知らないうちに
九十九が眠っている間に、情報国家の国王陛下は「本題」に入ると言った。
それって……、わたしか、雄也先輩に用ってことなのだろう。
チラリと雄也先輩を見ると、いつもの笑顔ではなく、まるで張り付けたような無表情……、恭哉兄ちゃんの大神官バージョンによく似ている気がした。
「身構えることはない。話としては単純なものだ」
情報国家の国王は重そうな袋を下ろしながらそう言うが、この状況で身構えるなと言うのは無理がある。
「お前たち、情報国家に来る気はないか?」
「「お断りします」」
王の言葉に、間髪入れずに答えたわたしと雄也先輩の声が重なる。
リヒトは……、黙って袋を見ていた。
「えらく嫌われたものだな」
その答えが分かっていたかのように、国王は肩を竦めるがその表情は何故か嬉しそうだった。
「だが、その理由は聞かせてもらおうか?」
「行く理由がありません」
わたしは、素直にそう言った。
少なくとも、現状に不満はないのだ。
確かにセントポーリアの王子殿下は未だにわたしを探しているようだけど、彼らが近くにいてくれる限り、簡単に捕まるようなことはないと信じている。
「そこの男は?」
「主人の意に従います」
「…………シオリ嬢が納得すれば、来る……、と?」
「恐れながら、聡明なる国王陛下が、我が主人を説得できるならば」
それって、遠回しにわたしが扱いづらいって言っていませんか?
「チトセやハルグブンの命なら?」
「それならば、謹んで承りましょう」
雄也先輩は顔色一つ変えずに答えるが……、そこにいつものような余裕は見られない。
「弟と違って、面白味のない男だな」
心なしか、情報国家の国王陛下もどこか刺々しい口調だ。
そして、何故か九十九に対する時よりも、幾分、当たりが強い気がする。
だけど……、その様子を見て、なんとなく、情報国家の国王陛下は、わたしではなく雄也先輩が目的でここに現れたのだろうな、と思った。
わたしに二人の黒髪の護衛がいることは既に知られていたのだ。
もしかしたら、その二人についてはわたしよりも詳しく知っているのかもしれない。
「イースターカクタス国王陛下は何故、ここに?」
だから、わたしは先ほどの質問をもう一度口にしてみた。
雄也先輩の居場所については、大神官やわたしたちの関係者以外は世話係となる複数の神官以外は知らないはずだ。
だからこそ、簡単に入室の許可がとれたともいえるだろう。
情報国家の王が、「そこの部屋に入っても良いか? 」と確認すれば、事情を知らない神官は許可を出すしかないのだから。
「シオリ嬢の気配を辿ったら、この部屋に行きついただけだ」
情報国家の国王陛下は柔和な笑顔を返す。
「わたしの……、気配?」
情報国家の国王陛下はそこまで魔気の感知が優れているということなのかな?
「栞ちゃんの髪に、金粉があっただろう? 多分、それが原因だよ」
「金粉?」
そう言えば、さっき、リヒトに言われて髪の毛を触ったら、キラキラしい何かが落ちてきたような?
だけど、それでわたしの気配が分かるとは一体……。
「ほう、それが何か分かるか? 従者」
どこか挑発的な口調で情報国家の国王陛下は雄也先輩に目線を送る。
「無防備な女性に対して使うものではないということぐらいは」
えっと……?
わたしは一体、何をされたのでしょうか?
だけど、それ以上は二人も口を開かない。
無言なのに、お互いに「お前が口にしろ」と言い合っている気がするのは気のせいか?
「リヒトは……、分かる?」
わたしは、助けを呼ぶようにすぐ近くの褐色肌の少年に尋ねる。
『……情報国家の王の髪の毛を加工したものだろう。髪の毛は体内魔気を大量に保有している。他人の魔気を追跡するより、馴染みのある自分の魔気の方がその気配を掴みやすいらしい』
「髪の毛!?」
いつの間に、しかもなんてモノを振りかけられていたのだ?
そして、同時に情報国家の王の目が細められたのが分かった。
「あ。九十九の前で、撫で回された時か」
あれは護衛の九十九に対して挑発していたわけではなく……、このための仕込みだったということか。
「……なかなか地味で狡猾な手段を用いるのですね」
「「くっ! 」」
わたしが思ったままの言葉を口にすると、情報国家の国王陛下と雄也先輩が同時に噴き出した。
見事なまでに同じタイミングで。
そして、そのまま雄也先輩は肩を震わせて布団に突っ伏してしまうし、情報国家の国王陛下はお腹を押さえている。
どうやら、わたしはおかしなことを言ってしまったらしい。
なんとなくリヒトを見ると、彼は困ったような顔をして……。
『シオリの言葉は常人には予想外過ぎる』
そう二人が笑った理由を教えてくれた。
なかなか失礼なお言葉ですが、それ……、どちらの心の声ですかね?
まさか、リヒトの本心じゃないよね?
わたしの心の声が届いたのか、リヒトは、どちらも見ずに明後日の方向へ顔を向けた。
彼もかなり強かになってきたようで、そのこと自体は、嬉しいと言えば良いのかな?
「だから、シオリ嬢は面白い」
一頻り笑った後で、情報国家の国王陛下は目元に手をやりながらそう言った。
涙が出るほど笑ったらしい。
「チトセによく似ている」
「母ほど酷くはないつもりですが……」
母ほど予想外な人間になるのは難しいだろう。
今回の会合で、国の代表として、それも王の補佐という立場で現れるなんて、普通の人の発想ではない。
「ふっ、チトセに言っても同じような言葉が返ってきそうだな」
それは確かに。
母に「娘が良く似ている」と言えば、「私は娘ほど激しくないつもりだけど?」と笑顔で返すだろう。
自覚がないって怖いよね。
「ところで、わたしの髪の毛についたこの金粉って落とせるのですか?」
「落としたいのか?」
「イースターカクタス国王陛下から追跡されやすいと分かっていて喜ぶ人間は少ないと思いますよ」
わたしがそう答えると、雄也先輩が頷く姿が見えた。
「髪の毛を洗えばある程度は落ちるし、追跡効果も一日程度のものだ」
「わたしのような小娘相手に、こんなものを使うなんて……、本当に暇なのですか? イースターカクタス国王陛下」
髪の毛って原材料を考えれば、少し複雑な気持ちになるけど、普通に考えれば、国王自らが、わたしのような小娘にここまで手間暇をかけること自体が不思議でならない。
「暇ではないぞ。単に、反応を含めて面白そうだと思ったから使っただけだ。チトセ相手にも使おうとしたが……、張り付いている面倒な護衛がどうしても近づけさせてくれなかったから……、そのままヤツに使った」
「……いろいろ何やっていらっしゃるのでしょうか? イースターカクタス国王陛下」
母に張り付いている護衛って……、つまりはセントポーリア国王陛下のことだよね?
なんとなく、セントポーリア国王陛下を撫で回す情報国家の国王陛下の姿を想像して……、いろいろと複雑な気持ちになった。
誰が得するのだ? この絵面。
「俺は面白いことが好きなんだよ」
「一国の王としては、もっとやるべきことがあるのではないでしょうか?」
「一国の王だから、未来に投資したくなるのだ。若者たちを揶揄うのはその一環だな」
……この王さま。
今、さらりと「若者たちを揶揄う」って言いましたよ?
「その対象が大神官や九十九……ってことですか?」
「投資のやり甲斐があるだろう?」
分かっていてやっているところが、タチが悪いと言える。
でも、確かに彼らは今後、もっと大きく伸びるだろう。
大神官である恭哉兄ちゃんは今以上にこの国での立場を強化させ、盤石なものとするだろうし、九十九もこのままわたしの護衛で終わるとは思えない。
そう考えると……、もしかしたら、雄也先輩に対しての言動も、その「若者たちを揶揄う」の一種だと思えてくる。
「しかし、不思議だ。大神官やツクモだけではなく、俺はシオリ嬢こそ高く買っているのだが、先ほどの話では自分を勘定に入れていない」
「あの母の娘だからですか?」
確かにこの魔界に戻ってきてから数年で今の立場にある女性の娘って……、同じように何かをやってくれそうな期待は湧いてしまうのかもしれない。
「何を言っている? 確かにシオリ嬢とチトセは親子だが、親は親だし、子は子だ。持っている才に血筋は多少の影響があっても、それを生かすも殺すも自身の心次第だ」
自信満々にそう言う情報国家の国王陛下。
彼を支える絶対的なものがあるのだろう。
「チトセとは関係なく、俺はシオリ嬢を気に入ったのだ。そこに偽りはない。なあ、従者。お前ならその真偽も分かるだろう?」
「さあ? 陛下のお言葉の虚実など、普通は私のような末端の男に分かるはずもないでしょう?」
雄也先輩はさらりと挑発的な情報国家の国王に言葉を返す。
仮に真意を見抜けたとしても、この言葉に嘘はない。
分かるはずもないのだ。
心を読めない普通の人間には。
「弟以上に可愛くない従者だな」
そう言って、情報国家の国王陛下は雄也先輩にどこか皮肉気な笑みを見せる。
「そろそろその名を聞いても良いか?」
「既にご存じのことを答える必要はないでしょう?」
その言葉で、やはり雄也先輩はこの情報国家の国王陛下が自分の名前を知っていると分かっているのだ。
わたしの時も、九十九の時もそうだった。
知った上で、この王さまは確認するのだ。
「ああ、知っている」
情報国家の国王陛下は悠然と微笑む。
「だが、情報は推測のままでは駄目だ。それでは予想の域を越えない。だから、改めて当人の口から確認する必要がある」
そう言って……、情報国家の国王陛下は雄也先輩に鋭い瞳を向ける。
「ご同類なら、その意味も理解できるだろう?」
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