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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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省みたくない過去

 雄也先輩が、移動魔法……いや、転移魔法を使ってくれたので、不自然じゃない程度の時間に本屋に着くことができたと思う。


 ただ、ワカに話の内容を聞かれた時、どう答えるかは迷うところだ。


 まさか、松橋くんの彼女が夢魔で九十九の夢の中に現れて襲ったとか、さらにその松橋くんから夢魔(かのじょ)を退治しないでほしいと懇願されたとか、ついでに真理亜と階上くんが魔界人で魔界に関わるなと警告されたとかそんな話ができるはずもない。


 だけど、そんなわたしの考えは徒労に終わってしまった。


 ワカは、わたしと雄也先輩を見るなりこう言ったからだ。


「ああ、笹さんのお兄さんと会ってたんだ。それなら、多少遅くなるのも仕方ないね」


 ワカは雄也先輩のことを知っていたようだ。


 まあ、彼女は顔が整った殿方を観賞用として好きだし、彼はこれだけ目立つ顔だ。

 同じ小学校にいながら覚えていないわたしの方がおかしいと思う。


 そして、正直、状況をどう説明しようかと迷っていたところだった。

 突っ込みが入らなかったのは、幸いだったんだと思う。


 だけど、まったく話さなくてもいいというのは逆に拍子抜けというか、居心地も悪いのは何故だろうか。


 ただ、苦虫を噛み潰したような顔で、何冊かの本を購入していたところを見ると、嫌なことがあったのだろうなと言うことは予想できてしまう。


 ワカは、イライラすると、本とかを大量購入することがあるのだ。

 まあ、わたしにもある癖なのだが。


 わたしと別れる前には普通だったし、松橋くんにわたしが呼び出されたことと関連もなさそうな気がする。


 ……ということは、わたしと別れてから今の時間までに何かあったと考えるべきだろう。


 しかし、それを口にして、下手に機嫌を損ねても良いことはなさそうだ。

 寧ろ、八つ当たりをされる予感さえある。


 うん、ここは、何も触れないでおこう。

 そうしよう。


***


「彼女が若宮恵奈さんか……。なるほどね……」


 不自然なほど口数が少ないワカと別れた後、雄也先輩がポツリと言った。


「雄也先輩は、彼女のこと、知っていたんですか?」


 ……というか、わたしが挨拶を交わしている二人を見たところ、お互い話したことはないけど顔は見知っているような雰囲気を醸し出していた気がする。


「話したのは、今日が初めてだったと記憶している。でも、小学生時にキミや九十九の近くにいた子のことなら、ある程度は覚えているよ」

「え……?」


 ……小……学…………生?


 わたしは余程、不思議そうな顔をしていたのだろうか?


「……俺にも人並みに小学生時代はあるよ?」


 雄也先輩はそう言って笑った。


「いえ……、そこではなくて……。雄也先輩は小学生の頃のわたしをどれぐらい知っていますか?」


 確か、初めて会った時に「大人っぽくなった」と言っていた。


 彼ら兄弟は、わたしたち母娘を探していたのだから、顔が似ている人間を調べるのは自然な流れだと思う。


 だから、ある程度は知っていてもおかしくないが、その周囲の人間まで知っていると話はちょっと変わってくる気がする。


「栞ちゃんとも直接話したことはなかったね。九十九から聞いていた話と、自分の周りに聞こえてくる話ぐらいかな」

「ええっ!?」


 雄也先輩の周りにまで聞こえる話って何!?


「二学年下にいる弟が可愛い子と遊んでいれば、誰だって気にするし、周りも気にかけてくれるよ。弟がそれなりに人目につきやすかったみたいだからね。そう言った意味では、情報に事欠かなかった気もするな」


 さらりとわたしを持ち上げることを忘れない。


「うううっ」

「…………どうしたの?」

「しょ、小学生って消したい過去とかありませんでした?」


 その当時は気にしなくても、後から省みるとかなり自分でも阿呆だと思えることもしている。


 それをどこからどこまで、他の人に見られていたんだろう?


 コレとかソレとか、まさかアレを見られたりしたら、ちょっと、いや、かなり恥ずかしいかも?


「まあ、人生、埋めたくなるような歴史は付きものだ。そして、これから先も消したくなるような過去は増えていくのだろうね」


 ううっ。

 それは、予言ですか?


「具体的にはどんな話を?」

「小学二年生の頃、スカートめくりの常習犯だった同級生を、デッキブラシを手にして追いかけたとか?」

「うわああああぁ!!」


 それは、ワカや高瀬と会う前の話。

 ワカは、その後ぐらいに転入してきたし、高瀬とはクラスが違った。


 いや、その子があまりにも気の弱そうな子ばかりを狙うから腹が立っていたのだ。


 わたしも気が弱いと思われていたみたいで、めくられかけたら……、結果は掃除道具を武器として、ぶん回すような娘だったわけで……。


「……って、それ、九十九関係ないじゃないですか!?」

「その同級生、報復に九十九を使おうとしたらしいよ?」

「へ?」

「報復って言うより、まあ、仕返し……かな? 九十九が一蹴したらしいけど」


 知らなかった裏話。


 でも……、あまり知られたくもない、自分の話。


(ほうき)ではなく、デッキブラシとはまた通だなと思ったもんだ。」

「いや、たまたま手近にあったので……」


 箒で人を叩くのは縁起も悪いらしいしね。


 因みに、それ以来、わたしはあまりスカートを学校に穿()いて登校することを止めたのだった。


 スカートを穿()くという行動が、自分の弱味のように思えたからかもしれない。


「ただ、若宮さんと高瀬さんが同じクラスになってから栞ちゃんも落ち着いたみたいだね。」

「わたしが動かなくても、あの二人は動かずに何とかしちゃうので……」


 あの二人を見て、自分の行動が恥ずかしくなったとも言う。


 武器を持って戦う力ではなく、言語で戦う方法を教えてくれたのが二人なのだ。


「じゃあ、九十九が知らないエピソードを一つ」

「へ?」


 雄也先輩は微笑みながら言った。


「中学一年にして、ソフトボール部のスタメンをただ一人掴み取ったんだってね?」

「え? まあ。でも、あれは実力ではなくて……」


 どちらかと言うと、運だけだった気がする。


 水尾先輩が生徒会長になり、忙しくて部活に顔を出せなくなってしまったから、同じ守備位置だったわたしが起用されただけの話なのだ。


「他のスタメンに選ばれなかった先輩たちの納得がいくように、誰よりも練習したのだから、十分実力だと思うよ?」

「え……」

「通常の部活動に加え、バッティングセンターにも通って練習していたよね? 暇を見て、千歳さまとキャッチボールをしたりとか……」

「そ、それは、母も中学生のときに元ソフトボール部だったから付き合ってもらえて……って、なんで、そんなことまで知っているんですか?」


 バッティングセンターの話は、ワカや高瀬ぐらいしか知らないはずだ。


 母とのキャッチボールにいたっては、一部の公園利用者ぐらいしか知らないと思う。


 秘密の特訓ってわけではないけれど、なんとなく恥ずかしい気がしたのだ。


「バッティングセンターは、この近隣に一箇所しかないからね。それに女の子が行くのは珍しいから、通い詰めていたら結構、印象に残るものだよ? 俺も何度か見かけたし。まあ、キャッチボールの話は、キミの母君からの後付け情報だけどね」

「雄也……先輩って……怖いです」


 自分の行動を、誰かがどこかで見ているってことがこんなに怖いことだなんて思いもしなかった。


 今まで想像しかしなかったけど、ストーカーを恐れる人の気持ちがちょっとだけ分かった気がする。


「陰で言われたことはあるけど、その言葉を正面切って言うのは弟ぐらいかな?」


 それでも、笑顔を崩さないところがますます恐ろしい。


 背筋にぞぞっと寒気が走る気がした。


「で、これからどうしようか?」


 不意に、足を止めて雄也先輩が尋ねた。


「このまま帰ってもいいけど、どこか寄りたいところがあればお付き合いするよ」


 寄りたいところ……、さっき、本屋には寄った。


 あとこの辺にあるのは……、そう考えて足を止める。


「さっき話に出たバッティングセンターに少し寄りたくはなったんですけど、この格好じゃちょっと……」

「ふむ……」


 流石に、この制服……、それもプリーツスカートでは足に纏わりつくので、スイングの邪魔になる。


「そこはなんとかするよ。確かにその格好でバッティングセンターは人目を引きすぎるからね」


 そう言って、雄也先輩はわたしの手を引き、この近隣唯一のバッティングセンターへと向かう。


 自然に、手を繋がれたことが、わたしは嬉しいような照れくさいようなそんな不思議な感覚だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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