少女は観察する
「よろしくお願いいたします」
わたしは、軽く礼をした。
「こちらこそ、よろしく頼む」
そう言いながら笑う金髪の王さま。
この方は、情報国家の国王陛下ほどすっごく好みの顔と言うわけではないのだけど、嫌いな顔ではない。
そして、魔界人の王族らしく整った顔だとは思う。
それに……、何より落ち着く気がした。
でも……、前にも思ったけど、あまり王子殿下とは似ていない気はする。
あの王子殿下は母親似なのだろう。
王子殿下の母親……まだ会ったこともないセントポーリア王の正妃殿下。
「暇なの? 情報国家の国王陛下」
「いや、これは見に来るだろう。一見とは言わず、かなりの価値がある」
苦笑しながらも情報国家の国王陛下は母と会話を続けている。
九十九は、今日も母の傍だ。
まあ、母の魔法耐性が高くないらしいからこれは仕方がない。
今回の話は、雄也先輩と恭哉兄ちゃんぐらいにしか話していなかった。
水尾先輩に話してしまったら、立場も忘れてこの場に現れかねないし、ワカに話せば、セントポーリアの国王陛下との関係を突っ込まれかねない。
まあ、雄也先輩には心が読めるリヒトが付いているから、その経緯も含めて知っていたみたいだけど。
「では、改めて」
セントポーリア国王陛下が構える。
水尾先輩とはかなり違う構え。
昨日も思ったけど、左利きなのかな?
左手で魔法を撃つような立ち姿。
いや、待て、セントポーリアの異名は「剣術国家」だ。
もしかしたら……、本来は剣を使う形が主流なのかもしれない。
九十九も、前に言っていたことがある。
彼は、「剣を使う時は魔法を左で使うことになるから、左右のどちらでも使えるようには練習した」と。
そこまで、考えて、相手の得意な形を封印してくれるならハンデとしてちょうど良いと思った。
どんな魔法を使うのか分からない。
できれば、昨日のように風属性系が見たいな。
水尾先輩は大砲ぶっ放し……、いや、大砲連発型だった。
それに、基本的に無詠唱に近い彼女は、次弾の装填が早すぎるのだ。
情報国家の国王陛下が離れた場所から始まりの合図を言ってくれた。
「「……?」」
だけど、仕掛けてくる気配がない。
そして、お互いに疑問符が浮かんだことはよく分かった。
「ああ、同じ型か。シオリ嬢も相手から先に攻撃させてそれを返すのだな」
情報国家の国王陛下がそんなことを言っている。
ああ、なるほど。
そう受け止められたのか。
単純にわたしには攻撃手段がほとんどないから下手に動けないだけなのだけど。
何よりも……。
「先に攻撃してしまうと、不敬になりません?」
わたしがそう言うと、情報国家の国王陛下は苦笑する。
「大丈夫だ。これはただの模擬戦だから。知る人間も限られている。なあ、ハルグブン」
「この状況でそれを考えるとは……。王族の攻撃をかわす自信がなければ無理だな」
情報国家の国王陛下とセントポーリア国王陛下はそんな反応した。
わたしができるのは、基本的な「風魔法」と、竜巻に包まれる「風属性盾魔法」、後は……、治癒なのに、何故か対象を吹っ飛ばすことが多い「|風属性治癒魔法」ぐらいだ。
この中で攻撃に向いているのは「風魔法」だけ。
これなら、少し形状も変えられるようになったから、少しはマシだと思う。
そして……、魔法ではない「魔気の護り」乱れ撃ちは、他の人間にはともかく、この王さま相手には全く効く気がしない。
これだけ濃密な風の気配だ。
簡単に対処されてしまう気がした。
いや、意表を突くには最適だともちらっと思ったけど。
「ごちゃごちゃ考えるな! 行け!」
壁の方から、耳慣れた声が飛ぶ。
分かっているよ、そんなこと。
手が少ないわたしがいろいろと考えたって何かできるほど、器用じゃないからね。
「では、ご無礼ながら、先手を打たせていただきます!」
気合を入れてセントポーリア国王陛下に向き直る。
『風魔法!』
使うのは当然、わたしの唯一の攻撃手段だ。
わたしの両手から放たれた竜巻が、真っすぐ目標物に向かって、進んでいく。
セントポーリア国王陛下は、九十九のように受け止めるかと思ったら、意外にも、回避行動に出てくれた。
それなら、好都合だ。
『風魔法!』
わたしは、そのまま、左手で竜巻を維持し、さらに右の手のひらから、大砲のような竜巻を放出する。
「なっ!?」
セントポーリア国王陛下がさらなる回避行動に出るので、わたしは、左手の竜巻を捨て、右手の大砲のみ集中させ……。
「曲がれ!!」
水道に付けているホースを曲げるようなイメージで、ぐにゃりと竜巻を曲げ、回避したセントポーリア国王陛下の背を狙う。
だが……。
ぼふうっ!!
紙袋から空気が漏れるような音がして、セントポーリア国王陛下に迫った竜巻が消えてしまった。
イメージの問題じゃない。
国王陛下の自動防御であっさりとかき消されたのだ。
「凄い……」
思わず呟く。
わたしのように無駄にあちこち放出させるのではなく、一瞬だけ空気を破裂させて綺麗にかき消した。
何、これ?
こんなこと、わたしにもできるようになるの?
それに……、これって、風魔法を連発したら、どうなる?
「必殺!」
わたしは両拳を握り締めて、胸を張る。
「魔気の護り、乱れ撃ち~!!」
効かないと分かっていても、好奇心が勝ってしまった。
わたしの周囲から、セントポーリア国王陛下に向かって、空気の塊が大量に発射される。
視界の端で、九十九が額を押さえた姿が見えた気がするけど……、そんなのを気にしていたら、勿体ない。
案の定、セントポーリア国王陛下に届く前に、その全てから破裂音が響く。
魔法国家の王女である水尾先輩すら、回避したのに、的確に、見えないはずの空気の塊を打ち抜くそれは、凄く無駄がない。
「無駄が多いな」
わたしの方は確かに無駄だらけだ。
そして、そんなことは自分が一番分かっています。
それなら……、これはどうでしょう?
「風嵐魔法!」
見様見真似。
正しい詠唱だって知らない。
弱い魔法は使えなくても、風をもっと大きく激しくするだけなら、多分、今のわたしにだってできる気がする。
「無駄だ」
セントポーリア国王陛下が竜巻に包まれたが……、それは一瞬にしてかき消された。
「シオリ嬢、ハルグブンに風系の魔法はほとんど効かないぞ~」
情報国家の国王陛下から、有難くもそんな声が聞こえる。
なんとなく、そんな気はしていた。
そうなると……、風魔法しか使えないわたしには手立てがない。
「そろそろ……、こちらも何か見せるか」
そう言って、セントポーリア国王陛下が再び、構える。
「うぬぅ……」
こうなれば……、一手でも多く、魔法を撃たせる。
魔法力はわたしよりも多くても、体力は別のものだ。
魔法国家の王女だって、疲れたら、体内魔気は弱るし、集中力もなくなるからその精度も甘くなる。
魔法耐性だって、少しだけ落ちるのだ。
本当に少しだけだけどね。
問題は、相手が壮年男性。
体力はわたしより、確実にあるというところだろう。
三十代後半男性が、運動不足であることを祈るしかない。
『突風魔法』
強い風がわたしを襲う。
この魔法自体は脅威を感じない。
多分、これは足止めだ。
実際、その場に踏みとどまろうとして、床に足が張り付けられたかのように重くなった。
さらに……。
『爆風魔法』
先ほどまでと別方向……、上と左右から同時にとてつもない風圧が破裂音を伴って、わたしを吹き飛ばそうとする。
だけど……、昨日の魔法ほどではない。
魔法の詠唱もなく「魔気の護り」を解放する。
しかし、こうして改めて見ると、わたしの自動防御って、本当に無駄が多いな。
向かってくる空気の塊を消すだけに、こんなに威力はいらない。
もっと最低限で良いはずだ。
でも、意識して自動発生する防御を減らすなんてできるもの?
それってもう自動じゃないよね?
あと……、風で足止めって面白い。
その後の破裂音を伴った風は……セントポーリア国王陛下の自動防御に似ている。
ちゃんと詠唱すれば、もっと数が増やせるかもしれない。
三方向じゃ、回避は簡単すぎる。
水尾先輩のように全方向から押し込めるようにできなければ……。
気が付けば、わたしは完全に不利な魔法勝負だと言うのに、もっと攻撃魔法を見せて欲しいと思ってしまったのだった。
実は自分って、変態さんだったのかな?
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