自然な流れ
「変な人だったね、イースターカクタスの王さまって……」
「そうだな……」
高田の言葉に、どこか曖昧な返答をする。
確かにあの王様は変な人だった。
だが、それは悪い意味ではない気がする。
確かに普通の人間とは違うが、妙に他人の懐に入って来るのが上手いと言うか……。
「九十九はどう思った?」
「会話が上手いと思った」
それも、単純に話術が上手いと言うのとは違う。
こちらの言い分を理解した上で、返す言葉を選ぶ余裕がある気がした。
そして、話す時の明暗、緩急の付け方も巧い。
「流石、情報国家の国王陛下だよね」
「お前はどう思った?」
「油断したら、転がされるなと思った」
「転がされる?」
なんとなくあの王様の手のひらの上で、ころころと転がって慌てる高田の姿を思い浮かべる。
「恭哉兄ちゃん……とと、大神官さまが以前、あのイースターカクタス国王陛下のことを『雄也先輩が好奇心を強く持ったまま、歳を重ねた印象』って言っていたけど……、実際、話した感じでは、もっと手強そうだな……と」
「兄貴が好奇心を強くして、歳を重ねたって……随分な評価だな。兄貴を高く持ち上げすぎている」
確かに兄貴は情報国家向きな人間だが、その国王の比較対象に持ってくるほどではないと思う。
実際、会話した印象では、明らかに格が違うと思えた。
多分、兄貴でも簡単に転がされることだろう。
……その状態は見てみたくもあったが、兄貴は情報国家嫌いだから、会うこともしないと思う。
だから、兄貴もオレに押し付けたのだろうし。
「そうかな? わたしには分かりやすかったよ。実際、母から話を聞くまでは、かなり手強い雄也先輩……の印象が強かったし」
「千歳さんから話を聞いた後は?」
「う~ん? かなり手強い九十九?」
おいおい?
なんか、とんでもない評価になったぞ?
そして、一気に格下げされた感覚が拭えない。
「……どう言う意味だ?」
「気を許しちゃってうっかりペロリと話しちゃいそうな感じ? でも、イースターカクタス国王陛下の隙がない部分は変わらないのだけど……。ああ、トルクスタン王子や真央先輩と話している時の九十九に近いかな」
「……どう言う評価だ?」
「どちらにしても、油断はできないって評価だよ」
そう言いながら、高田は困ったように笑う。
「結構、話してなかったか? 封印の解放とか余計だろ?」
「わたしに魔界の知識が乏しいのは、どうせ、話せばすぐに分かるよ。魔法も不自由。これが、セントポーリアの王子殿下や王妃殿下に知られると、そこに付け込まれそうだけど、情報国家の王さまが知ったところで……、他に利用価値があると思う?」
「セントポーリアの王子や王妃にその情報が売られるとは思わんのか?」
まあ、あの王様の様子では、そんなつもりもないとは思う。
あの方は、間違いなく千歳さんの不利になるような話はしないだろう。
「だから、バレるより、自分から話したわけだよ。口止めの意味も込めてね」
「ああ、例の守秘義務ってやつか……」
情報国家に話したことは、ある程度の情報開示制限がかかるとかいうやつだな。
「ところで、九十九。イースターカクタス国王陛下からプロポーズされたことは、雄也先輩に伝えるの?」
「ちゃんと報告するよ」
オレがそう答えると、高田が何故か奇妙な顔をした。
「どうした?」
「いや、『プロポーズじゃねえだろ!? 』って、突っ込むかと思ったから……」
「なんでだ? 『propose』は申し込み、提案って意味だろ? 何も間違ってねえぞ?」
「おおう? そんな意味があったのか……」
「……ああ、『求婚』しか知らなかったんだな、お前……」
オレは計画の提案や立案の意味で捉えたから、不思議な会話になったのか。
「奥深き英語……」
「お前はもっと、言語を学ぶべきだと思うぞ。日本で使われていた外来語は時々、意訳を通り越して、曲解されていたからな。間違ったまま、使うなよ?」
「自動翻訳に任せていても、勉強は大事ってことだね」
そう言って、高田は溜息を吐いた。
それでも、彼女は大分、様々な国の言葉を学んでいる。
自分の出身大陸であるシルヴァーレン大陸言語だけではなく、世話になったグランフィルト大陸言語、そして、スカルウォーク大陸言語の読み書きができるようになっている。
いずれは必要になるだろうと、水尾さんからフレイミアム大陸言語も学び始めたし、ライファス大陸言語も恐らくは英語に似ているから大丈夫だろう。
6大陸言語のうち、5大陸の言語を読み書きできるのは外交に携わる人間や、王族、各国を渡り歩く神官や、商人ぐらいだろう。
一般的にはほとんど必要のない知識を身に着けているのは……、今後、かなりの武器になると思う。
「千歳さんみたいに外交補佐をやる気か?」
そう言うと、彼女は少し頬を膨らませる。
「……九十九は……、知っていたの?」
「何を?」
不機嫌のようだが、その理由は分からない。
「さっきは聞きそこなったけど、その、母が……、セントポーリア国王陛下の秘書になったこと」
「知らなかった」
「へ? でも……」
彼女が疑うのは当然だろう。
「いずれはなると思っていた。思ったより、かなり早かったけどな。そして……、慣例重視のセントポーリアが、あの場のあの役目を千歳さんが担うことを許した時点で確信しただけだ」
「つまり、九十九は……、母が勉強をしていることは知っていたの?」
「昔から、ミヤドリードが言ってたからな。守りには限度があるから、娘を守るためには知識を武器に攻めに転じろって」
千歳さん自身の記憶の封印を解いてから、人間界から戻る前の勉強もそう言ったものが中心になっていたことは知っている。
そして、城下に戻ってから兄に頼んでいた書物も、そう言った物が多かったのだ。
「昔から……。ああ、それで……、今のわたしが知らないのか」
高田がどこか寂しそうに呟く。
自分だけ、知らなかったことに疎外感を覚えているのかもしれない。
「お前だって『聖女の卵』になったことは、千歳さんにはまだ話していないんだろ? オレとしては、そっちの方が重要だと思うぞ」
「なんで? 母は実力であの場所に立っているけど、わたしは成り行きで背負ったものだよ?」
「阿呆」
オレは心底呆れてしまう。
彼女はこれを本気で言っているから困るのだ。
高田が言う「成り行き」……。
法力国家の王女殿下の危機に何もできなかった神官たちの前で、結界破りをして見せた。
それは確かに、大神官の法珠に寄るものが大きいが、それを知らない人間たちには、どう見たって、自力で結界を破ったようにしか見えない。
さらに、大神官や他の神官たちによる「聖歌合唱」があったとはいえ、その中心となったのは、間違いなく彼女だ。
あの姿を見た神官たちが、高田のことを「聖女」と言い出すことは自然の流れだろう。
何よりも、どちらも相応の資質が当人にあるからこその流れでもある。
これを「成り行き」の一言で済まされてしまうなら、神官たちが毎日のように神を崇めることも、厳しい聖地巡礼の旅も不要となってしまう。
「阿呆とは失礼だね」
「お前だって、努力をしているだろ?」
「母に比べたら努力のうちに入らないよ」
まだ言うか?
「……大神官猊下からまだ激しい動きをするなと言われているのに、『神舞』を舞っている『聖女の卵』はどこのどいつだ?」
「……ぞ、存じませぬ!」
「また妙な言葉になってるぞ?」
オレを誤魔化しきれると思うなよ?
「嘘を吐くなら、せめて、舞う時に音を立てるな。隣室で、バタバタリズミカルな音が聞こえれば嫌でも聞こえるんだよ。大聖堂は、カルセオラリア城のように防音効果はないからな」
「……いや、動かないと、忘れちゃうので」
「だったら、最低限の確認をするだけにしておけ。全身を使って、激しく舞うな!」
「うぬぅ……、バレているなら仕方ない。少しは自重します」
そう言いながら、彼女は笑った。
オレからのきつい言葉にも、笑いながら応える彼女。
若宮からの無茶苦茶な要求にも、笑いながら答える彼女。
王族からの狼藉にも、笑いながら堪える彼女。
周囲からの期待に圧し潰されることなく、自分自身にできる限りの努力をし続ける黒髪、黒い瞳の少女。
それでも、彼女はまだまだ足りないと藻掻くのだ。
古の神子や世界を救ったという「聖女」たちがどんな人間だったかなんて知らないし、興味も湧かない。
だけど……、自分の主がまだまだどう成長するのかは、何よりも気になることなのだ。
――――尤も、オレがそれを口にすることなどないのだろうけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




