少年は驚愕する
「よろしくお願いいたします」
高田が軽く一礼をする。
「こちらこそ、よろしく頼む」
そう答えながらセントポーリア国王陛下も答える。
昨日に引き続き、オレたちは今日も大聖堂の地下にいた。
そして、暫く経った後に、情報国家の国王が千歳さんとセントポーリア国王陛下を連れて姿を現したのだった。
「暇なの? 情報国家の国王陛下」
千歳さんは、高田のようなことを言う。
「いや、これは見に来るだろう。一見とは言わず、かなりの価値がある」
情報国家の国王は苦笑しながらもそれに応えた。
似たもの親子と思っているのかもしれない。
「では、改めて」
セントポーリア国王陛下が構える。
昨日も見たけれど、今も信じられない。
普通は国王の魔法など見る機会はないはずなのだ。
それなのに……、二日続けてみることができるなんて……これまでに考えもしなかった。
情報国家の国王が、すぐ近くで始まりの合図をする。
そして……、すぐに始まるかと思えば……。
「「……?」」
二人とも止まったままだった。
そして、お互いに疑問符が浮かんだこともよく分かった。
同じように首を傾げたからだ。
「ああ、同じ型か。シオリ嬢も相手から先に攻撃させてそれを返すのだな」
情報国家の国王がそんなことを言ったが、高田に「後の先」のような高等技術などない。
彼女にはほとんど攻撃手段がないのだ。
先に攻撃してしまえば、使える手段も限られてしまう。
「先に攻撃してしまうと、不敬になりません?」
だが、高田は情報国家の国王に向かって、どこか呑気な問いかけをする。
「大丈夫だ。これはただの模擬戦だから。知る人間も限られている。なあ、ハルグブン」
情報国家の国王はニヤリと笑う。
彼の目的は、互いの魔法を見ることだ。それに対していちいち「不敬」などとは言わないだろう。
「この状況でそれを考えるとは……。王族の攻撃をかわす自信がなければ無理だな」
セントポーリア国王陛下はそう言う解釈をした。
確かに、取りようによってはかなりの自信だと思われてもおかしくはない。
だが、高田はそんなに自信を持っている人間ではない。
今も、いろいろ考えているだろう。
水尾さんとの模擬戦のように。
どうせ、できることなど限られている。
それならば……。
「ごちゃごちゃ考えるな! 行け!」
オレに言えることなど、それぐらいだ。
「では、ご無礼ながら、先手を打たせていただきます!」
高田は気合を入れ直した顔を、セントポーリア国王陛下に向けた。
そして……。
『風魔法!』
彼女唯一の攻撃魔法を放った。
見慣れた竜巻が、真っすぐセントポーリア国王陛下に向かって、進んでいく。
陛下はギリギリまで、それを確認し、受け止めようともせずに右方向に躱した。
『風魔法!』
さらに高田は、そのまま、左手で竜巻を維持した状態で、右手から、大砲のような竜巻を放出する。
「「なっ!?」」
セントポーリア国王陛下と情報国家の国王が同時に驚愕の声を出す。
なるほど、二つ同時の魔法はやはり、一般的ではないらしい。
オレたちは見慣れてしまったけどな。
いや、同じ詠唱で別の魔法に見えるところに驚いたのか?
どちらにしても、魔法国家の常識は、情報国家の目で見ても非常識なのかもしれない。
セントポーリア国王陛下がさらに回避行動をとったので、高田は、左手で維持していた魔法をかき消し、右手の魔法に集中するようにしたらしい。
左手を添えて……。
「曲がれ!!」
そう魔法に指示をした。
実際に口で指示する必要はないが、その方がイメージしやすかったのだろう。
まるでしなやかな鞭のような動きで、高田の出した竜巻が、回避したセントポーリア国王陛下の背を狙う。
あんなのに狙われたら、最悪、背を貫かれるだろう。
だが……。
ぼふうっ!!
一瞬の破裂音の後、セントポーリア国王陛下に迫った竜巻は消えてしまった。
「あれが……、陛下の自動防御?」
見るのは初めてだった。
空気を破裂させるような護りは、高田のものに似ているようで異なる。
高田のはまだ突風に近いが……、あれは……風圧に等しい。
空気の塊同士がぶつかり合った衝撃で、魔法をかき消すような形だった。
「……あれは、防護膜だけでは対処しきれないと判断したか」
情報国家の国王も呟く。
その言葉は……、高田の魔法の威力を表していた。
あれは、陛下の防護膜を貫く可能性がある魔法だった……?
しかも……、あいつが使ったのは基本魔法だぞ?
「凄い……」
オレの気持ちを代弁するかのような高田の呟きが聞こえた気がした。
なんだろう?
彼女が珍しく、魔法を使うと言うことに対して、楽しんでいる気がするのは……。
「必殺!」
高田は両拳を握り締めて、胸を張る。
「あの構えは!?」
まさか……、この場で使う気か!?
「魔気の護り、乱れ撃ち~!!」
ギャグのような言葉を吐きながら、暴力的な空気砲を連発する。
もう……、これ、魔法で良いんじゃねえかな? 水尾さん。
「……見慣れない魔法だな」
「本人曰く、魔気の護りを対象にぶつける力技らしいですよ」
「魔気の護りと言ったが……、アレは自分の意思でぶつけられるものなのか?」
「それは、自分が常に抱いている疑問です」
どうやら、高田が使っているのは、情報国家の国王も呆然とする技らしい。
「『魔気の護り』って、結局、体内にある魔力『体内魔気』を利用したものでしょう? 純粋に魔力をぶつけているってことじゃないの?」
千歳さんは楽しそうに情報国家の国王にそう言う。
「一瞬、納得しかけたが……、それはちょっとおかしい。それを自分の意思で行うことは本来、できないのだ。だが、生命力を還元する魔法とも違うようだし……。そもそも、魔力を形作らずに外に出すと言うのは……」
「それ以外で可能性があるのは……、無詠唱の古代魔法かしら?」
千歳さんの言葉で、情報国家の国王が動きを止めた。
これまでの情報を整理しているようだ。
まるで、兄貴のようなことをすると思った。
「チトセ、シオリ嬢は……、古代魔法が使えたのか?」
「記憶と魔力を封印する前にいくつか契約させたものがあるわ。でも、それを使えたかどうかは分からない。シオリは……、魔法が嫌いだったから」
「魔法が嫌い……、だと?」
情報国家の国王は眉を顰めた。
「それに、契約したのはシオリだけじゃなく、傍にいてくれた九十九くんとそのお兄さんも一緒よ」
「え? 私や兄も……ですか?」
「ええ、勿論」
意識していないうちに……、オレも古代魔法を契約していたらしい。
オレが使う魔法の中で、どれがそれに該当するかは分からないが……、一つだけ、心当たりがあった。
魔法が効かないカルセオラリア城内で本来、効果が出ないはずの魔法。
それが……、オレには使えたのだから。
「無駄が多いな」
セントポーリア国王陛下はそう言った。
いや、もっと言ってやってください。
オレたちも散々、言ってきたことですから。
だが、高田は気にした様子もなく、右手を上に翳し……。
「風嵐魔法!」
彼女の口から初めて聞く言葉を発した。
それはまるで……、いつもの「風属性盾魔法」を、攻撃に転じたような魔法。
そして……、昨日、陛下が見せた魔法によく似ていた。
「無駄だ」
セントポーリア国王陛下は竜巻に包まれたが、それは一瞬にしてかき消される。
「シオリ嬢、ハルグブンに風系の魔法はほとんど効かないぞ~」
情報国家の国王はそんなことを言うが、それは……、風属性魔法以外、使うことができない高田にとっては、敗北通告に等しい。
当人もそれは分かっていると思う。
だけど……、高田の瞳から光は消えていなかった。
「そろそろ……、こちらも何か見せるか」
そう言って、セントポーリア国王陛下が魔法を撃つ構えをする。
「うぬぅ」
瞳に強く光を宿したまま、高田はセントポーリア国王陛下に向き直った。
ああ、そうか。
簡単に諦めるような女なら……。
『突風魔法』
強い突風が高田を襲う。
その場に踏みとどまろうとした高田が、何故か、顔色を変えた。
さらに……。
『爆風魔法』
セントポーリア国王陛下は追い打ちをかける。
激しい空気の爆発が耳に届くが……、音の割に威力は感じない。
魔法の詠唱もなく、いつもは抑え込んでいる「魔気の護り」を解放するだけで、高田はセントポーリア国王陛下の魔法を防ぎ切ったのだった。
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