知らない方が良い知識
「あ~、酷い目に遭った」
オレは肩を動かしながら、そんなことを言った。
身体のあちこちが今も軋んでいる気がする。
「今回の場合は、九十九の自業自得だと思うよ」
目の前で黒髪の少女が困ったように笑う。
「分かってるよ」
今回は、全面的にオレが悪いことぐらい。
「それでも、一度、王様ってやつの魔法を見てみたかったんだ」
「好奇心は身を滅ぼすって言葉は知っている?」
「よく知ってる」
主に目の前にいる女のせいで。
「だけど、袋詰めの居心地の悪さは今回、初めて知った」
「一生知らなくて良い心地だね」
「縄とか箱詰めは経験あるのだが……」
縄は今でもよくあるが、箱詰めは昔、よくされたな。
主に師であるミヤドリードから。
兄貴は縄派だが。
「それも知らなくて良い知識と経験だと思うよ」
そう言いながら、高田はオレの用意したお茶を飲む。
ここは、大聖堂の一室。
兄貴が分かりやすく体調を崩し、介抱される間に、借りている部屋ではなく、別の部屋に案内された。
あまり使っていないらしいが、部屋は綺麗に掃除されている。
「それで、さっきの情報国家の国王陛下の魔法は、九十九にとって経験になった?」
「まあな。悔しいが、魔法の知識が全く違う」
「魔力じゃなくて?」
「魔力の違いは始めから分かっていたことだ。だけど……、お前に使われた魔法はオレも気付けなかったんだよ」
正直、こんなことは初めてだったのだ。
彼女に混ざった別の人間の魔気が分からなかったなんて……。
そのことが酷く悔しかった。
「わたしに……、使われた魔法?」
「その髪に付いている金粉」
「ああ、これも魔法なのか」
彼女が髪に手を触れると、まだキラキラと落ちてくる。
それを見ているだけで、無性に腹が立つのは自分が未熟だと言うことだろう。
「追跡魔法を確実にするために魔法具を使ったようなもんだ。確かに髪の毛は魔力を保有していると言われているが……、こんな使い方があるとはな」
恐らく、高田に絡んだ時に塗したのだろう。
オレの前でやったあの行動は、単なる挑発でも、エロ親父の若い娘に対するセクハラ行為でもなかったわけだ。
そこも妙に腹が立つ理由なのだが。
「それでも、あまり良い気分じゃないけどね」
「人毛のヅラみたいなもんだろ?」
「ヅラって……」
魔法具の原料を気にしても仕方ない。
それに、髪の毛ならまだ材料としてマシな方だろう。
世の中には、もっと信じられない物を材料とした魔法具も存在するのだ。
「魔法の知識が全く違う……か。水尾先輩みたいな感じ?」
「いや、種類が違うな。水尾さんは純粋に魔法特化だけど、あの王様は、日常的な魔法の利用方法を知っている感じだ」
つくづく、オレは魔法について勉強不足だと思った。
「どう違うの?」
「水尾さんは魔法に関してだけの知識だ。どうすれば魔法の威力が上がるとか、組み合わせればどんな効果になるとかそう言った感じだな」
「それって利用方法を知っているのとは違うの?」
「日常に溶け込ませることは向いていないだろ? 水尾さんのは……」
「日常に……?」
高田は少し考えて……。
「あんな日常は……嫌だな」
そう結論付けた。
「日常的にあんな魔法を食らっていたヤツが言うと、説得力あるな」
「好きで食らっていたわけじゃないけどね」
だが、そんな日常を送れるのは彼女ぐらいだ。
並の人間では彼女の魔法にそこまでの耐性はないし、何よりもあの魔法を見ただけで白旗を上げるだろう。
心が折れず、何度も立ち上がるだけではなく、それどころか迎え撃とうとするだけでも凄いことなのだ。
「でも、この国に戻ってからはあまりその機会もなくなったよ」
「まあ、いろいろ忙しいからな。でも、本来は、魔法国家の王族直々の魔法を見ることができるのはかなり凄いことなんだぞ」
だから、オレも今回の甘言にひっかかったわけだが。
「水尾先輩だけでなく、この国の王女殿下も、たまに魔法を放ちますよ?」
「……お前の周りが規格外なだけだからな? あれらを標準と思うなよ?」
「規格外とな」
ある意味、一番規格外の存在が眉を寄せる。
水尾さんや真央さんは確かに凄いと思う。
だが、それは魔法国家の王族の範囲内だ。
だが、目の前にいるこの少女はまったく違う。
剣術国家の国王の血を引きながら、ただの人間から生まれた子ども。
だが……、古代魔法を身に着け、「聖女」の資質を秘め、その魂は神にまで魅入られている。
そんな人間はこの世界でたった一人なのではないだろうか?
「でも、そんな国なら……、わたしが魔法を上手く使えない理由も……分かるかな?」
その規格外の少女はポツリと呟いた。
彼女が、魔法を使いこなせないことを気にしていることは知っている。
その理由は、精神的なものだろうと考えていることも。
「どうだろうな。情報国家だから、知っている可能性もあるが……、教えてくれるかは別だと思うぞ」
オレはそう答えるしかない。
本当に周囲が言うように精神的なものだとしたら、半端な助言でどうにかなるものでもないだろう。
「……九十九のレシピ本と引き替えにならどうだろうか?」
冗談とも言えない言葉に……。
「ふざけるな? お前の漫画の方が良いと思うぞ?」
あの王様なら、そっちの方が喜びそうだ。
漫画は魔界にはない娯楽だ。
そう言った意味でも、飛びついてくれると思う。
その存在自体は既に知っているかもしれないが、オチがある4コマ漫画まで知っているかは分からないのだ。
「まあ、ダメもとで聞いてみるか。分かれば、ラッキー……、ぐらいの感覚で」
「記憶のことだけでなく、そちらも言うのか」
どうやら、あの王様に自分の漫画を提供する気はないらしい。
「弱みの全てをさらけ出そうって正気かよ」
確かに千歳さんから「自分のことなら話しても大丈夫」と言われはしたが、「全てを話しても良い」と言われてはいないはずだ。
「どうせすぐバレるのだから、自ら暴露した方が早いって」
彼女は笑いながらそう言った。
普通なら、魔法が使いこなせないと言うのは、ある意味「弱点」と呼ばれる話。
だけど、もともと魔法が使えない世界で育った彼女だ。
そうは、考えていないのかもしれない。
「わたしにできることならなんでもするよ」
それは情報国家の国王陛下が喜びそうな言葉だ。
「……お前はまた……」
深く考えていないその発言に頭が痛くなってくる。
その言葉を聞いた「男」が、「女」である彼女に対してどう思うかも考えていないのだろう。
「へ?」
案の定、その黒い瞳をオレに向け、きょとんとした顔を見せる少女。
「いい。好きにしろ。オレはお前に従うだけだ」
オレとしてはそう溜息を吐くしかない。
どんな無理難題もこなしながら、彼女を護るしかないのだ。
「従う? あまり従われている気はしないのだけど?」
だが、彼女は不服そうにその頬を膨らませる。
「オレは十分、お前に従っているつもりだが?」
寧ろ、これ以上を求められても困るのだ。
「わたしは結構、あなたから酷い扱いされている気がするのだけど……」
「そうか?」
「うん。あなたはもっと女性の扱い方を学んだ方が良いと思うよ」
不満な顔をこちらに向けるが、その点については、こっちの方が不満だ。
護るべき「主」を「異性」として見る護衛がどこにいるんだよ。
「面倒だ」
オレはそう言うしかなかった。
オレは兄貴ではないのだ。
そこまで多くを求められても困る。
「それに、オレが女扱いしないのなんて、お前ぐらいだから問題ねえよ」
水尾さんや若宮に対してはそこまで粗雑な扱いをしている気はない。
寧ろ、彼女たちがオレに対して雑な扱いをしてくれている。
「それはそうでどうなのかな?」
彼女が困った顔しながら、オレにそんなことを言う。
状況を見てモノを言って欲しいものだ。
「ほう? つまり、お前はオレに女扱いをされたいのか?」
「ふへ?」
「お前の話を聞く限り、そう言うことだろ?」
彼女は自分がどれだけ危険な発言をしているのかその自覚はないらしい。
普通の未婚の男女は、こんな風に密室で二人きりになることもないのだ。
主従関係にあり、相手を「異性」として見ないからこそできる状況。
「ちゃんと異性扱いしてやろうか?」
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