作戦会議
お昼ご飯を食べた後に再戦をさせてもらうことになった。
そんなわけで、わたしと、先ほど意識を取り戻した九十九は、昼食を食べながら作戦を立てることにした。
しかし……。
「お前を前に出すのは反対だ」
九十九はきっぱりと言い切った。
「でも、九十九よりはわたしの方が、セントポーリア国王陛下の魔法の耐性はあるよ」
それは、昨日、散々食らったせいかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。
だが、正面から当たった時、九十九は吹っ飛ばされたが、わたしはずらされる程度でなんとか踏みとどまれた。
それだけ違うのだから、わたしが受け止めた方が良いと思うのだけど、彼は納得してくれない。
「護る人間の後ろに護衛がいてどうするんだよ!?」
「今だけ護っていることを忘れるとか!!」
「ふざけんな!」
こんな調子で、話がまとまる様子がなかった。
「お前を護るためにいるオレが、それを忘れられるわけないだろ?」
「だけど、今のままじゃ、共闘にならないじゃないか!」
それでは、いつもと何も変わらない。
それに、わたしが護られるだけの存在なら、ただのお荷物でしかないのだ。
「そんなこと言われても、オレは、お前の盾になるつもりはあっても、お前を盾にするつもりはない」
「でも、攻撃手段は九十九しかなくて、さらにわたしを護って……って、九十九が一人でいろいろやるのは無理があるのは分かっているでしょう?」
どう考えても無茶が過ぎる。
RPGで言う戦士も僧侶も魔法使いも……なんて、一体、一人で何役やるつもりなんだろうか?
「だけど……」
九十九だって分かっていると思う。
ただ納得できないだけなのだろう。
それに、これは模擬戦だ。
失敗しても死んだり大怪我したりするわけでもない。
だけど……、それでは駄目なのだ。
「今は良くしてくださっているけど、あの王さま二人がもし、敵に回っても同じことが言える?」
「は?」
わたしの言葉に九十九が目を丸くする。
「情報国家の国王は、わたしを息子の妻にと望んでくださっているし、セントポーリアの王子は、わたしを妃にしようとしている。それって少しでも王たちの気が変わったら、強引な手法に出ることもあるってことだよね?」
わたしに公式的な身分はない。
でも、もし高い身分にあったとしても、それぞれの国の最高位からの直接的な命令ならば逆らえるはずはないだろう。
勿論、あの人たちにそんな気はない。
だけど……、あまり考えたくないけど、周りがそれを強く望んだら?
一人の人間ではなく、国王として、動くしかない時だってあるかもしれないのだ。
「それとも……、国王たちが望めば……、九十九は黙ってわたしを差し出ちゃうの?」
それはそれで仕方がないことだけど……、ちょっと嫌だな。
「馬鹿を言うな」
九十九は迷いなく、力強く言い切った。
「例え、王からの命令であっても、お前が望まない限り、オレは絶対に渡さない」
わたしはズルいだろうか……?
彼がこんな性格だと知っている。
そこにそれ以上の意味はないってことも含めて、それでも、彼はこう言ってくれると信じていた。
それでも、そう言わせたかったなんて……。
そう言って欲しかったなんて……。
「それでは、セントポーリア国王陛下にも負けないでくれる? わたしの護衛」
わたしは気付かれないように笑って見せる。
「かなりの無茶言ってるって自覚はあるか?」
「うん、分かっているよ。だけど……」
わたしを動かすのは……。
「あの人たちの前で、無様に負けたくないじゃないか」
先ほどのは本当に情けないほどあっさりだったから。
「そうなると……、できるだけ手段を考えるか。お前をできるだけ盾にしない方法も、あるかもしれないからな」
それでも……、やはりわたしを正面には立たせたくないらしい。
「だけど……、攻撃できない以上、受け止めるしかないよ?」
「一人だと楽なんだけどな~」
今まで一人で戦ってきた少年に、いきなり協力プレイを求めるのはやはり難しいのだろうか?
「ただ、いつかはそれも限界はあると思っていた。今回は、ちょうどいい機会だとも思う」
ぶっきらぼうに、そして、わたしと目を合わせずに彼はそう言った。
「相方がお前じゃなければ……もっと……」
「悪かったね」
「足手まといとかお荷物とかではないぞ。今回はどう見ても、オレが足を引っ張ってるからな。ただ……、気持ちの問題だ」
「……そっかあ」
護衛だから、いろいろと複雑なのだろう。
その辺りの彼の気持ちは、わたしには分からない。
少しでも、勝率を上げられるなら……、わたしを積極的に盾にした方が良いとすら思っているぐらいだ。
「お?」
正午になったのか……、聖歌が聞こえ始めた。
耳慣れているせいか、なんとなく口ずさんでしまう。
「これは?」
九十九が尋ねる。
「『我らに大いなる喜びを』。人間界で言う『七つの大罪』を謳ったような聖歌だよ」
人間は罪を背負う生き物だから、心を強く持ってね! って感じの歌だ。
「……効果は?」
「効果? さあ?」
「分からないのか」
「もともと、聖歌は神への祈りを込めて真剣に歌ってみないと分からないものらしいよ。それに大神官さまの支援がないと流石に神さまの召喚は無理」
多分、九十九が考えたのは、カルセオラリア城で一度、わたしも考えたことと同じなのだろう。
修業が足りてないわたしでも、聖歌や神舞を通して本気で神さまに祈りを捧げれば、何かしらの事象は起きる可能性はある。
但し、使うまで効果は分からないことに変わりはないのだ。
「そもそも……、魔法の勝負だしね」
二人して腕を組んで考える。
魔法……、魔法……?
そもそも、魔法とはなんぞや?
「魔法を考え始めると、哲学に行きつく……」
「あ~、気持ちは分かるけどな」
「うぬぅ……。魔法とは一体……」
「想いを形にしたものだな」
「想いを……形に……?」
「風を出したいって言うのも想いだし、傷を癒したいっていうのも想いだろう?」
「つまり、希望、願望……か」
「だから、想いが強い人間は魔法も強いんだよ」
それは分からなくもないけれど……、何かが邪魔をしている感じがする。
なんとなく、それだけじゃないような……、そんな感じがするのだ。
「わたしは想いが足りないってことか……」
「思い込みは強いんだけどな」
「褒められている気がしない」
そこで再び、唸る。
「なんとなく……、絵を描くことに似ている気はするのだけど……」
何もない真っ新な白い紙に何かを思うがままに描き散らすような感覚。
だけど……、わたしはそれが苦手だった。
見本もなく、想像だけで物を描く。
確かにそれは、描けなくはないのだけれど、どうしても違和感が付きまとう。
見本やモデルがないと、どこか偽物の感覚がしてしまうのだ。
なんとなく自分の絵に心を籠めきれない……というか。
漠然としたイメージだけで、完全に何もないところから作り上げられる芸術家にはなれないと思う。
「絵か~。お前らしい」
九十九がフッと笑った。
「でも、そこまでズレてはないんだろうな。水尾さんだって、人間界の絵から、火の鳥とか生み出したわけだし。まあ、ハッタリ……、見た目だけになることもあるみたいだけど……」
「……そうなの?」
「そうらしいぞ。特に空想上のものを作ろうとすると、熱くない炎とかになることもあるって言ってた」
「…………そうなのか」
魔法国家の王女でも、完全に作り上げることは無理ってことか。
「えっと……」
イメージしてみる。
火……、燃えるような……火……。
「お、おい?」
『火魔法』
だけど、やっぱり、いつものように火は出なかった。
「そううまく行くわけないか」
「それが簡単にできていれば、今まで水尾さんが苦労してないだろう?」
「そうだね」
確かに、この時、わたしの手から魔法は出なかった。
だけど……、この話で少しだけ、わたしが何かを掴んだことは間違いなかったのである。
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