悩める少年と少女
―――― ああ、みっともない。
目が覚めて最初に思ったことは、それだった。
心配そうに覗き込む大きな二つの黒い瞳。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
相手は、国王だ。
元から敵う相手ではない。
だけど……、昨日の高田との勝負を見ていたら、「少しぐらいは」と期待してしまったのは事実だった。
実際は、完全に子ども扱いだったのだが。
「やっぱり、わたしがセントポーリア国王陛下の魔法を受けるべきだと思う」
護るべき相手はサンドイッチのようなものを食みながら、平然とそんなことを言ってくれる。
離れた所で見ている模擬戦ですら、彼女が傷つくところは見たくないのに、それを自分の目の前で見ろと?
「お前を前に出すのは反対だ」
オレははっきりと言い切った。
「でも、九十九よりはわたしの方が、セントポーリア国王陛下の魔法の耐性はあるよ」
それは、当然だろう。
非公式とはいっても彼女はそのセントポーリア国王陛下の血を引いているのだ。
恐らく彼女は、セントポーリアのクソ王子と並んで、国王陛下の魔法に耐性はあるはずだろう。
いや……、昨日の模擬戦を見ていた限りでは、クソ王子以上だと断言できる。
逆に、それは国王陛下にも、同じことは言えるのだが。
「護る人間の後ろに護衛がいてどうするんだよ?」
「今だけ護っていることを忘れるとか」
「ふざけんな! お前を護るためにいるオレが、それを忘れられるわけないだろ?」
「だけど、今のままじゃ、共闘にならないじゃないか!」
オレだって彼女が言っている意味が分からないわけではない。
確かに効率を求めれば、そっちの方が良いだろう。
だが、それは……、オレの神経をすり減らしてでも必要なことだとは思えなかった。
「そんなこと言われても、オレは、お前の盾になるつもりはあっても、お前を盾にするつもりはない」
「でも、攻撃手段は九十九しかなくて、さらにわたしを護って……って、九十九が一人でいろいろやるのは無理があるのは分かっているでしょう?」
「だけど……」
ただの模擬戦で、そこまでやる理由は分からない。
オレは治癒魔法を使えるけれど、だからって、彼女が目の前で傷ついて良い理由にはならないはずだ。
オレも退く気がないことは分かったのだろう。
高田はふっと表情を緩め……、息を吐いた。
「今は良くしてくださっているけど、あの王さま二人がもし、敵に回っても同じことが言える?」
「は?」
あの二人……、セントポーリア国王陛下と情報国家の国王が敵に?
どこか胡散臭い情報国家の国王はともかく、昔から、あれほど彼女を気にかけているセントポーリア国王陛下がそうなるはずはない。
一体、何、言ってんだ?
そんなオレの考えに反して、高田はこんなことを言いだした。
「情報国家の国王は、わたしを息子の妻にと望んでくださっているし、セントポーリアの王子は、わたしを妃にしようとしている」
その言葉で、背筋が凍った気がする。
だが、彼女はさらに言葉を紡いでいく。
オレの温い考えに、頭を冷やすための氷を次々と追加していくように。
「それって少しでも王たちの気が変わったら、強引な手法に出ることもあるってことだよね?」
高田は認められていないが、確実に王族の血を引いていることは、セントポーリア国王陛下も、情報国家の王も気付いている。
そうなると……、その血は財産だ。
当人の意思だけの問題ではなくなる。
「それとも……、国王たちが望めば……、九十九は黙ってわたしを差し出ちゃうの?」
「馬鹿を言うな」
それはありえない。
「例え、王からの命令であっても、お前が望まない限り、オレは絶対に渡さない」
彼女自身の望みではない限り、誰にも……、渡すものか。
「それでは、セントポーリア国王陛下にも負けないでくれる? わたしの護衛」
彼女はいつものように微笑む。
オレの勝利を信じて。
昔から、こいつはそうなんだ。
やってみなければ気が済まない。
「かなりの無茶言ってるって自覚はあるか?」
「うん、分かっているよ」
セントポーリア国王陛下の魔法を昨日から何度も食らっているのだ。
実力の違いも分からないようなヤツじゃない。
「だけど、あの人たちの前で、無様に負けたくないじゃないか」
でも、それ以上に負けることが嫌いな女。
そうまで言い切られては、オレも頑張るしかない。
彼女の望みは、できるだけ叶えてやりたいのだから。
「そうなると……、できるだけ手段を考えるか」
兄貴に連絡をとって知恵を出してもらうかと、一瞬考えたのだが、それでは意味がない気がした。
オレは、いつまでも、兄貴に頼り続けるわけにもいかない。
「お前をできるだけ盾にしない方法も、あるかもしれないからな」
そこだけは、オレも譲りたくない。
護る自信がある時は、囮として使うことはあっても、基本的には、彼女が表に出ることが反対なのだから。
「だけど……、攻撃できない以上、受け止めるしかないよ?」
確かに彼女は攻撃ができない。
そして、補助魔法を使うような後方支援型でもないのだ。
「一人だと楽なんだけどな~」
思わず、そう口にしてしまう。
それならば、自分のことだけ考えれば良い。後ろも前も気遣わなくて済むのだ。
だけど……それではいつまでも変われない。
成長できないままだ。
「ただ、いつかはそれも限界はあると思っていた。今回は、ちょうどいい機会だとも思う」
高田を背中に置いて護ることは今後も増えるだろう。
彼女が成長するにつれて、その存在を隠しきれなくなってきていることは間違いないのだ。
だけど……。
「相方がお前じゃなければ……もっと……」
気が楽だったことだろう。
模擬戦でも、本気で護る必要なんかないから。
「悪かったね」
だけど、彼女は頬を膨らます。
「足手まといとかお荷物とかではないぞ。今回はどう見ても、オレが足を引っ張ってるからな。ただ……、気持ちの問題だ」
他の人間なら……、逆に迷わずに済むのだ。
「……そっかあ」
高田は眉を八の字にして、分かったような分からないような微妙は返事をした。
ふと、どこからか歌が聞こえだした。
「お?」
この国の時報の役目をする聖歌だ。
ぼんやり聞き流していると、そこに小さな声が重なっていた。
無意識に、高田が歌っているらしい。
「これは?」
歌を止めてしまうと分かっていても、聞かずにはいられなかった。
聖歌は神官たちが「神に祈る歌」だ。
これ以上、彼女には神に近付いて欲しくない。
「『我らに大いなる喜びを』」
歌を邪魔されたことなど気にもせず、彼女は歌のタイトルを答えた。
「人間界で言う『七つの大罪』を謳ったような聖歌だよ」
何やら、物騒な言葉が聞こえた気がする。
時々、高田は変な知識があるよな。
それって、確かキリスト教の言葉じゃないか?
だが、聖歌と言うなら何かの現象を起こす可能性もある。「この魂に導きを」……のような奇跡を。
「効果は?」
「効果? さあ?」
高田は首を捻った。
「分からないのか」
大神官から「聖女の卵」として、多少、知識を入れられていたと思うのだが……。
「もともと、聖歌は神への祈りを込めて真剣に歌ってみないと分からないものらしいよ。それに大神官さまの支援がないと流石に神さまの召喚は無理」
真剣に……か。
確かに軽く口ずさんだ程度では効果が出ないから、先ほど、彼女も歌ったのだろう。
「そもそも……、魔法の勝負だしね」
そんな呟きで、オレは、彼女が「聖歌」を使うつもりがあったことに気付く。
確かに意表は突けるだろうけど……、その発想はなかった。
「魔法を考え始めると、哲学に行きつく……」
「あ~、気持ちは分かるけどな」
もともと、学ぶ必要がある以上、学問の一種ではある気がする。
ただ、学び方が違うだけだ。
「うぬぅ……。魔法とは一体……」
そんな根本的なことまで口にしたので……。
「想いを形にしたものだな」
何も考えずにオレは口にした。
「想いを……形に……?」
高田はきょとんとした表情のまま、言葉を繰り返す。
「風を出したいって言うのも想いだし、傷を癒したいっていうのも想いだろう?」
あまりにも人によってその形が違うから忘れがちだが、「想像」を働かせて、「創造」するのが、魔法である。
そこに「体内魔気」と呼ばれる自分の魔力と、「大気魔気」と呼ばれる自然現象が絡み合うことで、そこに見えなかったものを形作るのだ。
「つまり、希望、願望……か」
「だから、想いが強い人間は魔法も強いんだよ」
「わたしは想いが足りないってことか……」
「思い込みは強いんだけどな」
「褒められている気がしない」
そこで再び、高田は唸り出す。
まあ、考えて分かることではない。
その感覚を掴むしかないのだ。
だから……、魔界人は子供のうちに魔法を得ることができる。
「なんとなく……、絵を描くことに似ている気はするのだけど……」
「絵か~。お前らしい」
どれだけ、絵を描くことが好きなんだろうな。
そう言えば、最近、慌ただしくて、描いてないはずだ。
また落ち着いたら……、道具を渡しておくか。
暫く、オレはいなくなるから、ちょうど良いかもしれない。
彼女は、絵を描いていれば満足なのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました




