周囲は目を丸くする
「想像以上だな」
情報国家の国王が呟く。
目の前の攻防……、それは、情報国家の国王にとって、全てが予想を超えていたのだ。
思ったより、剣術国家の国王の魔法の威力が高かった。
この点においては、流石、純血主義のセントポーリアの頂点といったところか。
風属性の魔力に雑多な混じりがほとんどないのだ。
何より、目の前にいる友人は、昔から研鑽を趣味とするような変人だ。
魔法についても、たった一人で研究を積み重ねていたのだろう。
本来なら国を継ぐはずだった兄を支えるために。
だが、それ以上に驚異的なのは……、まだ20歳にも満たない黒髪の少女だった。
あれだけの魔法を自身に向けられても、恐ろしいまでに動揺がない。
それどころか、まだまともに食らってもいないのだ。
本来、自分より確実に格が違う相手に対して、身体も精神も委縮し、全力を出せないことなど多々ある。
だが、彼女にはそれが一切なかった。
しかし……、その少女は最初に魔法を連発したきり、反撃はほとんどしていない。
そこに、情報国家の国王は疑問を持つ。
「ツクモ……、もしかして……、シオリ嬢の魔法はもうないのか?」
「ないですよ。ああ、後は広範囲の人間を癒す魔法がありますね」
彼女の母親を護りながら、黒髪の少年は、あっさりと口にする。
「なるほど、確かに魔法が使えないと言った理由は分かった気がする」
使える魔法の威力に反して、使える種類が少なすぎる。
「それでも……、ツクモは止めないのだな」
剣術国家の国王に通用する魔法を持たない時点で、あの少女に勝ち目などない。
魔法力と体力が尽きれば、後は、一方的に魔法を食らうだけとなる。
勿論、情報国家の国王も剣術国家の国王も、あのような年代の少女を一方的に嬲るような趣味は持ち合わせていないのだが……。
「止めませんよ。続けることをあの主が望んでいるので」
「は?」
「今、邪魔をしたら、た……、いえ、シオリ様は間違いなく激怒します」
「そうね~、あの娘は怒るわね~」
あの黒髪の少女をよく知る二人は、そう言った。
但し、黒髪の少年は真摯な顔を少女に向けたまま、母親は、微笑ましそうな表情で二人を見つめたままと言う違いはあるのだが。
「邪魔をすると怒るかもしれないけど、自信はなくなっちゃうかもしれないわね~」
少女の母は頬に手を当てて今更なことを言う。
「もともと自信を付けさせるつもりではなかったからな」
情報国家の王も、まさか、あの少女があそこまで魔法耐性が高いとも思っていなかったし、その上、剣術国家の国王があれほどの魔法を、あんな少女一人に向けて使うことも考えていなかった。
しかも……、あの少女は、彼にとって実の娘である可能性が高いと言うのに。
「そうなると、目的は感応症狙い?」
「説明しがいのないヤツだな」
情報国家の国王は溜息を吐く。
「だが、チトセの言う通りだ。他者の魔力に触れることで、自身の魔力も反応して、その影響で強くなる。同属性の……、それも中心国の国王の魔力に感化される機会などそう多くはないだろう?」
「だからってわざわざ呼び出すなんて……。貴方でも良かったんじゃないの? 光属性大陸中心国の最高位の国王陛下?」
どこか呆れたように言う女性。
「俺の魔法でも少しは反応があったとは思うが、やらなくて正解だったよ。シオリ嬢があそこまで魔法が使えないとは思っていなかったからな」
彼女から「魔法がほとんど使えない」と相談された時、情報国家の国王は自分がやってみようかと思ったのは確かだった。
少女に借りを作るのは……、その母親に、積み重なった恩を返すことになる。
だが……、それ以上に別の目的を思いついてしまったのだ。
「慣れないうちは多彩より、特化を目指す方が伸びるし、何より指導もしやすい。ハルグブンに教える才はないだろうけどな。アイツは不器用すぎる」
そんな情報国家の国王の言葉に、少女の母はクスリと笑った。
心当たりがあるらしい。
「でも、今回の一番の目的は、少し、繋ぎを作った方が良い気がした。それだけのことだ」
「繋ぎ?」
黒髪の女性は、その長い髪を揺らして、尋ねる。
「ハルグブンの人となりを知っておくことは、あの可愛らしい娘にとって大事なことで、シオリ嬢の性質を知っておくことは、あの堅物には重要ってことだ」
その言葉に、黒髪の少年の瞳が一瞬だけ揺れる。
「本来は、母親であるお前の役目だが、表立ってできないなら、別の人間が仲立ちするしかないだろう?」
「自分の息子の教育もできてない人に言われるなんて、複雑だわ。でも……、ありがとう」
黒髪の少年は、なんとなく居心地の悪さを感じていた。
主人である少女の状態も勿論気になるのだが、先ほどから交わされている二人の会話にも重要なものが見え隠れしている。
兄には心を読めるリヒトから伝わっているかもしれないが、それでも、自分の耳でも聞いておきたい。
「それにしても、女の子相手に容赦ないな、ハルグブン。もうちょっと手加減しろよ」
「この娘には、全力を見せねば意味がない!」
取り繕いもせずに剣術国家の国王が叫ぶ。
「は!? 全力だと!?」
「少なくとも自分は」
情報国家の王が驚愕の声を上げたのは無理もない話だった。
長い間争いもなく平和ボケしているとはいえ、中心国の国王の全力の魔法をその身に受けて、倒れずにいられるのは同じ中心国の王族ぐらいのものだ。
それこそが、あの少女の出自を物語っている気もするが、それでも、彼女の身体の半分は、魔界人より魔法に弱い地球人と呼ばれる人間の血が流れている。
涼しい顔をしながら魔法を放っているが、先ほどの声から分かるように剣術国家の国王に余裕があるわけでもない。
ただ平常心で魔法を放つことに慣れているだけだった。
彼も始めから全力を尽くしていたわけではない。
だが、手加減をするには、彼女が巧すぎたのだ。
魔法のいなし方が。
攻撃ではなく、完全なる防御型なのは、割と始めの段階で理解した。
中心国の国王の魔法の軌道すら逸らすような人間はこの世界でもそう多くはないだろう。
まるで魔法国家の人間だ。
そして、当てることが当然の人間が、当てることすらできなければそれなりにムキになってしまうのは不思議ではない。
国の頂点に立つ王の魔法が当たらないなど、ある意味、恥でもある。
そうして、魔力を強め、魔法の威力を上げていった結果だが……、それでも掠めることはあっても、まともには当たらなかった。
「これは……、想像以上だ」
冒頭とほとんど変わらない台詞。
だが……、その意味合いは大きく異なる。
情報国家の国王は、改めて、黒髪の少女を見る。
すぐ近くにいる創造神より魅入られた女性。
その血を引き、さらに「聖女」の魂を携えて生まれた娘。
黒髪、黒い瞳。
その顔立ちは確かに悪くないが、彼女以上に整った容姿を持つ人間などこの世界には溢れている。
だが、それらを見慣れている情報国家の国王の瞳をしても、強く引き付けるその姿。
改めて、その少女を手に入れたいと思ってしまうのは、一国の王としては自然な感情だろう。
「それだけ……、危険な目に遭ってきたということかしら?」
黒髪の女性は苦しそうに自身の唇をきゅっと噛みしめた。
「危機回避が巧いと言うのなら、そう言うことだな」
母親として、自分の娘が危難に遭うことなど喜べるもない。
例え、その果てに人が羨むほどの素晴らしい力を手に入れていたとしても。
しかし、現実は違った。
黒髪の護衛少年は、それをこの場にいる誰よりも正しく知っている。
確かにあの少女は何度も危難に遭ってはいた。
崖から突き落とされるし、目の前で飛び降り自殺をされたこともある。
他にも挙げればキリがないほどだ。
だが……、意外にも彼女自身が魔法で攻撃されることは少なかった。
精々、迷いの森で、ミラージュから襲撃を受けたぐらいか。
まあ、つまり……、彼女に対して一番、魔法を放っているのは友人である魔法国家の第三王女なのだ。
彼女は多様な魔法を操り、その知識も豊富だった。
そして、常に鍛錬を欠かさないために、魔法国家アリッサムが消滅した直後よりも、確実に力を付けてしまっている。
そんな人物が少女に向かって日常的に魔法を放っていたのだ。
感応症が働かなくても、死にたくなければ嫌でも成長するしかない。
その相手は、多少、怪我をさせることぐらい平気なのだから。
黒髪の少年は、思わず、溜息を吐きかけて留まった。
情報国家の国王の前で、下手な反応はできない。
目の前ではまだ奮闘している少女の姿がある。
彼女も手を抜けない性質の人間だ。
わざと魔法を食らって終了……など考えてもいないだろう。
だから、まだまだ長くなりそうだ……と思った。
次で、いよいよ800話です。
ここまでお読みいただきありがとうございました




