母への報告
「母さんは、わたしが何故、この国にいたのかは知っている?」
「知らなかったわ。だから、本当にビックリしたの。まさか……、貴女とこんなに早く会えるとは思っていなかったから。後数年はかかると思っていたの」
それについては、わたしもいろいろと言いたいことがある。
だけど、それよりも先に、母に伝えなければならないことがあった。
「わたしたちは、カルセオラリア城の崩落に巻き込まれたの」
「……あらあら、もしかして、栞がカルセオラリア城を破壊しちゃった?」
少しの間をおいて、とんでもないことを言う母。
一体、娘をどういう目で見ているのか?
あれ……?
その言葉に間違いがない気がしないでもないが、あれは意図的ではない。
少なくとも、発破そのものはわたしの意思ではなかった。
「あれはわたしのせいじゃないよ」
少なくとも、あそこまで用意周到に準備されていたのだ。
爆破スイッチを押させてしまったのはわたしかもしれないけど、爆発そのものまでわたしのせいにされては困る。
「娘はこう言っているけど、本当? 九十九くん?」
母? 何故、わたしではなく、九十九に確認するのでしょうか?
「あれを、高田のせいにされては敵いませんよ」
九十九も苦笑している。
「それで、私は詳しくその話を聞かせてもらえるのかしら?」
母の目がすーっと細くなった。
「イースターカクタス国王陛下がいつ戻ってくるか分からないから、この場で全部話すことは無理だと思う」
あの様子だと、またここに戻ってくる気がした。
それも、短時間で。
「母さんは、わたしたちについて、どこまで知っている?」
少なくとも、ある程度のことは雄也先輩から報告を受けていると思っている。
「水尾さんの身内に会うために、カルセオラリア城まで行った所までは知っているの。でも、その後、連絡がなかった矢先に、あの騒ぎでしょう? 本当に心配したわ」
母はそう言いながら、微笑んだ。
死者はいなくても、自分の娘がその城にいた可能性を考えれば、穏やかでいられるはずもない。
心配させてしまったことに間違いはないだろう。
しかし、問題は、わたしがその渦中にいたことだ。
それをどう伝えたものだろうか。
さらに、その結果、更なる事態を引き起こしてしまった。
自分がきっかけとなって起こったカルセオラリア城の崩壊、ウィルクス王子の死、そして、雄也先輩の大怪我。
これって……、下手な伝え方をしてしまえば、落ちるのは雷以上のものかもしれない。
……ストレリチアにて「裁きの雷」三度?
「高田……、兄貴のことについては、兄貴自身に報告させるから、お前は黙ってろ」
迷っていたわたしから、何かを察したのか、九十九が後ろからこっそりとそう言った。
「でも……」
それでも、わたしがしでかしたことの結果だ。
このまま、黙っておくことも躊躇われる。
「良いから。セントポーリア国王陛下にならともかく、千歳様には言うな」
九十九の懇願にも似た言葉で……、わたしは思い出した。
少なくとも、雄也先輩はこの母に、今でも好意を持っていることを。
その気持ちが恋愛かどうかは置いておいて、少なくとも思い余って抱きしめたくなる程度には想っているのだ。
それなのに、わたしを庇って大怪我をしてしまったと報告されたら……、あの人はどう思うだろうか?
「栞?」
黙ってしまったわたしに、母が声をかける。
「カルセオラリア城の崩落については、兄から報告させます。当事者の一人なので、詳細をお渡しできるでしょう」
九十九がわたしの代わりにそう答える。
「……やっぱり栞が絡んでいるのね?」
「いや、『やっぱり』ってなんなの?」
「そんな気がしていたのよね」
母が頬に手を当てて、大きく息を吐いた。
「今回のことは、本当に高田はただの被害者ですよ、千歳様。ただ……、オレが守り切れなかっただけです」
九十九がわたしを庇うようにそう言ってくれた。
「貴方たち兄弟が頑張ってくれていることは分かっているの。問題は、栞にその自覚がないことなのよ」
「いいえ。今回、オレはあの騒ぎの中、高田から離れました。護衛だというのに、彼女の傍にいなかったのです」
いや、でも、あれは九十九も悪くないよ?
それに、彼の意思で離れたと言うより、湊川くんから転移によって離されたというのが正しかったわけだし。
「九十九くんが、栞から?」
母が少し、驚いたように九十九を見た。
それだけ、その行動は母にとっても意外な言葉だったのだろうか?
でも、九十九が過保護だって思うようになったのは、セントポーリア城下を出てからだったと思う。
だから、母は、九十九の過剰な護りについては知らないと思っていた。
人間界とセントポーリア城下でも、わたしは九十九と一緒に行動することが多かったせいでそう思ったのかな?
「オレはあの時、カルセオラリア国王陛下たちを助ける方に向かいました。本来、優先すべきは高田の方なのに」
その言葉は、少しの悔恨が込められている気がした。
護るべき主人の下へ駆けつけるよりも、目の前にいた傷だらけの人間たちを助ける道を選んでしまった護衛として。
だけど、そのこと自体は胸を張って良いことではないだろうか?
その迷いの結果として、彼は、カルセオラリアの多くの人間たちを救うことに繋がったと聞いている。
そして、その彼の行動がなければ、今日の会合の結果だって変わっていた可能性だってあるほどに。
「あ~、それは仕方ないわ。確かに、貴方は栞の護衛だけど、そのすぐ近くで中心国の王族が危ない目に遭うのなら、魔界人としては、そちらを優先すべきよ。どこの国も、王に代わりはいないのだから」
母は、あっさりとそんなことを言った。
それはそれで、酷いとも思ってしまうわたしは悪くないだろう。
王がその国でたった一人の存在ならば、貴女の娘もこの世界でたった一人の存在なのですよ?
「それに、九十九くんがそちらに行ったなら、雄也くんが栞の傍にいたのでしょう?」
「「え!? 」」
さらに続いた言葉に、わたしと九十九の声が重なった。
なんで、そんなことが分かるのだろうか?
「九十九くんが、栞の隣を譲るのは、昔から雄也くんに対してだけだったものね」
母がくすくすと笑いながら、九十九に向かってそう言った。
「そうなの?」
なんとなくわたしは彼に確認するが……。
「……覚えがねえな」
九十九はそう言って、ぷいっと横を向いた。
仮に覚えていても、それは「高田栞」ではなく、彼の幼馴染である「シオリ」のことだ。
「でも、昔も言ったけれど、雄也くんも、九十九くんも、娘のお守りに飽きたら他のお仕事を探しても良いのだからね」
母は、わたしと同じことを言う。
どうやら、昔から言われてはいた言葉らしい。
それでも……、彼らは12年経った今も、記憶を封印してしまった後も、わたしを守ってくれているのだ。
そのことが、凄く嬉しかった。
「飽きることはないから大丈夫ですよ」
「あら」
九十九の言葉に母が何故か嬉しそうな顔をした。
「毎日が本当に退屈しません」
「あら?」
そして、さらに続いた九十九の言葉に母が苦笑する。
うん。
九十九が言いたいことはよく分かった。
人間界でも、セントポーリアでも、ジギタリスでも、ストレリチアでも、カルセオラリアでも。その経路を含めて、わたしは常に何かしらのトラブルに巻き込まれているのだ。
それを考えれば、わたしの近くにいれば、退屈することなど一切ないと言えるだろう。
でも、わたしだって平穏が良いのですよ?
「千歳様、高田。そろそろこちらに見えるようです」
「……あら、もう?」
二人の反応で、情報国家の国王陛下がまたこちらに向かっていることが分かった。
「よく分かるね」
「あれだけ、光の気配が強ければな」
九十九はそんなことを言うが……。
「あの王さま、光より、地の属性を強めているっぽいけど?」
だから、分かりにくいのだ。
寧ろ、光属性は完全に封じていると思っていた。
近くにいれば、身に着けている装飾品から地属性の魔気が大量放出されているだけというのは分かるのだけど、離れると地属性の人たちに完全に紛れてしまう。
「……そうなのか? オレの眼には王子殿下以上に眩しい光しか視えない」
「……そう言えば、王子に会ったのだっけ?」
しかも捕獲されるとは……、気に入られ過ぎだろうと思う。
報告を聞いていた時、雄也先輩はかなり複雑な顔をしていたけど、仕方ないよね。
「九十九くんは、栞より眼が良いから分かるのでしょうね。私には可視化してくれないと分からないから羨ましいわ」
母が、そう言った時、部屋の扉が開け放たれた。
「戻ったぞ! 内緒話は、済んだか?」
誰か、王族、王さまという存在に「ノック」というものを教えてください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




