知った以上は
六十分刻、1分間、60秒間……。
言葉にすれば本当に僅かな時間。
だけど、それは経過を待つ時、何故か長く感じられる時間でもある。
情報国家の国王からの申し出を受け、九十九は理不尽な勝負に挑むこととなった。
最初に情報国家の国王は、九十九に向かって右腕を突き出して、無詠唱で熱を伴う光線魔法を放つ。
それを読んでいたのか、九十九はその光線を躱し、そのまま、背後にいるわたしを抱きかかえる。
だが、それは普通の人間が相手ならともかく、王族の頂点に立つ王と言う人間相手には致命的な隙となる。
その無防備な背を狙い、情報国家の国王は瞬間的に熱光線を放ちながら、瞬間的に光る爆発魔法をその周囲に次々に振りまいていく。
そのあまりの眩しさに、なんとなく「シューティングゲーム」という単語を思い出した。
「目を瞑っていろ。あれだけの光だ。まともに見れば、目を焼くぞ」
いつものように抱えながら、九十九はそんなことを言ってくれたが、そんなことができるはずもない。
目を逸らせば、あの魔法はわたしたちを捉えるだろう。
そして……、意外にも情報国家の王さまは、場慣れしているような気がする。
正確には、戦い慣れとでもいうものか?
まるで、九十九の思考や行動を読んで、先手を打っているような動きをしているのだ。
具体的には、彼の進行方向や着地地点への爆発系魔法の設置。
一見、何もない所から突如として起こる閃光系の魔法。
水尾先輩の透明な炎は、まだ陽炎のように空気の揺れを感じさせる分、親切だということが分かった。
それをなんとか九十九は凌いでいる。
そして、護られているわたしも傷はない。
だけど、九十九の身体につく傷は増えている。
それがまるで……、カルセオラリア城の地下での雄也先輩の姿と重なって、わたしの胸が苦しくなってくる。
「後、10秒……」
そう情報国家の王が呟いた。
「嘘つけ。後、16秒だ」
九十九が小さな声で呟きながらそう舌打ちする。
こんな状況だと言うのに、彼は時間も把握しているらしい。
「何を言っている?」
九十九の声が聞こえていたのか、情報国家の国王は不敵に笑った。
「……俺が口にしたカウントは、この魔法の完成の話だが?」
そう言うと、床が不意に光り出した。
この光は、明らかにこれまでのお遊びとは違う。
まともに食らえば……、あの水尾先輩だって、危ないかもしれない。
「光の神に祈るが良い。その祈りが届けば、その命ぐらい助かるだろう」
な、なんか、かなり物騒なことを言ってらっしゃる!?
「お断りします」
九十九が両腕でわたしを持ち上げながら、言った。
「オレの神は、自分が助かるためだけの祈りを許さないので」
彼はそう言って、笑った気がした。
わたしが覚えているのは、そこまで。
日光を直視したような眩い光が部屋全体に広がったかと思った時、わたしの身体は、別の場所にいたのだった。
****
「なかなか良い姿だな、ツクモ」
下から突き刺す、を通り越して、串刺すような熱波をまともに受けたオレはその場に倒れ伏していた。
「誉れ……、でしょう?」
オレは顔も動かさずにそう答える。
情報国家の国王が最後に大技を用いるのは読んでいた。
オレから自信を根こそぎ奪うために。
あの魔法が、一応、王族の血を引く高田にどれだけ通用するかは分からないが、僅かで傷つけば、オレにとっての大失態となる。
だから、オレはギリギリまで耐えた。
そして、彼女に魔法が届く直前に、その身体を強制転移させたのだ。
転移先は……、兄貴の部屋だ。今頃、リヒトが説明してくれていることだろう。
「ああ、勝負はお前の勝ちだ。まさか……、護衛対象を自ら手放すことで、その身を護ろうとするとは、な」
情報国家の国王の笑う気配がする。
「だが、今回は時間制限があったが、なければどうなっていたかな?」
確かに時間制限があるからできたことだ。
だが……。
「今回が最初で最後です。オレから中心国の国王陛下に喧嘩を売る予定はないので」
水尾さんとまともにやっても勝てない人間が、中心国の王相手に1分間、護衛対象を無傷のまま、守り通しただけでも褒めてくれ。
尤も、この方が本気ならば、10秒と持たなかったことも知っているのだが。
「何故、一度も攻撃をしてこなかった? お前なら、シオリ嬢を抱えながらでもそれができるはずだ。そして、それだけでも、もっと時間は稼げただろう?」
「そんなことをしたら、一瞬で勝負がついてしまうでしょう?」
「ほう。大した自信だな」
「王族の魔気の護りの優秀さは知っていますから」
本当に文字通り身に染みるほど理解しているつもりだ。
この王様は、オレに攻撃をさせたがっていた。
恐らくは、オレへの反撃に「自動防御」を使うために。
「……俺に魔気の塊を使わせないためか」
高田にしても、水尾さんにしても、「無意識の防御」で、とんでもない魔気の塊をぶちかましてくれる。
しかも、高田に至っては、それを攻撃に転用してしまうほどだ。
「それに……、イースターカクタス国王陛下は最後まで、右手しか使いませんでしたから」
大きな魔法ほど、片手より両手の方が制御しやすいのだ。
水尾さんも、強大な魔法を使う時は必ず両手で使用する。
だが、光線を放ちながらも、周囲に散らされた魔法。
あれは、手で制御すらせず、意思だけでその場に広げられた。
「魔法は手から放つもの」という意識がある人間には思いもよらないだろう。
あれは正直、ちょっと面白かった。
「勘が良すぎるのも考えものだな」
情報国家の国王が何やらそう呟いたが、オレは自分の治癒に専念しようとした。
手は全く動かせそうもないから、先ほどの方法を試してみようか。
魔法に関して、手を使わずとも、意識だけでなんとか使えるなら、「治れ」と願うだけでもある程度の効果が期待できるのではないか?
「む……?」
情報国家の王が何かに気付いた。
オレの魔力の流れ、魔気の動きが変化したからだろう。
癒しの力を伴う風がオレの全身をゆっくりと巡っていく。
オレの中にあるイメージは迷いの森の中での高田の風魔法だった。
あの時の彼女の魔法は周囲の人間全てを吹き飛ばしてしまったほど、激しかったのだけれど、確実に周囲にいた人間を癒した。
今のオレには使えない広範囲の治癒魔法。
あれで、何故、彼女自身は癒せなかったのかが今でも不思議ではある。
「ツクモは……、風魔法の使い手か?」
「そうです」
身体を起こしながらそう答えた。
やはり、いつもの治癒魔法ほど効果は高くない。
これについては、慣れていないせいもあるだろうけど。
だが……それでも、身体が動かせるようにはなった。
あとは、普通に治癒魔法を使えば大丈夫だろう。
「意識だけで魔法を使ったことは?」
「これが初めてですよ」
そんな知識もなかったからな。
目の前のこの方が使わなければ……、そんなやり方も知らなかった。
「ところで、ツクモ……」
「はい?」
反射的に言葉を返す。
「お前は、随分、光属性魔法に耐性があるのだな」
「そうですか? 耐性についてなら、風属性魔法ほどではありません」
風属性の魔法耐性については、幼い頃からシオリの強力な風魔法を食らっていたせいだと思う。
光属性の魔法耐性については……、正直、よく分からん。
兄貴が光属性の魔法をよく使うから、魔法耐性はある程度高いとは思っているが、他人と比べたこともない。
だが、水尾さんの話では、オレは、地属性を除けば、全体的にある程度、魔法耐性が高いとは聞いている。
「耐性だけなら、俺の息子並だ」
「………………は?」
一瞬、言われた言葉の意味を理解しかねた。
「聞こえなかったのか? お前の光属性魔法に対する耐性は、俺の息子……つまり、イースターカクタスの王族と比べても遜色がないと言ったのだ」
言われた言葉は理解した。
だが……、やはり、わけが分からない。
「並の貴族でも、先ほどの魔法をまともに食らえば、意識が飛ぶ。真面目な話、意識を保っていられたのは、お前が初めてだ」
なんて魔法を仕掛けてくれたんだよ、この王様。
だけど、これだけは言っておく。
「流石に、まともに食らってはいませんよ」
あんな大技が来ると分かっていて、何の対策もしない阿呆はいない。
「ほう?」
「先に、反射魔法を使っていますから」
反射魔法は文字通り、魔法を反射する効果がある。
但し、自分の魔法が相手の魔力を上回っていないと完全に跳ね返せないという制限があるため、相手がここまで格上ではあまり意味もない。
それでも、光属性魔法の大半は、反射魔法に弱い。
雀の涙ほどの効果しかなくても、オレが使える魔法の中で、一番、まともな効果がありそうなのはこの魔法だったのだ。
「防御ではなく……、反射魔法か。なかなか面白い魔法を使うのだな」
「オレが多少魔法防御を上げたところで、イースターカクタス国王陛下の魔法の前には『焼け石に水』でしょう?」
それに、オレの反射魔法は触れているもの全てが対象になる。
衣服や靴などは勿論、それが抱えている人間であっても。
防御魔法……、魔法の耐性を上げる魔法などは、現時点では残念ながらオレは自分自身しか対象にならない。
その辺りも、この魔法を選んだ理由でもあるが、そこまで教えてやる必要はなかった。
「なるほど……、思った通り、お前は面白い男だな、ツクモ」
そう言って、情報国家の国王は笑いながら、言葉を続ける。
「やはり、我が国へ来る気はないか? 勿論、シオリ嬢とともに」
ここまでお読みいただきありがとうございました




