バッティングセンターにて
桜でいっぱいの総合公園の近くにあるバッティングセンターは、規模は大きくないけれど、施設は充実していると思う。
野球はともかく、ソフトボール用のバッティングセンターは、ソフトボール好きな人間にとってはかなりありがたい話で、わたしは部活動引退する前までは良く利用していた。
最近は受験もあったし、それ以外のこともあったので、来ようという気持ちすら持てなかったけれど。
雄也先輩はどこからか、わたしの私服を取り出してくれた。
これも魔法の一種なのだろうか?
そう思ったけど、確か、九十九の話では、人の私物は勝手に持っていくことが出来ないとか言う話だった気がするので、どこか別ルートから持ち出したのだろう。
でも、どちらにしても、やはり魔界人って怖いと思う。
後で知ることになるのだけど、この時、わたしが着た服は、雄也先輩が通信珠で半死半生状態の九十九に頼んで、持ってこさせたらしい。
酷い人だ。
そして、そうなると気になるのは誰がわたしの服を準備したかと言う件になるのだが、それは勿論、母なのであった。
さてさて……。
「うっわ~、久しぶり~!!」
ここ最近来てなかったためか、ひどく懐かしい印象を受ける。
定期的に聞こえる機械のボールを射出する音。
それに合わせて時折、響く快音。
それらが全て、一昔前のような気さえしている。
早速、金属バットの吟味を始める。
長いのと重いのはわたしの手に合わない。
バットは自分なりに拘りがあるため、慎重に選びたい。
「これかな……」
何本も立てかけられていた中からオレンジに光るバットを手で掴んで引っ張り出す。
うん。
今日はコレがしっくりくる。
「随分と真剣に選ぶんだね」
「相性の悪いバットを選ぶと、何故だか打てなくなるんですよ」
それは、スイングの速さが変わったりとかボールの当たるポイントがずれたりとかいうことなのだろうけど、わたしの場合、他の人よりそれが顕著なのだ。
部活動でも気に入ったバット以外は使わなかったぐらいの拘り。
はっきり言って、あれは他の人も迷惑だったと思う。
「道具との相性は確かに大事だから、その拘りは問題ないと思うよ」
雄也先輩は笑顔で肯定してくれる。
この人は、怖いのか、優しいのか、甘いのかが今の段階では分からない。
でも、お兄さんってのはこんな感じなのかもしれないとも思う。
常に余裕があって落ち着いていた笑みを絶やさない……。
魔界にいるというわたしの義兄もこんなに穏やかな人だと良いのに。
「とりあえず……」
一枚25球のコインを機械に入れると、ボシュッと大き目の白球が噴出される。
こつんっと、確かな手応えを感じた。
「おや?」
流石に、雄也先輩が目を丸くする。
それも無理はない。
わたしは、来たボールを打ち返したのではなく、当てて下に落としたのだ。
右手でバットの膨らみ始めの位置、左手でグリップを持ち、真芯と呼ばれる場所からややずらしてボールを当てる技術……、まあ、早い話、バントをしたわけである。
それから先のボールは、普通に打った。
何本かに一度は真横や後ろに飛んだりするけど、大体は打ち返せたと思う。
野球用でもスローボールである「90km/時」の直球なら打てないことはないのだから、それより大きく遅いソフトボールが打ち返せないはずはないだろう。
まあ、野球の変化球はさっぱり打てないのだが。
「最初のバントは、目測したのかい?」
すぐ横にある野球用の左打席に立ち、カキーンと見た目に反しての豪快なフォームで打ち返しながら、雄也先輩が言った。
簡単に打ち返しているように見えるけれど、それ……、「130km/時」ですよね?
しかも、右利きなのに左打者なのですか。
通すぎる!
え?
魔界人って皆、こうなの!?
「はい。これ……、癖なんですよ」
わたしはできるだけ、動揺を見せないように答えた。
ピッチングマシーンは、同じ機種でも微妙な誤差がある。
そこで、あまり動かさずに位置の調整を測りやすいバントで、大体のところを予測するのだ。
勿論、機械といえど、毎回同じ場所に確実に来るわけではないので、後は、勘で修正するしかないのだが、投げられるまでのタイミング、上下の高さや外角内角などの位置なら分かる。
ただ、これを見た人は、大半、ずっこける。
付き合ってくれたワカなんか、動揺のあまり、前に打ち返せなくなったぐらいだ。
高瀬は、何故だか「高田らしい」と笑っていたが……。
「ふむ。目測の仕方としては、なかなか、合理的だ。今度から俺もやってみよう」
雄也先輩は、わたしより見事に打ち返しながらそんなことを言った。
「それに、今のバントは綺麗だった。球の勢いを殺すバントは難しいらしいね」
「これぐらいしか、取り柄がなくて」
「でも、自慢だろう? その取り柄は……」
「はい!」
思わず食い気味に返答してしまった。
そう。
わたしの数少ない取り柄にして、唯一の自慢だ。
ストライクゾーンに来たボールなら速度に関係なく確実に当てて落とすことができる。
正しくは、少しぐらい外れていても勢いを殺して落とせるのだ。
だけど……、どうせなら、鉄壁の守備とか長打力とかを自慢にしたかったとも思っている。
何故なら、見た目が地味なのだ。
豪快な音もせず、小さく当たる音だけがする。
まあ、だからこそわたしにピッタリなのだろうけど……。
「やっぱり、高田……だよな?」
そんな声が背後から聞こえてきた。
声の主は分かったが、振り向くわけにはいかない。
機械は、止まらないのだ。
雄也先輩がお金を出してくれるのだから、一球たりとも無駄には出来なかった。
いや、自分で出すつもりだったのだけど、雄也先輩が、「年上の男の厚意には素直に甘えなさい」と言ってくれたのですよ? と一応、言い訳もしておく。
「こんにちは、笹ヶ谷先輩……ですよね? 笹さんのお兄さんの……」
「こんにちは、来島くん。キミもここによく来るのかい?」
「いや、俺は……、そこのちっこいヤツの姿が見えたのでなんとなく、足を運んだだけです。俺は、こんな速球を打ち返すような技術ないですから。先輩は……、高田の付き添いですか?」
どうやら、二人は面識があるらしい。
九十九と同じ学校だったのは知っているけれど……。
わたしの知らないところで繋がりって、案外いろいろとあるものだね。
「そうだよ。話には聞いていたけど、彼女は巧いね」
それが社交辞令と分かっていても、素直に嬉しく思う。
ところで、「話」ってどこで聞いたのでしょうか?
「俺はソフトボールのこと、そこまで詳しくないんで分からないですけど……、あんな速球を打ち返せるんだから下手ではないと思います」
そこで、わたしの方の機械も止まった。
「ふぃ~、打った、打ったっと」
「……色気ねぇな、相変わらず。しかも、バッティングセンターなんて、デートに選ぶところかよ?」
「開口一番、憎まれ口を叩く毒舌っぷりは、一晩くらいじゃ治らないんだね。……って、デート? 誰が?」
「いや、男女が2人で遊んでいたら、それは『デート』、『密会』、『逢引』と呼ばれる代物じゃねえのか?」
来島に言われて考える。
この状況って、「デート」なのだろうか?
「俺にも……、多分、彼女にもその意識はなかったと思うな」
「大体、それを言えば来島だっていっつもゲームセンターに不特定多数の女の子を連れ込んでるじゃないか」
「連れ込むって言うなよ、人聞きの悪い。それに……、別にあいつら、前にも言ったが彼女ってわけじゃねえし」
「雄也先輩にだって失礼だよ。わたしみたいな年下相手にしなくても、それ相応の女性たちがわんさかわんさかと……」
雄也先輩は放っておいてもモテるタイプだと思う。
「いや、お前の表現も結構失礼だぞ?」
「栞ちゃん、その場合『わんさか』という表現より『わんさ』という表現の方が、日本語的には正しいんだよ?」
な、なんと!?
初めて知った衝撃の事実!
なんでも「わんさか」の「か」は接尾語で、状態や性質を表す語などに付いて、そのような状態や性質であることを表すという意味らしい。
だから、続けて言うときは「わんさわんさ」が正しいとか。
「いや、その突っ込みもどうなんでしょう?」
「……っていうか、来島だって本気でわたしたちがデートしていたなんて思っちゃいないでしょ? 彼氏連れの女の子に声かけるなんて、誤解の元だし」
「いや、お前が男連れなのは声かけて気付いたから」
「あっぶないな~。もし、わたしが本当に彼氏連れだったら結構、面倒なことになっていたよ?」
「違いない。悪かった。次は、もう少し状況を窺ってから声を掛けることにしてやろう」
そんなわたしたちの様子を雄也先輩は妙にニコニコと見ていた。
「あ、あの……、誤解なきようにお伝えしときますが、雄也先輩? わたしと来島は別に付き合っているとかそんなのじゃございませんよ?」
「うん、そんな感じだね。でも、微笑ましいと思うよ」
「……ったく、来島が声かけてくるから誤解されたじゃないか」
「この場合、悪いのは俺なのか?」
いや、多分誰も悪くない。
雄也先輩も単にわたしたちが、場も考えずに騒いでいるのが純粋に楽しいだけだろう。
それが証拠に、お母さんみたいな顔をしている。
なんとなく、見守っているって感じ。
「……で、来島はどうしたの? またゲーセンに行くところ?」
「いや、そこの弓道場に行こうとして、こっちを何気なく見たら、お前の後ろ姿があったからこっちに立ち寄っただけだが?」
「え? 弓道場ってこの辺なの?」
「お前は、人の話をホントに聞いてないんだな」
来島は、大袈裟に溜息を吐いた。
「確か、そこの総合公園内にあったはずだね。割と大きい弓道場が……。毎日やってるのかい?」
「いえ、普段はこちらじゃなくて公営の弓道場で月水金土日にやっています。今日は、高校受験の合格発表があったからこちらを利用しようかと思って」
「なるほどね」
「そう言えば、来島は結果、どうだった?」
「合格に決まっているだろう? お前もこんなところで遊んでるんだから勿論、合格したんだろうな」
「一応ね」
「ならば良い」
なんだか偉そうだが、彼はいつもこんな感じなので気にしないでおく。
「ふむ……」
そう言って、来島はどこからかコインを取り出す。
わたしが握っている銀色のコインとは違い、金色のコイン。
なんと、驚きの一回50球コースのやつだ。
聞く所によると、1球あたりの間隔は25球より長くて、野球少年たちに人気らしい。
単価計算するとお得なのかもしれないけれど、連続で50回のバッティングは集中力と神経を使いそうなので、わたしは挑戦したことはなかった。
疲れて雑になるようでは、練習に意味はないから。
「珍しい……。やるの?」
「いや、おじさんは腰が弱いから……」
わたしより誕生日が10日ばかり遅いはずの来島は、そう言いながらも、さっきまでわたしが立っていたところにコインを投入して……。
「奢ってやる。50球、挑戦してみろ」
「はい?」
そう言いながらも促されては仕方ない。
当人、本当にやる気はなさそうだし。
一度はやってみたかった50球チャレンジ。
せっかくの機会なので、限界まで打ってみますか。
今回の話にちょっとだけ補足。
左打者は一塁が近く、(対右投手なら)ボールが見えやすく、利き手が前に来るためにバットコントロールがしやすいというメリットがあります。
これらは実戦的なため、普通にバッティングセンターにで打つだけなら選ばない選択肢ではないでしょうか。
実は雄也先輩は中学生の時、野球部にいたという裏話があり、さらにはスイッチヒッター(左右どちらも打てる打者)だったりします。
そのために栞がバッティングセンターに来ていたことを知っているわけでした。
以上、補足終わり!
ここまでお読みいただきありがとうございます。