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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 中心国会合編 ~

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知らなければ良かったのに

「ちょっと肩を貸せ」

「ふへ?」


 言っておいてあれだけど、そんな返事が来るとは思っていなかった。


 えっと……、どうすれば良いのだろう?

 いつも九十九がしてくれるように正面から受け止めるべき?


 わたしが迷っていると……。


「そのままで良いから」


 そう言って、九十九はなんと、わたしに覆いかぶさるように抱き締めてきた。


 これはいつもと違う!?

 いつもは、もっと単純で締め技に近くて、こんな包み込むような感じではない。


 肩に九十九の顔が乗っけられている感覚がある。

 自分の頬に、九十九の髪が当たっている感覚がある!


 そして、それがかなり気恥ずかしい!!


「今のうちにお前に言いたいことがある」


 わたしがあわあわとしていると、九十九はいつもと同じような口調でそんなことを言った。


 それが、わたしの頭を冷やしてくれた。


「言いたいこと?」


 なんだろう?


「もう少ししたら……、オレはお前から少し、離れる」

「離れる? お仕事……?」


 雄也先輩が動けないから、九十九が代わりに動くってことかな?


「そんな所……、いや、違う」

「違うの?」


 わたしが問いかけると、九十九はさらに両腕に力を込めた。


「期間は分からん。だけど……、オレは少し、離れないと、このままでは、確実にお前に害を与える」

「害……? どんな……?」


 九十九が……、わたしに?



「発情期だ」



 その言葉に、わたしは背筋が伸びたことが分かる。


 この世界に来て……、何度か聞いたことがある単語「発情期」。

 異性経験がない男性が女性に欲情してしまう時期。


 それが……、九十九に?


「既に兆候が出ているんだ」

「ちょ、兆候って?」

「……身体が熱いとか、そんな感じの症状」

「そ、そうなのか」


 熱くなるのか……。

 言われてみれば、いつもより九十九の身体が熱っぽく感じる。


 女性の排卵期から生理まで期間……みたいなものかな?

 わたしもその期間、ほんの少しだけ、熱っぽく感じるし。


「だから……、もう少ししたら、大神官みたいに暫く『禊』をすることになった」


 ぬ? 「禊」?


「九十九は……、好きな人がいないの?」

「こんな環境で、仮にオレが好きな奴がいたってどうにもならんだろうが」


 あれ?

 てっきり「いない」って返答がくると思っていたのだけど……。


「それに好きになったからって……、協力してくれるとは限らない」

「ま、まあね……」


 この場合、協力ってそう言うことだよね?

 思わず顔が紅くなってしまう。


「……お前が……」

「へ?」

「……もう少し自衛できれば、少しの期間ぐらい離れても大丈夫だとは思うが……、まだ、無理だろうからな」

「え? あ? うん! ごめん!!」

「お前が謝ることじゃねえよ」


 ビックリした。


 てっきり、会話の流れから「お前が協力してくれるか? 」とか言われるかと思った。


 でも、九十九はそんな人じゃなかった。

 少しだけほっとする。


「……ってことは、この体勢ってその『発情期』の影響のため?」


 異性にくっつきたくなっている……とか?


「まさか、『発情期』なら、もっと……、いや、なんでもない」


 九十九がさらに力を込める。

 ちょっと苦しくなってきた。


「もっと……何?」

「問い返すなよ」


 九十九は耳元でそう囁いた。


「うわぁっ!?」

「ど、どうした!?」


 わたしの慌てた声に、九十九はもっと焦ったような声を出す。


「い、いや、なんでもない!!」


 九十九はもともと声が良い。

 それが低音で囁くような耳を擽る甘い声。


 耐性がないのだから、思わず大声で叫びたくもなるというものだ。


 だけど……、それでも、九十九は離してくれなかった。


 これって……、やっぱり「発情期」のせいなのかな?

 人肌恋しいとか?


 いや、服を着ているのだから、人肌とは少し違うのか。


 このなんとも言えない奇妙な状況は、何故か、再び情報国家の国王陛下の気配がするまで続いたのだった。


****


 彼女からすれば、なんでもない言葉。

 だが、それはオレにとっては良い機会だった。


「ちょっと肩を貸せ」

「ふへ?」


 オレの言葉に対して、いつものように奇妙な返事をする彼女。


「そのままで良いから」


 そう言いながら、オレは彼女の背に手を回し、その小さな肩にしがみつくように顔をのせた。

 小柄な少女はすっぽりとその顔以外がオレに覆われる。


「お前に言いたいことがある」


 オレがそう言うと、落ち着かない様子だった高田が、すっと真っすぐ姿勢を正した。


「言いたいこと?」


 彼女は純粋に問いかける。


 これからオレが告げる内容は、想像もしていないことだろう。

 だからこそ、はっきりと言っておかなければいけない。


「もう少ししたら……、オレはお前から少し、離れる」

「離れる? お仕事……?」


 オレが離れるとしたら、自分の護衛以外の仕事だと思ったのだろう。


 確かに兄貴の代わりに外に出ることはあるが、それでも、日付をまたぐほどの期間の仕事はほとんどなかった。


「そんな所……」


 思わずそう誤魔化しかけて……。


「いや、違う」


 それではいけないと思った。


「違うの?」


 本当に疑いもしない少女。


 いきなり抱き締められていても……、それでもオレを疑わない。


「期間は分からん。だけど……、オレは少し、離れないと、このままでは、確実にお前に害を与える」

「害……? どんな……?」


 肩がビクリと動いた。


 彼女の動揺が伝わってくる。



「発情期だ」



 流石に意外だったのか。

 その言葉に彼女が固まったことは分かる。


 この世界に来て、何度か聞いたことがあるはずだ。

 だから、これだけで意味はしっかりと伝わったのだろう。


 一瞬だけ、逃げようとしたのか彼女の腕に力が込められた。


「既に兆候が出ているんだ」


 追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「ちょ、兆候って?」


 聞き返されて、少し迷う。


 なんと説明したものか。


「……身体が熱いとか、そんな感じの症状」

「そ、そうなのか」


 実際はそんな生温いものじゃなかった。


 とにかく、喉が渇いてたまらない。


 何よりも……、欲しくて(たま)らないのだ。


 目の前にある細くて簡単に折れそうな白い首が目に映るが、肩に額を押し付けてなんとか我慢する。


 流石にこんな露骨な雄の感情を彼女に伝える気にはなれなかった。


「だから……、もう少ししたら、大神官みたいに暫く『禊』をすることになった」


 それすらも本来は伝えたくなかった。


 軽蔑されるかもしれないから。だけど……、半端に誤魔化すような嘘を彼女に吐きたくなかった。


 そんなオレの気持ちをどう受け止めたのか……。彼女は不思議なことを聞いてきた。


「九十九は……、好きな人がいないの?」


 一瞬、真面目に考え込んでしまった。


「こんな環境で、仮にオレが好きな奴がいたってどうにもならんだろうが」


 オレは彼女から離れられないのだ。


 その時点で、気になる女がいても仕方がない。

 どうすることもできないのだから。


「それに好きになったからって……協力してくれるとは限らない」


 協力が得られるのが一番だが、それは贅沢と言うものだろう。


「ま、まあね……」


 だが、オレの言葉に少しだけ彼女が戸惑いを見せた。


「……お前が……」


 それは叶わぬ望み……。


「へ?」


 それを口にしようとした瞬間、彼女の奇妙な声で正気に返る。


「……もう少し自衛できれば、少しの期間離れても大丈夫だとは思うが……、まだ、無理だろうからな」


 オレは今、何を伝えようとした?


「え? あ? うん! ごめん!!」


 何かを察したのか。

 彼女も慌てた様子だった。


「お前が謝ることじゃねえよ」


 謝られたところで、こればかりはどうしようもないことだ。


 彼女はそれを望まないし、オレも勿論、望まない。


「……ってことは、この体勢ってその『発情期』の影響のため?」


 それでも、彼女の口から思わぬ言葉が出て、正直、焦ってしまった。


「まさか、『発情期』なら、もっと……、いや、なんでもない」


 さらに阿呆なことを口にしかけて、無理矢理誤魔化そうとする。


「もっと……何?」


 どこか甘く聞こえる声。


「問い返すなよ」


 思わず耳元でそう囁いた。


「うわぁっ!?」

「ど、どうした!?」


 うっかり噛みつきたくなったのがバレたのか?


「い、いや、なんでもない!!」


 彼女は否定するが、その耳が分かりやすく紅く染まっていた。


 そんな甘く狂おしい時間は……、情報国家の国王が再び現れるまで続くことになる。


 彼女が何をしても、何を言っても、今は妙に甘く感じてしまうのだ。


 なんて……、「発情期」とは厄介なモノなのだろうか?


 だが……、それはまだまだ易しいものだったと、オレは真の「発情期」に入った時に思い知ることとなる。

この話で43章は終わります。

次話から第44章「祭りの後の騒がしさ」に入ります。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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