仕切り直し
「では、改めて紹介しましょう。私の娘、栞と、その護衛をしてくれている九十九くん」
「改めて、よろしくお願いいたします」
母から改めて紹介されたため、わたしは裾を持って一礼をし、九十九もそれに続いて跪く。
「こちらこそ改めて、よろしく、シオリ嬢とツクモ坊……。む? 『シオリ嬢』はともかく、『ツクモ坊』って少し言いにくいな。ツクモと呼び捨てさせてもらっても良いか?」
「はい」
九十九は顔を伏せたまま、答える。
立場的に、断ることなんてできないよね。
しかし……、若い女性には「嬢」で、若い男性には「坊」と呼ぶってことなのは分かるのだけど……、言いにくいという理由から九十九を呼び捨てにするって、なんとなく不思議な気がした。
ストレリチアの王子殿下のことだって「グラナディーン坊」と言ってしまうような人なのに。
「なんか、堅苦しいな、お前たち」
イースターカクタス国王陛下はそう言うが、相手は一国の王だ。
母のような態度をとることができる方がおかしいと思う。
「……イースターカクタスと一緒にしないでくれる? イースターカクタスは話すことが美徳だけど、セントポーリアは黙して語らぬ国なの」
でも、会合を見ていた限り、セントポーリア国王陛下はしっかり自分の意思を言葉にしていた気がする。
「シオリ嬢たちがセントポーリアにいた期間は二か月もないだろ?」
そして、なんでそんなことまで知っているのでしょうか?
なんとなく、あの「紅い髪の青年」を思い出した。
でも、この国王からは彼ほど、あまり危険な印象は湧かない。
どちらかと言うと、「聖女の卵」の化粧をしている時に会う神官たちの方が、よっぽどか危険な気配がする。
「他国で情報国家の評判や印象が良いと思って?」
「……ああ、なるほど」
母の言葉で、それに思い当たったらしい。
「確かに、お前やハルグブンがどこか可笑しいだけで、大半の人間はこんな反応だな」
そう呟くと、イースターカクタス国王陛下はわたしの顔をじっと見つめた。
困るなあ……。
この王さまの顔が良すぎて……、まともに見たくないのだけど……。
正面から見ると、緊張してしまうのだ。
「シオリ嬢の好きそうな話題……、昔のチトセの話か?」
「……迷いもなく、当人の目の前で選択する話題かしら?」
「『初対面ビンタ事件』と『兄王子撃退事件』辺りは、お前も流石に話してないだろ?」
「よりにもよって、その話題!?」
イースターカクタス国王陛下の言葉に母が珍しく慌てている。
どうやら、母にとっては話してほしくない昔話らしい。
しかし……、明らかに嫌な予感しかしないタイトルですが……。
「仕方ない……。当人に聞く」
「初めからそうしてくださいな」
母は肩を竦めた。
「そんなわけで、シオリ嬢が興味のある話は何かあるか?」
いきなりそう言われてもすぐには出てこない。
だから……。
「イースターカクタス国王陛下は、どこで母と知り合ったのですか?」
わたしがそう尋ねると……。
「お前の娘は、『初対面ビンタ事件』が気になるらしいぞ」
「……アレは単純に、貴方がセントポーリア城内で不埒な行いをしようとして、私から引っ叩かれただけの話でしょう?」
ちょっと待って?
「……母さん、どこから突っ込めば良いの?」
他国の城に来て、不埒な行いとやらをする王も王だが……、それを引っ叩いたという母もどうなの?
「昔のチトセは、本当に気が強くて狂暴だったんだよ。まあ、だから、あの警戒心が強いミヤドリードも懐いたのだろうけどな」
ふおっ!?
今、さり気なくこの情報国家の王さまは、さらっと新情報を追加しませんでしたか?
「なるほど、お前たちはミヤドリードのことは知っているのか」
いや……、落ち着け。
母の友人で、九十九たちの師であるミヤドリードさんのことをこの王さまが知っているのはおかしな話ではない。
「わたしが知っているのは、母から聞いた話だけです。わたし自身は、申し訳ありませんが、彼女のことを覚えていません」
わたしがそう答えると、イースターカクタス国王陛下は面白そうに目を細めた。
「ほう……、ミヤドリードのことをどこまで聞いた?」
ぬ?
どこまで?
……ああ、これは試されているのか。
「母の友人で、わたしの幼い頃の世話係でもあり、師でもあったと聞いています」
記憶を封印したから、その顔すら覚えていないのだけど。
「他には?」
……さらに試されているなあ……。
「どんな回答をご希望でしょうか?」
だから、わたしはこう返そう。
この人のご期待に応えられるかは……、分かりませんけれど。
「何故、俺が、セントポーリアにいた人間を知っているのかは分かるか?」
「イースターカクタスの国王陛下だから……でしょうか?」
あの日、別れ際にわたしが母から聞いた言葉。
そして、あの時、預かった物。
それらを繋げれば、これが最適解だと思う。
「……チトセ、お前の娘、面白いぞ」
「その意地悪な回答法は、私の教育ではないわね」
イースターカクタス国王陛下の言葉に、母がにこやかに答える。
「ミヤドリードのことを覚えていないと言うのは?」
「わたしには、5歳以前の記憶がありません。人から聞いた話ですが、記憶と魔力を封印したようなので」
わたしはペロリと言ってしまう。
自分のことだし、これを隠したところで、誰の何の利にもならない情報。
どうしたって、わたしが魔界人として欠けているのだから、話しているうちにボロが出ること間違いないだろう。
それなら、下手に誤魔化すより、話していた方が楽だよね。
「魔力の封印と言うが、シオリ嬢は、かなりの魔力の持ち主だと見える」
おや?
それはバレているようだ。
「魔力の封印については、縁あって、この国の大神官さまより解呪していただきました。ただ、記憶の方は、人間界で人間として生きてきた期間が長すぎるため、そのままだと聞いています」
実際は、もっといろいろな経緯があったのだが、そこについては細かく説明する必要もないだろう。
何より……、全部、人から聞いた話でもあるから。
「ああ、大神官に。それで……、あの堅物に懐いているのか」
「懐……?」
「あの男に純粋な好意を示すのは、この国の王女ぐらいだと思っていたから、先日、シオリ嬢に会った時は驚いたぞ。しかも、あの男が庇うとか……。実に珍しいモノを見せてもらった」
満足そうに頷くイースターカクタス国王陛下。
でも、それはなんとなく不思議に思う。
恭哉兄ちゃんは、優しいし、何よりも……。
「大神官さまは、周囲に愛されている方だと思いますが?」
彼を慕っている信者も神官も多いことは知っている。
「それは、純粋な意味で?」
実際、ストレリチア城下で彼のことを盲目的に敬愛している見習神官たちから追い回された過去がある人間としては、そう問い返されると……少し悩ましい。
「あの方は、純粋で、盲信的に愛されていると思います」
わたしがそう言いなおすと、イースターカクタス国王陛下が吹き出し、九十九が笑いを堪えた気配がした。
「チトセ、この面白い娘をくれ」
「当人が納得すれば、どうぞ?」
あっさりと母はわたしに選択を委ねた。
「シオリ嬢、そこのツクモ込みで、イースターカクタスに来る気はあるか?」
「……今の所、ないです」
「先は分からない……と?」
「イースターカクタスがわたしにとって、居心地の良い場所かは分かりませんから。少なくとも、当人の意思を無視して拉致するような王子殿下がいる国など、わたしにとって、不安でしかありません」
「ああ、シェフィルレートか……」
わたしの言葉に心当たりがあったイースターカクタス国王陛下は、大きな溜息を吐く。
「……ちょっと待って」
さらりと流そうとした会話。
でも、そこで制止の声が入った。
「当人の意思を無視して拉致って…………、一体、何の話かしら?」
そう口を開いた母は……、珍しく、凍り付くような声でわたしたちにそう問いかけたのだった。
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