王たちの会談
「チトセの娘は面白いぞ、ハルグブン」
情報国家の国王は、楽しそうに目の前の男に語り掛けた。
「いきなり呼び出したと思ったら……、貴方は何を言っているのだ?」
それに応えるは剣術国家の国王。
二人は、どちらも金髪に青い瞳だというのに、周囲が受ける印象はまったく違う。
情報国家の国王は、透き通る光のようない金髪に、真夏の抜ける青空に似た明るい藍柱石のような瞳だが、その目の前にいる男は、磨かれた金属のような金髪に、真冬の澄み渡る青空を思わせる深い藍晶石のような瞳だった。
「いや、チトセの娘、シオリ嬢に会ったんだよ」
「……どこで?」
「話すと思うか?」
情報国家の国王は、楽しそうに笑いながら答えるが、それも、剣術国家の国王は慣れたものだった。
「分かった。チトセに確認する」
早々に話を切り上げて、「橙羽の間」へ戻ろうとする剣術国家の国王。
「待て待て。せめて、本題に入らせろ」
「貴方が勿体ぶるからだよ。もともと隠す気もないのに」
隠すつもりならば、わざわざ口にはしないだろう。
単純に彼は、自分の反応を確認したいだけだと、剣術国家の国王は気付いている。
「相変わらず、可愛げのない男だな」
「貴方相手に可愛げなど不要だからね」
情報国家の国王の当てこすりを剣術国家の国王は、歯牙にもかけない。
いちいち、過剰に反応すれば相手が喜ぶだけだ。
情報国家とはそう言う人間たちの集団なのだから。
「チトセの前ではあんなにも可愛いのに」
「そんな覚えもないね」
情報国家の国王の軽口に顔色も変えずに答える剣術国家の国王。
だから、情報国家の国王は、話の方向性を変えてみる。
「チトセの娘は可愛かったぞ」
「チトセの娘だからな。当然だろう」
またも顔色一つ変えずに答える剣術国家の国王に、情報国家の国王は笑みが止まらなくなった。
「真顔で言うことかよ」
「本当のことだろう?」
それを本気で言っているから、この男は面白いのだ。
「ああ、その娘だが……、なかなかの良い男を連れていたぞ」
その情報国家の国王の言葉に、剣術国家の国王は1人だけ、心当たりがあった。
「良い男? ユーヤか?」
「違う」
剣術国家の国王の確認を、情報国家の国王はあっさり否定する。
「その弟の方だ」
「弟? ああ」
剣術国家の王は、件の青年には少し前に会っていたが、その弟には、かなり長い間、会うことができなかった。
数年前に、面会予定はあったのだが、様々な理由から、それが叶うことがなかったのだ。
そのことについては、ユーヤ自身からも謝罪されたし、その理由も事情も剣術国家の国王はよく分かっていた。
「貴方が良い男と言うのなら、彼もまた成長したのだろうな」
剣術国家の国王は、嬉しそうに目を細める。
彼の記憶に残っているのは、小さな黒髪の男の子。
その口数こそ少なかったが、あの娘を守ろうとする意思だけはかなり強かったことをよく覚えている。
「お前は、別れてから一度も会わなかった非礼については、責めないのだな」
情報国家の国王は、どこか呆れたように言った。
「彼は、あの娘に対する完全なる専属護衛だ。俺に顔を見せ、無駄な言葉を尽くすより、あの娘から離れずに護れと昔から伝えてある」
剣術国家の国王は迷いもなくそう答える。
少なくとも、以前、あの黒髪の娘と対面した時、彼女は心身ともに健やかに育っていたように見えた。
それは、彼らの護りが万全だったからだろう。
幼かった身で約束を違えず、その身命を賭して守ること。
それは、どれほど過酷なことだっただろうか。
身寄りがなく、後に退けない状況と言うことを承知で、彼らに使命を課したことは、ほとんど脅迫に近かった。
しかも、結果として、彼らは住み慣れた場所を離れ、異世界に行くことにもなってしまったのだ。
彼らの両親が健在だったなら、自分はかなり恨まれていたことだろう。
だが、二人とも年若い身でそんな困難な王命に応えてくれたのだ。
これ以上の忠義はないと剣術国家の国王は素直にそう思っていた。
「ああ、チトセの娘とその護衛は、今、2人ともこの城にいるぞ」
「は?」
ここに来て、剣術国家の国王は初めて戸惑いの表情を見せる。
そこに気付いていながら、構わずに情報国家の国王は続けていく。
更に相手の頭を混乱させるために。
「恐らく、カルセオラリア城の崩壊にいた」
「なんで、そんなところに?」
「詳しくはチトセに聞け。今回の会合の指揮者はアイツだろ?」
剣術国家の国王からの問いかけに、情報国家の国王は、どこかぞんざいな対応をする。
だが、剣術国家の国王は、別のことが気になった。
「ああ、そう言えば……、会合では、よくもあんな品のないことを言ってくれたね。貴方はチトセの友人だったはずなのに……」
「お前が場も弁えず、入室するからだろ? 逆にビックリしたよ。チトセは先入り待機組にいると思っていたからな」
情報国家の国王は、彼女が王の事務補佐を担えるほどの成長をしたことは掴んでいた。
だが……、まさか伝統重視のセントポーリアの国の代表が、女連れで来るなど、情報国家の国王でも予想ができなかっただけだ。
「彼女以上に信頼できる人間がいない」
真顔でどこか哀しい言葉を口にする剣術国家の国王。
「それなら、俺のように1人で入れよ」
だが、同類の情報国家の国王は、気にせず答える。
「後、貴方に見せつけてやりたかったという心もある」
剣術国家の国王のそんな言葉に対して……。
「ガキかよ、三十代後半」
どこか不服そうに言う情報国家の国王と。
「勿論、貴方よりガキだよ、四十代半ば」
笑顔で応える剣術国家の国王の姿があった。
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「ああ、そう言えば、近々、頼みごとをすると思う。体を空けておいてくれ」
「貴方からの頼みとは、珍しいね」
情報国家の人間は、基本的に恩を着せようとすることが多い。
だから、自分から借りを作ると言うのは、かなり珍しいのだ。
「俺はあのシオリ嬢を気に入ったからな」
「あの娘に関することか?」
情報国家の国王から出てきた名前に反応し、剣術国家の国王は目の前にいる相手の顔を見る。
「ああ、寵姫にしたいぐらい気に入った」
笑顔で答える情報国家の国王の言葉に……、剣術国家の国王はなんとも言えない心境になる。
「ご自身の年齢を考えてくれ」
立場とかそれ以前の話だろう。
その娘とこの情報国家の国王は、25以上の年齢の開きがあったはずだ。
しかし、他国とはいえ、王族からの申し出があれば、公式的な身分を持たない娘も、その母親もそれを拒むことなどできない。
その身体に王族の血が入っていなければ。
王族の血は、その国の財産だ。
つまり、如何に片親の血が平民であっても、簡単に他国へ嫁することはできなくなる。
「寵姫なら、年齢差は問題にならん」
情報国家の国王は、剣術国家の国王の考えを見透かしたかのように、そう答える。
「ご自分の息子より若い娘だろ?」
「ほう? ならば、息子の正妃に……なら、良いのか?」
「俺は意見する立場にない」
少なくとも、あの娘の父親は母親であるチトセから正式に伝えられたことはただの一度もない。
そのため、セントポーリアの民であるかどうかも不明なのだ。
母親は、城から出た後、どこで産んだかすら、答えなかったのだから。
「そうだったな。王命を使わせられないなら仕方ない。素直にチトセを口説くか」
どこか誤解されるような言葉をあえて使う情報国家の国王。
「なるほど、先ほどチトセが大神官に呼ばれたのはそう言うことか」
会合が終わり、情報国家の王が飛ぶように部屋から退室した後、剣術国家の王の秘書である彼女は、大神官より話があり、一度「橙羽の間」に下がった後、どこかへ出かけたのだ。
「ああ、俺が直接、呼び出したら警戒するだろ? お前が」
「当然だね」
情報国家の国王より名指しされれば、どの国も警戒するのは自然だろう。
しかもその前の会合で彼女の容姿について、臆面もなく褒めるような男だ。
そう言った方面においても、信用できるはずもない。
「相変わらず寵愛しているようだな」
「寵愛? そう見えるなら良かった」
どこか不思議な返答をする剣術国家の国王に……、情報国家の国王は少しだけ同情する。
囲って素直に守られるだけの女なら、何も難しいことはなかっただろうに、と。
彼女が、「守られたくない」と決めたからこそ、彼女とその娘の現状があるのだが。
「トリア妃はどうだ?」
情報国家の国王は探りを入れる意味で、セントポーリア国王の正妃の状況も確認する。
「彼女は相変わらず何を考えているのか分からないままだ」
城内の一部を自由にする権限はある。
だが、本来はそこまで大きな力とはならないはずだ。
そもそも、セントポーリアと言う国は国王ではなくその配偶者でしかない「王妃」という存在に権力を認めていないのだから。
だが、その「王の配偶者」であり、「王の嫡男の生母」という二つがあるため、止めることができないでいる……、というのが正しい。
正妃の行動を下手に制限すれば、その矛先は、王の唯一の子とされる存在に向かう可能性があるのだ。
「それについてはお前に非がある」
情報国家の王は溜息を吐く。
「お前がもう少し気にかけていれば、セントポーリア城内は、あそこまで荒廃していない」
女心が分からない朴念仁の友人に対して、情報国家の国王はそう戒める。
外から、聴こえてくる音に良い物がない。
風紀紊乱を体現している国。
それが、世間のセントポーリア城の評価だった。
但し、それは城内の評価であって、城下については……、たまに一部の私兵が暴走するというどこの国にもあるような話しかない。
「それについて、王としては反省している」
剣術国家の国王は、彼らしく真面目に言った。
そして……。
「だが、俺は人間として彼女を許すことはない」
そう言葉を続けたのだった。
****
始まりは、セントポーリア城下の森で、天馬を連れた金髪の王子が見知らぬ少女を拾ったことがきっかけだったかのように見える。
だが、その実、国には既に暗雲が立ち込めており、それが、彼女の出現によって顕在化しただけの話。
それは……、血筋に拘り続けた歴史ある王国ならではの悲劇。
都合の悪い事実を隠蔽するのが人間ならば、隠匿された真実を暴き出すのも、また人間だった。
―――― ただ、それだけのことである。
この話で、42章は終わります。
次話から第43章「世界会議後夜祭」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




