憶が混ざっちゃったかな?」
高田は照れくさそうにそう言った。
確かに、イラストがあるために先ほどよりはイメージしやすいけど……、それでも、オレの発想からそこまでずれていないためか、これを実用可能なものとして使える気はしなかった。
「こうなれば……、最初の手だけで行きましょ。そっちは多分、大丈夫だから」
そう言いながら、高田は笑った。
確かに彼女の言う通りだが……、せっかくのアイディアを生かせないのは勿体ない。
「神話の方は?」
「神話? ああ、神話」
彼女は胸の前で両手を叩いた。
さっき自分で言ったことをすっかり忘れていたらしい。
「そっちの方が、イメージするのって難しいと思うよ。わたしが見たことがある挿絵では自然界の形、そのままだったから。ああ、でも……」
そう言いながら、高田はさらさらと何やら描き始める。
「こんな形のものなら見たことがない?」
「……ある」
彼女に見せられたのは、簡単な記号のように描かれた簡略化されたもの。
だが……、その形だけで……、それが何を表しているのかがはっきり分かってしまった。
「ま、このことは忘れて……。もう一度、頑張りましょうか!」
彼女は、紙を置いて、両手の拳を握る。
「わたしたちがどれだけ、王様に通用するか。楽しみだね!」
あれだけやられても、楽しみと言える少女。
それだけの心の強さは、その辺りの男にもないだろう。
「おう」
だからこそ……、オレは彼女にだけは負けられないのだ。
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