護衛少年への申し出
その場の空気が固まった気がした。
高田の風魔法を食らった時だって、ここまでの衝撃はないと思う。
目の前にいる金髪に青い瞳を持った王様は、兄貴のようなエセ笑顔を張り付けたまま、俺に向かってこう言いやがったのだ。
「俺の子にならないか?」と
正直、ふざけるな! という話である。
少し話しただけのオレに何を見出したかは分からないが、こんな所で、それも口先だけで簡単に決めて良い話だとは思えない。
それに、相手は中心国の一角を担うイースターカクタスだ。
冗談にしか聞こえなかった。
「ああ、勿論、正式な手続きはシェフィルレートが王位を継承してからの話にはなる。現時点ではアイツしか俺の息子は公式的にいないからな」
「公式的には?」
高田が呟く。
「栞、そこには触れてはいけないわ」
困ったような顔で、千歳様がフォローになっていないようなことを言うと、高田はなんとも言えない視線をイースターカクタス国王に向けた。
まるで、成長期の微妙な年頃の少女が、父親に向けるような目線に似ている気がする。
「栞は少し、離れていましょうか?」
「え?」
「この件については、決めるのは九十九くんでしょう?」
「あ……。そうだね」
千歳さんの言葉に高田が納得すると、二人は少し離れた場所に行く。
ここは大聖堂の契約の間だ。同じ部屋の中にいても、互いの声が聞こえなくなるくらいの距離はとれる。
二人が離れた場所に行ったことを確認すると、イースターカクタス国王は再び話を続ける。
「両親がいないなら、養親と養子の意思だけで縁組ができる」
どうやら、拙速な印象はあるが、本当に真面目な話らしい。
高田の安全と引き替えに、イースターカクタスにオレが行く……。
それだけ聞けば、破格の条件ではある気がした。
ただ……、やはりそこまでされる理由がよく分からない。
兄貴なら分かる。
分かりやすく情報国家向きの人間だから。
だが、その弟であるオレはどう見たって……、情報国家向きではない。
感情がすぐ顔に出てしまうし、情報を集める能力だってそこまで高くはないのだ。
「どうだ? 後ろ盾のないツクモにとっても悪い話ではないだろう?」
情報国家の王は、甘い声で囁く。
確かに、悪い話ではない気がする。
だが…………。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
右手を胸に当て、首だけで礼をする。
オレは、イースターカクタスに行くわけにはいかない。
「その理由を聞いても良いか?」
「自分の両親は確かに既に『聖霊界』へ導かれました。ですが、自分にとってはあの人たちが唯一の親です」
高田に連れられ、初めて見たセントポーリア城下の森に三つ並んだ墓柱。
そこにあった「魂石」には、確かに三人の心が宿っていたことを確認した。
親不孝かもしれないが、オレは両親のことなどほとんど覚えていない。
だが、一度決めたことを簡単に反故にするようなことは許さない人たちだったことだろう。
「何より、そんな両親を私心だけで裏切れば、我が師も聖霊界から天誅を下すために復活しかねません」
誰よりも強く厳しかったミヤドリード。
オレは彼女との約束を果たさなければならないのだ。
だが、そんなオレの言葉にイースターカクタス国王はクッとどこか楽し気に笑った。
「努力や根性、強い想いだけで護れないものがあることは知っているか?」
「はい」
それは既に何度か経験している。
特に最近あったカルセオラリア城内での出来事が一番印象強い。
オレのすぐ後ろで、カルセオラリアの第一王子の手で高田は髪を引き抜かれた。
その時のオレは何もできなかったのだ。
「それならば覚えておけ。そう言った選択肢もあることを」
先ほど、千歳さんと笑いながら話していた人とは思えないほど真面目な顔で、イースターカクタス国王はオレに向かってそう言った。
「そして、お前が選んだ主は簡単には手が届かない。そんな女だと」
出会ったばかりの貴方にアイツの何が分かるのか?
いつものオレならそう言いたかったことだろう。
だが、何故か、今のこの国王にはそんなことすら思い浮かばなかった。
ただ一言……。
「それも分かっています」
オレはそう答えた。
高田が並の女じゃないことは、とっくの昔に分かっている。
だが、それがいつの頃からかは分からない。
最近のような気もするし、記憶を封印する前からのような気もする。
そして、オレがどんなに懸命に手を伸ばしても、掴むことすらできないことも。
「だけど……、目の届く場所で守りたい……か。ツクモは阿呆だって言われたことはないか?」
イースターカクタス王はどこか呆れたように言った。
「よく言われますね」
主に身内から。
「目の届く位置にいるということは、ツクモ自身が見たくもないものを見ると言うことだ。それも理解しているか?」
「それがどういった方向性のものかは分かりませんが……、それは、主人が死ぬこと以上に辛いことでしょうか?」
オレがそう問い返すと……。
「まだ青いな」
イースターカクタス王はフッと笑った。
それは兄貴のように未熟なオレを小馬鹿にするわけではなく、まるで……ミヤドリードのように成長を楽しんでいるかのような笑みだったのだが……。
「相手の幸せを心から願う反面、それを踏みにじりたくなるようなドス黒い感情を持ったことはまだないだろう?」
その端正な口から出てきた言葉は、全く予想外のものだった。
「は?」
「その想いが純粋で強いほど、対象となる相手のことを激しく引き裂きたくなる感情は比例してしまうものだ」
「……それは『発情期』のことでしょうか?」
それぐらいしか心当たりがない。
だが、オレの問いかけに対し、イースターカクタス国王は一瞬、停止し、その顔を歪めていく。
「…………まさか……、まだ……なのか?」
そんな信じられないようなものを見るような顔で恐る恐る問われても困る。
「縁がないもので」
「機能障害とか、同性にしか欲情しないとか?」
なんてことを聞いてくるんだ? この王様。
うっかりあの二人に聞かれていたらどうするんだよ。
「今の所、異性に反応してはいるのでそれはないかと……」
だが、そのこと自体は、ウィルクス王子の例もあるので、絶対とは言えない。
一人でなんとかできたとしても、その中身の保証もできないことを知って、正直、ゾッとしたのだ。
「今更だが、ツクモの年齢は?」
「年が明けたら18になります」
兄貴が20歳になる方が一月ほど早いけどな。
「18か……。ある程度、魔力が大きい人間はある程度抗うため、発情期の訪れも遅いらしいが、その分、反動も大きいと聞いている。神官でもないのにあまり我慢はするなよ。いろいろな意味で身体に良くないことだからな」
その言葉に少し疑問を持つ。
「イースターカクタス国王陛下は……、『ゆめ』を勧めないのですね」
大半の人間はそれを勧めるのに。
「ゆめ」とは、金銭と引き替えに、異性の相手をする職業だ。
それが手っ取り早く、後腐れもない一番の解決策だと分かっているのだが……。
「その年齢まで利用していないのだ。ツクモは、気は進まないのだろう?」
その言葉でオレは思わず目を丸くした。
「セントポーリア国王や、俺の兄上もそのタイプだったからな」
今、どさくさに紛れて凄いことを聞いてしまった気がするのは気のせいか?
「ああ、心配するな。現セントポーリア国王も婚儀まで童貞だったぞ。現大神官もまだだし、先々代の大神官は100超えるまで経験してなかったはずだ」
大神官様はともかく、それ以外の情報は知らなかった。
しかし、どこにも、そして、誰にも伝えようがない情報だとも思う。
それをオレ伝えてどうしろと?
スッパーン!!
小気味良い音が、部屋に鳴り響く。
「グリス国王陛下? 情報国家の国王陛下である貴方は、本当に余計なことしか言わないわね?」
千歳さんがハリセンでイースターカクタス国王の後頭部を叩いた音だった。
「相変わらず、面白い物を持ち出す女だな、チトセは……」
「だまらっしゃい!! 純朴な青少年に向かって、なんの話をしてるの!?」
どうやら、途中経過はともかく、その部分だけ聞かれてしまったようだ。
「九十九は……純朴だったの?」
そんなほけ~っとした顔で問われても困る。
そして、こいつはどこまで聞いていたのだろうか?
「お前の母親に確認しろよ」
オレはそう言うのが精いっぱいだった。
結局、そのまま、その話は有耶無耶になってしまったのだが、それは果たして良いことだったのだろうか?
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