いろいろな意味で試される
初めて見るその方の魔法は……、素直に綺麗だと思った。
水尾先輩が見本として使ってくれた「風魔法」も綺麗だったし、九十九の「風魔法」も、彼らしい気配がしてわたしは好きだ。
だけどこの魔法は、どこまでも清廉で……、できるだけギリギリまで見ていたいと思った。
わたしは「風魔法」に包まれる。
自分とは違う気配。
だけど……、少しだけ似ている気もした。
わたしの魔法も、練習次第でこの域までいけるだろうか?
そして、今のわたしの「風魔法」はまだまだ雑だったのだなと反省する。
そして、魔法の効果が切れた。
そんなことが、少しだけ残念に思える。
できれば、もっと見たかったのに……。
「へえ……」
目の前の剣術国家の国王陛下が感心したように、息を漏らした。
「もう少し、強めを試してみても良いか?」
分かりやすく嬉しそうな顔でそう言われては、断る理由はない。
「程度によりますが……、どうぞ」
またあの魔法が見られるなら喜んで、とそう付け加えたかった。
だが、それではただの変態としか受け取られないだろう。
そして、次に放たれた魔法は明らかに威力が違ったが、それでもやっぱり綺麗だと思えた。
混ざり気がない風の魔力だけで作り上げられた魔法。
それはこんなにも綺麗なのか……。
威力をここまで上げても、余計なものが入り込まないのが凄い。
この点において、この国王陛下は、水尾先輩よりも風魔法が丁寧だと思った。
「まだ上げてもいけるらしいぞ」
魔法を使い終わったセントポーリア国王陛下に、情報国家の国王から声がかかる。
うん。
もう少し強めても大丈夫だと思います。
だけど、何故それが分かったのだろう?
「そうなのか……。それなら……」
セントポーリア国王陛下は、さらに嬉しそうに笑みを強めた。
それはまるで……、水尾先輩が契約したての魔法をわたしに試す時に似ていて……、ちょっと身構える。
国王陛下が意識を集中すると……、周囲の気配が変わった。
ビリビリと痺れるような肌に伝わるこの感覚に覚えがある。
水尾先輩が、強い魔法を使おうとする時だ。
「我、大気を巡る精霊たちに告ぐ」
流石に、それを魔気の護りだけで耐えられる気はしなかった。
わたしがどれだけ魔法に耐えるのかを試されていると分かっていても、近くに治癒魔法を使える九十九がいても、やっぱり痛いのは嫌なのだ。
「我が声を聞き、我が意思に沿い、我が身体に従い、我が心を示せ」
淀みなく出てくる詠唱。
但し、これが正しいかは分からない。
分からないけど、つっかえるよりは良いよね。
「巻き起これ、我が旋風。全てを弾く不可視の盾」
この旋風がどれだけあの魔法に耐えられるかは分からないけど。
「この眼前に具現せよ!」
今のわたしにできる精いっぱいの防御だ!
そして、同時にセントポーリア国王陛下も魔法を放つ。
『風属性盾魔法』
『暴風魔法』
あれ?
「風魔法」じゃない?
わたしが自分の風に包まれる時に思ったのはそんな言葉だった。
多分、セントポーリア国王陛下は、「ウィンドストーム」って言った気がする。
つまりは、風の嵐?
似たような言葉が付くのはなんか不思議だね。
わたしは、風の魔法の中でそんなことを考える。
でも、水尾先輩の魔法ほどの脅威は感じなかった。
そして、これがお試しだと言うのなら、彼女のように容赦なく追撃されることもない。
暫くは……、のんびり弁解でも考えようか。
身を守るためであっても、うっかり魔法を使ってしまったから。
そして……、わたしの魔法は治まった。
「は~、ビックリした」
わたしとしては、そう言うしかない。
あれほど、純粋で綺麗で、強力な風属性の魔法は見たことがないから。
周囲を見渡すと、離れた場所にあったはずの家具は残らず、壁に叩きつけられていた。
後で、恭哉兄ちゃんに謝らなければいけない。
壊れていなければ良いのだけど。
ああ、魔法が効かないカルセオラリアの家具が恋しい。
「ビックリ?」
セントポーリア国王陛下は、驚いたようにそう言った。
「ビックリですよ。すっごい、風の気配がしたから……、慌ててわたしができる数少ない魔法を使うしかなくなりました」
それについて、言い訳のしようもなかった。
「防御魔法を使うのは不本意だったのか?」
「はい」
わたしは素直に返答する。
「これは……、わたしの『魔気の護り』を確認するためのものだったでしょう? あれでは……、自動防御ではなく、普通に魔法の確認になってしまいます」
それでも、わたしの魔法耐性については、ある程度分かってもらえたとは思う。
セントポーリア国王陛下が使った二回目の魔法までなら耐えられるけど、流石に三回目の魔法は無理ってことだ。
いや、威力の段階の上げ方がおかしいとは思うけど、王族の魔法ってそんなものだろうからね。
「なるほど、確かにこの娘との魔法勝負は面白そうだ」
おおう。
確かに当初の目的はそれだった。
そして……、わたしも面白そうだと思ってしまった。
先ほどの風魔法以外のものも見せてもらえるかもしれない。
そう考えるとちょっとだけ、ワクワクしてしまう。
魔法は確かに怖いし、苦手意識だってあるのだけれど……、この王さまの魔法は嫌いではないと思った。
我ながら、単純だと思う。
でも、まだ見せてもらえるなら、できるだけ多くの魔法を見せてもらいたい。
「お手数ですが、未熟者に手解きをお願いいたします」
わたしは膝をつかずに礼をする。
「未熟者? 馬鹿を言うな。そなたの魔法も魔法耐性も、我が息子ダルエスラームより明らかに上だ」
剣術国家の国王陛下はそう言って笑った。
「へ?」
そこで、わたしは気付く。
反射的に母と九十九の方を向くと、母は困ったような顔をして笑っているし、九十九は「今更、気付いたのか? 」と言いたそうな顔をしていた。
なるほど、そう言った意味でも試されていたらしい。
「それなら……、わたしの護衛たちも、ダルエスラーム王子殿下より魔法も魔法耐性も上でしょうね」
少なくとも、彼らは先ほど国王陛下が放った「ウィンドストーム」にも耐えることができると思う。
風属性の魔法に対して、耐性が高いのだから。
さらに言えば、火属性が主体の水尾先輩だって耐え切ると思うのですよ?
「違いない」
セントポーリア国王陛下は、何故か楽し気に、くっと笑った。
「ダルエスラームは、ユーヤよりも魔法の才がなかったからな」
そして、きっぱりと言い切る。
それは、王子を見捨てているわけではなく、事実を口にしているだけと分かった。
「そなたには、息子が迷惑をかけている」
「はい?」
セントポーリア国王陛下の言葉の意味が分からない。
「手配書だ。どこの国にも配られたと聞いている。肩身の狭い思いをさせていることだろう」
「いえ、全く」
寧ろ、日常では忘れているぐらいだ。
それだけわたしの生活に影響はない。
「そこにいる護衛を含め、わたしは、いろいろな方々に護られているので、何の心配もいりません」
ジギタリスでは、楓夜兄ちゃんに護られ、このストレリチアでもワカや恭哉兄ちゃんを始めとして、いろいろな人たちに護られている。
カルセオラリアでもトルクスタン王子が守ってくれた。
だけど、どこに行っても、不安を感じたことがないのは……、九十九や雄也先輩、水尾先輩にリヒトたちがいてくれるからだ。
「ですが……、手配されている理由が分かりません」
これについては、ワカも恭哉兄ちゃんも調べてくれているが、正確な理由については分からないらしい。
雄也先輩も、この手配書については、はっきりとした答えがないと言っていた。
「シオリ嬢? 本当に分からないのか?」
別の方向から声が聞こえた。
「アレは、ダルエスラーム坊からの求婚だ」
「はい!?」
「誰の目にも分かりやすく『俺の元へ来い』と言っているではないか」
そんなどこか揶揄うような口調の情報国家の国王陛下の言葉に、思わずわたしはセントポーリア国王陛下の顔を見る。
「グリス国王の言う通りだ。ダルエスラームは……、そなたとの婚姻を強く望んでいる」
その言葉で、久々に、自分の脳が現実逃避をしたがったことだけが分かった。
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