試される少女
その魔法はある意味、理想的な風魔法だった。
突風ではなく、竜巻型。
対象を包み込み、巻き上げる魔法。
オレはこれによく似た魔法を知っている。
「でも、これぐらいなら……、大丈夫か」
「大丈夫?」
千歳さんは、ぐっと両手を握り締めていた。
やはり心配なのだろう。
「高田なら耐えられます」
国王陛下は余程、手加減してくれたのだろう。
これぐらいなら……、普通の自動防御だけで済む。
いつもの反撃は出ない。
そして、魔法の効果が切れた時、やはり高田はその場を動きもせず、服も髪の毛すら乱れさせない状態で、立っていた。
「へえ……」
「ほう……」
剣術国家と情報国家の国王が同時に息を漏らす。
「もう少し、強めを試してみても良いか?」
剣術国家の国王陛下は、口元に笑みを携えてそう言った。
「程度によりますが……、どうぞ」
高田は受けて立つ。
次に放たれた魔法は…………、いつから「かなり」を「もう少し」って言うようになったのか? というような魔法だった。
オレは反射的に周囲の防御結界を強化する。
風魔法の耐性が高いオレはともかく……、その余波だけでも千歳さんが巻き込まれてしまう気がした。
「一気に強めたな、ハルグブンは……」
「やっぱり格段に上げましたよね」
それでも……、迷いの森の高田ほどではない。
いや、あの時は「シオリ」だったか?
「焦らないのだな、護衛」
「焦る必要がないですので」
確かに強いが、近くにいるオレすら揺るがない魔法なら……、高田が耐えられないものではない。
「まだ上げてもいけるらしいぞ」
魔法を使い終わった国王陛下に、情報国家の国王は余計なことを言う。
「そうなのか……。それなら……」
陛下は、さらに笑みを強める。
これまでにオレが見たこともない笑み。
それはまるで……、獲物を見つけた肉食獣を思わせるものだった。
まるで水尾さんのようだ。
国王陛下が意識を集中する。
明らかに、変わった雰囲気を察して、高田が警戒を強めた。
「セントポーリア国王陛下のあんな顔、初めて見たわ~」
どこか呑気な千歳さんの声。
「そうか? ここ二年ばかりは大人しかったが、ハルグブンはもともと、暴れるのが好きな人種だぞ。書類仕事などのストレス解消に、地下で魔法を連発するような人間だ」
情報国家の国王はそう言うが、そんな水尾さんのようなことをする国王陛下を、オレも知らない。
「ただ……、俺も同じだが、基本的に城の地下でしか全力を出せない。そして……、俺は息子が相手をしてくれるようになったが、ハルグブンの息子はヤツの魔法に耐えられないのだ」
……ん?
ちょっと待て。
それは……。
「つまり……、これからセントポーリア国王陛下が放つ魔法に、娘が耐えてしまったら……」
千歳さんも気付いたようだ。
「少なくとも魔法耐性が王族並という何よりの証明となるな」
「……嫌な確認手段をとるわね」
「いやいや、耐えられるかどうかは分からないだろ?」
千歳さんがオレに目線を向ける。
オレは周囲の風に対して、さらに防御結界を強めた。
まるで、迷いの森の高田だ。
結界を張らなければ、あの時のようによろめいていたことだろう。
「流石に……、これは彼女の『魔気の護り』では耐えられないでしょうね」
オレは正直な感想を言った。
今、国王陛下が纏う風の気配は……、明らかに高田を越えている。
ただ……、付け加えるなら……。
「『魔気の護り』だけならば」
オレの言葉と共に、高田の声が響く。
「我、大気を巡る精霊たちに告ぐ。我が声を聞き、我が意思に沿い、我が身体に従い、我が心を示せ。巻き起これ、我が旋風。全てを弾く不可視の盾。この眼前に具現せよ!」
同時に、国王陛下の魔法も放たれる。
『暴風魔法』
『風属性盾魔法』
国王陛下!?
それは普通の少女に対して使って良い魔法ではない気がします!!
風属性最高位の人間より放たれた魔法は、基本的な「風魔法」などではなかった。
「……大人気ないな」
激しい風と風のぶつかり合いに、情報国家の国王は自分の髪を押さえながら、呆れたようにそう呟いた。
「ホントに!」
オレは千歳さんの前に立ち、防御結界をさらに強くする。
耐えられなくはない。
これは……、高田が攻撃態勢ではなく、防御だからだ。
もし、攻撃型がぶつかり合っていたら?
オレは周囲を守るための防御結界ではなく、自身を強化する防御魔法に切り替えただろう。
千歳さんを護るためには、ちょっと抵抗ある方法となるが……。
そして……、互いの風が治まった。
後に残るは……、魔法を放った国王陛下と……、それに抵抗した少女の姿。
離れた場所にあったはずの家具は残らず、壁に叩きつけられていた。
壊れてはいないようだが、全てを元の位置に戻すのは大変そうだ。
「は~、ビックリした」
高田は大きく息を吐きながら、素直な感想を言う。
そうだな。
お前からすればそれぐらいの感覚だろう。
「「ビックリ?」」
剣術国家の国王陛下と、情報国家の国王が同時に同じ言葉を言った。
「ビックリですよ。すっごい、風の気配がしたから……、慌ててわたしができる数少ない魔法を使うしかなくなりました」
その判断は間違っていない。
あれを自動防御だけで乗り切ろうとすれば、流石に無理がある。
……と言うか、国王陛下は高田に魔法を使わせたかったのだろう。
自分に対して、攻撃して止めるような魔法を。
だが……、高田は、攻撃魔法よりも防御魔法を選んだ。
あの魔法は……、魔法国家の第三王女の魔法すら受け止めてしまう魔法だから。
だけど……、剣術国家の国王陛下も、情報国家の国王も知らなかった。
彼女の常識外れの魔法を。
そして、高田も知らなかった。
自分が……、王族として試されていたことを。
オレは……、止めるべきだったのかもしれない。
もし、この場にいたのが、兄貴だったなら、どう判断しただろうか?
今更言ったところで仕方のない話なのだが。
「九十九くん、私にはよく分からないのだけど……、栞は物凄いことをしでかした?」
「ええ、かなり」
剣術国家の国王陛下が使った魔法を、ごく普通の少女にしか見えない高田が耐えきってしまったのだ。
それも怪我一つないどころか、息も乱さずに。
そんなこと……、この世界でどれだけの人間ができるのだろうか?
「ツクモは……、今の魔法を耐える自信はあるか?」
「全ての魔法力を注ぎ込んで、最大級の防御魔法を使えば……、なんとか……。ですが、流石に意識は持っていかれるかもしれません」
高田のように、「風の盾魔法」程度で堪え切る自信はない。
……と言うより、毎度思うが、「盾」じゃねえ、あの魔法。
どちらかと言えば、怪我をすることを覚悟して、防御を弱め、腕をねじ切られる前に反撃する方が現実的だな。
いや、一番、現実的なのは……、誰でも考えるように魔法が完成する前に攻撃をしかける方か。
集中力を乱せば、魔法は完成しない。
水尾さんのように、別の魔法で牽制しつつ攻撃できるような人間でない限りは。
だが、情報国家の国王は、オレの答えに目を丸くした。
「お前も……耐えられると言うのか?」
「……多分」
意識を持っていかれるような状況を耐えるとは言えないと思う。
だが、オレは昔からシオリや高田の魔法によって、風属性の魔法耐性がかなり上がってしまっている。
あの魔法ぐらいで死ぬことはないだろう。
「これは……、確かにシオリ嬢が魔法を放っても、吹っ飛ばす程度で済むわけだ」
「それは、嬉しくない評価です。できれば、吹き飛びたくはないので」
オレがそう言うと、情報国家の国王はまた目を丸くして……、ふわりと笑った。
その顔は……、どこかオレや兄貴を褒める前のミヤドリードに似ている気がして……、少しだけ胸がざわついた。
だが、それは、ミヤが、この情報国家の国王の妹だったと聞いて、そう思い込んでしまっているだけかもしれない。
「防御魔法を使うのは不本意だったのか?」
「はい。これは……、わたしの『魔気の護り』を確認するためのものだったでしょう? あれでは……、自動防御ではなく、普通に魔法の確認になってしまいます」
国王陛下の質問に対して、高田は真面目な顔でそう言った。
「なるほど……、確かにこの娘との魔法勝負は面白そうだ」
そう言うセントポーリア国王陛下は、どこをどう見ても、水尾さんの同類にしか見えなかった。
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