唐突な闖入者
「先触れもなしに悪いが、シオリ嬢、迎えに来たぞ」
その言葉は本当に、唐突で、わたしたちは反応が遅れたと思う。
ワカや他者の気配にかなり敏感なオーディナーシャさますら、動けなかったのに、すぐに反応したのは、やはり、わたしの護衛である九十九だった。
この場で彼だけはもともと、立っていたこともあるが、これについては場数としか言いようもない。
それだけ、彼が様々な場面に出くわしている証明にもなってしまうのだけど。
ノックもなしに扉が開け放たれたその瞬間、九十九は迷いもなくわたしの前に身構えて立った。
声を聞くまでもなく、扉が開く前に、その気配に反応できた彼は、相手が分からなかったはずがない。
向かい合うその相手は、先ほどまで中心国の会合で議論をしていたはずのイースターカクタス国王陛下。
光の神ティアルさまより守護を受けているライファス大陸。
その中心国の頂点に立つ人間だというのに、何の躊躇いもなかった。
「完璧に気配を消して開けたはずだが、なかなか反応良いな、坊主。そして、今日は黒髪か。前の銀髪よりもそっちの方が似合っている」
そんな九十九の状態を、特に気にした様子もなく、イースターカクタス国王は、ニヤリと笑った。
そして、前に会った時は銀髪だったが、今は本来の色であることも気付かれているらしい。
「入室の合図もなしに失礼した、お嬢さん方。少しでも早くシオリ嬢に会いたくて、気が早ってしまった」
イースターカクタス国王陛下は、わたしたちにも声をかけるが、誰も二の句が継げない状態。
中でも、ワカが固まっているのはかなり珍しい。
「ご無礼いたしました、イースターカクタス国王陛下」
九十九が、敵意がないことを確認したのか、身体を横に避ける。
そして、両手を床に付けて顔を伏せた。
「いや、気にするな。護衛としては当然の反応だ」
一見、気さくな声かけ。
だけど……、油断はできない。
それが、この相手だ。
それは、数日前に会話したわたしも九十九も、よく分かっている。
「またお会いできて光栄に存じます、イースターカクタス国王陛下」
わたしは、そう言いながら、両手でスカートの裾を持ち上げ、軽く一礼し、慌ててワカやオーディナーシャさまも同じように一礼する。
「そうか、俺も嬉しいぞ。シオリ嬢」
そう言って、イースターカクタス国王は胸に手を当てて、一礼してくれる。
「それと、ケルナスミーヤ嬢に、オーディナーシャ嬢か。話に聞いていたが、お二人とも美しいな」
なんと分かりやすい社交辞令。
わたしは思わず噴き出すかと思ったが、なんとか我慢した。
いや、彼女たちへの褒め言葉に対してではない。
確かに二人とも見目が悪くはないけど、言われた当人たちが笑うのを我慢したのが分かってしまったのだ。
その新鮮な反応に笑いたくて仕方がない。
だが、相手は情報国家の国王だ。
それを忘れてはいけない。
「ああ、オーディナーシャ嬢においては、本名の方が良かったか?」
「いえ、お気になさらないでください、イースターカクタス国王陛下」
突然の奇襲攻撃にも動じないオーディナーシャさまの笑顔は本当に凄いと思います。
彼女は人間界で育ったためにもう一つの名前がある。
だが、それはグラナディーン王子殿下の婚約者となった時に封印すると決めたらしい。
でも……、魔界人としての命名の儀を行っていない彼女は、まだ昔の名前を名乗ることもできるのだ。
簡単に人間界での名前を捨て去ることができるなら、いろいろ迷うこともないのにね。
「お初にお目にかかります、イースターカクタス国王陛下。ご高名はかねがね、伺っております」
そう言いながら、オーディナーシャさまは再度、優雅に一礼をした。
「こちらこそ、もう一人の『聖女の卵』である貴女にお会いできて光栄だ」
……本当に怖いよ、
この御方。
さりげなく「もう一人」って今、言った。
わたしはもう顔が上げられない。
「そして、ケルナスミーヤ嬢も初めましてだな」
「はい。私もお初にお目にかかります、イースターカクタス国王陛下。ご拝顔叶いまして、光栄でございます」
「一度、会ってみたかった。グラナディーン坊の執心する妹で、あの堅物を落とした麗しき姫君を」
「…………光栄に存じます」
今の間に、ワカの中で、どれだけの困惑があったのだろうか?
しかし、相手は一国の、それも中心国の国王陛下だ。
そうなると、王子の婚約者や王女という立場でも、簡単には話すことなどできない存在である。
そんな人がなんで、こんなに気軽に訪問してくれているのでしょうか?
本当に困るのだけど。
「ところで、お嬢さん方。これから、シオリ嬢を連れ去ってもよろしいだろうか?」
……やめてください。
それはもう命令ですよね?
「「是非に」」
声を揃えてそう答えた友人たち。
おいこら?
キミたち?
友人を迷いなく簡単に売り渡さないでくれるかい?
だけど、ワカの瞳が、「この厄介な人を、早く連れて出せ」って言っている。
そして、その横にいるオーディナーシャさまも、「グッドラック、シオリ」って言いたそうな笑顔をしている。
「そんなわけで、シオリ嬢? お付き合い願えるか?」
「承知致しました」
そう言いながら、一礼する以外の選択肢など、わたしにあっただろうか?
「ただ、一つだけ、ご質問をお許し願えますか?」
「ああ、さっきの会合についてだろ?」
頼むから、心を読まないでくださいますか?
「そこの水晶体については、実は録画記録となっている。大神官には言っていなかったがな。時間にして四半刻ほどの差があるはずだ」
四半刻……、つまり15分の時差ですか、そうですか。
「シオリ嬢を驚かせたくてな」
「十分、驚きました」
完璧な奇襲攻撃でした。
あのライトの奇襲攻撃と同じように度肝を抜かれたとしか言いようもない。
あの場で、誰も叫ばなかったのってある意味、凄い話だよね。
普通なら悲鳴の一つも上がりそうなものなのに。
そして、理由については、呆れてしまう。
わたしを驚かせたいために、ワカもオーディナーシャさまも巻き込まれたということだ。
つまりは、この部屋を用意された最初からの計画だったということにもなる。
ワカの怒りが、恭哉兄ちゃんに向かわないことを祈るばかりだ。
そして、それすらもこの王さまの計算通りなのかもしれないと思うと……、なんとも言えない気持ちになる。
「俺の意向を理解してくれたか?」
「畏まりました」
そう言いながら、一礼する。
ええ、本当に。
……いろいろと、理解できました。
そして、そんな緑色の水晶体からは、今、会合の閉会の言葉がどこか虚しく聞こえてきたのだった。
「坊主、お前も来るだろう? シオリ嬢の護衛だからな」
イースターカクタス国王陛下は、九十九に対してもどこか楽しそうに声を掛ける。
「お許しいただけるなら」
九十九は礼をとったまま、顔も上げない。
「許さなくても来るだろう?」
「主人に危険があると、自身で判断できたならば」
嘘は言ってない。
そして、それって、彼の中では絶対に来るということだ。
過保護な彼は、常々、自分の目の届かないところでわたしを野放しにするのは危険だと言っている。
トラブルメーカーだから、周囲じゃなく、わたし自身が何をしでかすか分からないそうだ。
……時々、彼の言葉は酷いと思う。
そして、仮に同行を許されなくても、後を付けずとも、彼はわたしの気配が分かる優秀な護衛でもあった。
例え、イースターカクタス国王陛下が「来るな」と命令したところで、彼は無視するだろう。
相手が気配を察できる範囲外までは確実に接近するはずだ。
「なかなか上手い言い回しだな」
イースターカクタス国王陛下の言う通り、簡単に言質を取られないような言葉遣いは、彼の兄ばかりではなく、すぐ近くの王女殿下にも鍛えられている。
気を張っている時の九十九は、本当に優秀だとカルセオラリアで知った。
しかし、残念ながらワカに対しては、どうしてもそこまでの気を張れないらしいのだけど。
まあ、そんなわけで……、わたしと九十九はイースターカクタス国王陛下に連れだされることになってしまったのだった。
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