上手に付き合う方法
素直に部屋を出ていくイースターカクタス国王を見送ると、母がわたしに向き直る。
「では、改めて……」
母がコホンと咳ばらいをし……。
「久しぶりね、栞。そして、九十九くんも……」
そう穏やかな微笑みを浮かべた。
「改めて……、ご無沙汰しておりました、千歳様。お変わりないようで何よりです」
九十九が一礼する。
だが、わたしはそんなに簡単に切り替えられない。
「栞からの挨拶は?」
母があまりにも嬉しそうに尋ねてくるから……。
「お久しぶりでございます、『チトセ=グレナダル=タカダ』さま。セントポーリア国王陛下の秘書たるあなたさまにお声かけ頂き、光栄に存じます」
そう言いながら、両手、両膝を付いて、深々と礼をして差し上げた。
セントポーリアの女性が行う最敬礼である。
「あら、本当に教育が行き届いていること」
だが、母は気にした様子もない。
いや、かえって嬉しそうだ。
「お前……」
九十九が何か言いたげだが、言葉を呑む。
「洗いざらい、話していただきましょうか、お二人とも」
「千歳様はともかく、オレもかよ?」
「当然でしょう?」
少なくとも、九十九は母の現状を知っていた。
知っていて黙っていたのだ。
ある意味、母よりタチが悪い。
「千歳様、盗聴の可能性は?」
「ゼロよ。他の情報国家の人間についてはともかく、あの人自身は、許可なく他人の話を盗聴したり、通信を傍受することはしないわね。得られた情報より、バレた時の信用失墜の方が痛いらしいわ」
「それって、部下にさせる可能性はあるってこと?」
少なくとも、セントポーリア城の状況は何らかの手段で知っていた。
つまり、自分がしなくても、誰かがしている可能性はあると思う。
「そちらはあるかもしれないけど、今回に限ってはないと言い切りましょうか」
そう言いながら、母は胸を張った。
そのどこか誇らしげな表情に……。
「……なんで、母は、イースターカクタス国王とそんなに親しいの?」
思わず、そう尋ねていた。
「あの人は……、数少ない友人だから」
そう微笑む母は、わたしの知らない表情をしている。
「栞が生まれる前、私の友人が死にかけて……、それを助けるための力を貸してくれた人なの」
「友人って……、もしかして、ミヤドリードさん?」
わたしが知る限り、この世界の母の友人で名前を知っている人はその人しかいない。
母は、一瞬だけ悲しそうな視線を向けたけど……。
「いいえ、ミヤもあの人にはお世話にはなったけど、死にかけたのは別の友人よ」
セントポーリア城下から出る時、母から少しだけ聞くことになったミヤドリードさんの話。
それと繋げようとしたけど……、ちょっとわたしは考えすぎたみたいだ。
「ミヤも……、お世話になった?」
九十九がどこか不思議そうに呟く。
「ああ、九十九くんは、周囲に頼らない強いミヤしか知らなかったものね。昔のあの子もそれなりに迷いがある悩み多き乙女だったのよ?」
「……信じられません」
九十九の言葉は、取りようによっては、かなり問題発言になる気がするのはわたしだけだろうか?
母もそう思ったのか苦笑した。
「まあね。情報国家ってだけで、どの国も警戒するし、疑いもするのは仕方ないわ。栞が国から出て結構経つけど、その間にもあの国についてはいろいろな話を聞くこともあったでしょう」
その情報国家に関しては、「いろいろな話」のほとんどは、身内から聞かされたものばかりである。
信用している人たちが警戒しているのだから、わたしがそうなるのもおかしな話ではないと思うのだけど……。
「だけどね、栞。考えてもごらんなさい?」
母はクスリと笑ってこう言った。
「貴女は何を隠す必要があるの?」
「「は?」」
母の言葉にわたしだけではなく、九十九も短く問い返した。
わたしって隠すことばかりではなかったっけ?
「あの人は、貴女が私の娘だと知っている」
「そうだね」
それは、母の友人だし、わたしは覚えていないけれど、会ったこともあるということは知った。
わたしは、覚えていないのだけど。
「あの人は、貴女がセントポーリアの血を引いていることを確信している。私は貴女たち以外には一度もそう言ったことはないのにね」
「……そう、みたいだね」
母は誰にも言わないだろう。
でも、それでもあの人は確信していた。
それは、ある意味、母を理解していると言うことでもある。
母の相手が……、セントポーリア国王陛下以外であるはずがない……、と。
「そこまで知られているのに、今更、何を警戒するの?」
言われてみれば……、わたしが持つ最大級の秘密は既に知られているのだ。
まあ、他には「聖女の卵」のこととかも……、いや、その辺りについても、別にあの人に隠す理由はあまりないのか。
あの人が知ったところで、それを大々的に公表をするとも思えない。
「情報国家と上手に付き合う方法は、まず、自分のことだけ話すこと」
母は笑っているけど、真面目な口調でそう言った。
「自分のことだけ?」
わたしはそう問い返す。
「そう。でも、勿論、自分以外のことは駄目よ。それが自分に関わる友人、親や兄弟姉妹のことであっても、その人自身は隠しておきたいことはあるかもしれないから」
「まあ、勝手に話すのはよくないことだよね」
うっかり話しちゃいそうで怖いけど、そこは注意すれば大丈夫……なのかな?
「だけど、反対に自分のことはある程度、話しても何も問題ないわ。隠したいことは自分で判断できるでしょう? 寧ろ、話した方が良いことに繋がることもあるぐらいだわ」
「それはなんで?」
自分の情報を自ら話せ……というのはよく分からない。
いや、わたしの情報にどれだけの価値があるのかも……、結局のところ、あまりよく分かっていないのだけど。
「情報国家に、自分の口で伝えたことに対しては、一定基準の守秘義務が生じるから。情報国家は得られた情報については、簡単には公開しないのよ? まあ、その情報開示の判断は伝えた相手に委ねられるけどね」
「つまり、明確な基準はないのね」
「大事だと思う情報は人によって変わるから、そこは仕方ないわね。その判断も含めて情報国家だから」
「なかなか難しい」
でも……、確かに自分の話した内容が、別の誰かに筒抜けになるわけではない……ということは分かる。
「まあ、話したくなければ無理して話す必要はないのよ。でも、無意味に警戒しても、かえって、相手を喜ばせるだけだというのは確かね」
「喜ぶ?」
警戒すれば喜ぶって意味が分からない。
「困ったことに、あの国は好奇心が強い人間が多いの。そして、隠すってことは知られたくないほどのことがあるってことでしょう? どんどん、追求を始めるわ」
母は、どこか遠い目をして言う。
昔、何かあったのだろう。
……その相手は、あの国王かな?
「厄介な国だね」
「そうね。だから、隠そうとしてかえって、余計に情報を与えてしまう人の方が多いの。本当に困ったものよね」
「いや、そこは笑うところじゃないと思うよ、母」
まあ、確かに誰かに知られて困るようなことって、実は、わたし自身にはそこまで多くない気がする。
セントポーリア国王陛下の血を引いていることが、最大級のものだけど、それは既にあのイースターカクタス国王陛下には知られているようなことだ。
他には、義兄に手配書まで出されて追われていることだけど……、既に手配書が回っている時点で、秘密でもないし、その追われている理由については、実は、わたし自身でも正直よく分かっていない。
「結局、隠したところで調べ上げる国なのは確かよ。だから、下手に隠しごとなどしないで、自分から話して相手の口を塞ぐ方が楽だと思うわ」
「……それなら、なんで、あんなに警戒される国なの?」
隠しても暴かれるなら、隠さない方が良い。
それを知っているなら、警戒は無意味ではないだろうか?
「誰も知らないはずのことを、何故か知っているって怖いことでしょう?」
「ああ、なるほど……」
確かにその恐怖は分かる。
「でも、そう言ったものだと割り切って付き合うことができるならばそこまで大変な国ではないはずなのにね」
それは無理だろう。
知っていても、怖いものは怖いのだ。
この辺りについては、わたしも感覚がおかしくなっている自覚はあるが、確かに、あのライトが「ストーカー」と知るまでは、自分のことを何故知っているのかが分からず、かなり怖かった覚えがする。
いや、「ストーカー」というものは、本来怖いモノだって分かっているけど、自衛できないし、日常的に問題はなさそうだから、空気のように思うしかない……と諦めたというのが正しい。
でも、それが誰でも割り切れるかと言えば、そんなはずはないだろう。
「まあ、付き合っていくうちに慣れるわ」
母はあっさりとそう言うが……。
「雄也先輩や水尾先輩でも警戒する国なのに?」
そこがひっかかるのだ。
わたしが信頼している二人が口を揃えて「気を付けろ」と言う。それで、全く注意しないことはできない。
「水尾さんは王族だからもともと、警戒心が強いのは当たり前。国の重要機密まで知っていたりするから、そう教育されてきたことでしょう」
忘れがちだが、水尾先輩は魔法国家アリッサムの第三王女だ。
だから、国の機密を無意識レベルまで理解していたかもしれない。
そして魔法の知識が深い彼女は、国が秘匿していた魔法もその知識の中に隠している可能性はあるのだ。
「雄也くんは、誰に対しても警戒しちゃう子だから仕方ないわね」
母にかかれば、二十歳目前の雄也先輩でも「子」扱いなのか……。
そう考えた時……、わたしは大事なことを思い出したのだった。
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