5年の猶予
転移門――――。
それは、この世界において、身分が高い人間ほど、その恩恵に預かっていることだろう。
各国の城には必ずその「転移門」と呼ばれる移動手段があり、移動魔法を使える人間たちも、多数の人間たちの同時移動や、大陸を跨ぐような長距離移動はできないため、重宝されているはずだ。
それは輸送国家と呼ばれるクリサンセマムも例外ではない。
今回のように緊急を要する会合で、少なくはない人間たちが移動する時は、やはり使用せざるをえないのだ。
使用者が思い描いただけで、遠く離れた場所に空間を繋げてしまうことも可能とする「神の遺物」。
その仕組みはカルセオラリアの中でも極秘事項とされるほどだと聞いている。
「「狙っていたね、これ」」
若宮と王子の婚約者はほぼ同時に全く同じ言葉を口にした。
「確かに、『転移門』を出されたら、どの国も口を紡ぐしかないね。どこもお世話になっているし、機械国家が臍を曲げて保守点検を含めた維持管理の放棄をされたら、民間はともかく、王族や貴族、神官は大打撃! 間違いなしだもの」
若宮はそう感心した。
「いや、これだけでは弱い」
だから、すぐに言い出さなかったのだろう。
単純に、論戦相手から「各国が認めない」と言われたから、その口を塞ぐために出した言葉でしかない。
「そうなの?」
「若宮が言っていることは脅しに近い。それでは、中心国の承認も、大陸の求心力も、真の意味では認めているわけではないってことだろ?」
転移門の維持管理という技術と引き替えに中心国の認定をせよ……と言うのは、明らかに脅迫に等しい。
それをカルセオラリア国王が口にしてしまえば、擁護してくれている国や中立を保とうと言う国まで敵になる可能性もある。
『「転移門」の功績は認めるが、それが中心国として認める理由にはならないのではないか? セントポーリア国王』
クリサンセマム国王ではなく、何故か、イースターカクタス国王が反論をする。
『「転移門」については、機械国家の異称の再確認でしかありませんよ。民が生きていると言うことは、その技術者たちも生きている。今は、城もありませんが、復旧はそう遠くない未来に行われることでしょう』
セントポーリア国王陛下はイースターカクタス国王が口を挟むことすら、予想していたかのように笑顔を崩さない。
『そこで、我がセントポーリアから、一案をご提示したい』
『は?』
奇妙な声を上げたのは、クリサンセマム国王だった。
クリサンセマム国王は、同じく反対派のローダンセ国王に視線を送るが、ローダンセ国王は特に興味を持たないようだった。
この様子から、ローダンセ国王は、積極的に反対しているわけでもないと思われる。
『5年の猶予をカルセオラリアに与えて欲しい。5年もあれば、結果も出ることだろう』
5年……?
オレはその期間の意味を考える。
今、20歳のトルクスタン王子にカルセオラリア国王が譲位すること可能となる歳か!?
その間まで待て、と!?
個人的には面白いと思うが、期間としては長すぎる気がする。
『5年も待て、と?』
『その間、スカルウォーク大陸は中心国がいない状態となるな』
クリサンセマム国王とストレリチア国王がセントポーリア国王陛下に対して、反応を見せた。
しかし、中心国がいない状態?
オレはストレリチア国王の言葉を反芻する。
スカルウォーク大陸には現在7つの国がある。
その内、今回の問題となっているカルセオラリアを除けば、中心国の資格を有しているのは、採掘国家「エラティオール」と環境国家「バッカリス」らしい。
どちらも異称はあるが、バッカリスは自然研究の方向がバラバラで、環境国家としてはまとまりがないとは聞いている。
『中心国のない状態など、歴史的に……』
『我がグランフィルト大陸は小国が集まり、国家が乱雑している時代がある。大陸に中心国がない時代も短くはない』
クリサンセマム国王は否定的な言葉を続けようとしたのだろうが、それをストレリチア国王が強く遮った。
グランフィルト大陸は、神教国家だったストレリチアが法力国家となるまでは、小国が乱立し、争いが絶えなかった時代がある。
そんなことは、オレでも知っている歴史の基礎知識だ。
もう少し、横にいる文官たちに確認してから発言をした方が良いとは思う。
こんな国王が頂点に君臨する国が、かの魔法国家アリッサムの後継国か。
水尾さんたちも腹立たしいだろうな。
この光景を見て、キレてなければ良いのが。
『ただ囀るだけなら魔鳥でもできる。少しは道理を覚えたらどうだ? クリサンセマム国王』
ストレリチア国王は発言こそ少ないが、棘のある言葉を、確実に突き刺しにくる。
流石、若宮の父親だ。
変なところでよく似ている気がした。
『中心国不在が問題なら、エラティオールに一時、代行していただけば良い。カルセオラリアが中心国として返り咲けなければ、そのままエラティオールが中心国を続行すれば問題ないはずだ』
『エラティオールがそれを納得すると思うか? セントポーリア国王』
セントポーリア国王陛下に対し、イースターカクタス国王がどこか楽しそうに確認する。
『代行なら、引き受けるだろう。だが、継続は難しいと思っている。中心国になれば、とある王様の毒舌や揺さぶりに耐える必要があるからな』
セントポーリア国王陛下の言葉に、ローダンセ国王とストレリチア国王が苦笑する。
カルセオラリア国王は表情こそ崩さなかったが、口角が少しだけ緩んだ。
ただクリサンセマム国王だけが、顔を真っ赤にしていた。
自分のことを言われたと思ったのかもしれないが、残念ながら、セントポーリア国王陛下はクリサンセマム国王など端から眼中にない。
そして、イースターカクタス国王は少しだけ不服そうな顔を見せる。
セントポーリア国王陛下が言ったのは、間違いなくそのイースターカクタス国王のことだろう。
まあ、それを言って許せる関係にあるようで、先ほどのイースターカクタス国王が見せた不満顔はどこか演技のようにも見えたのだけど。
『この辺が引き際だな』
イースターカクタス国王は一息吐いた。
その瞬間、周囲の空気が変わったことが、水晶体越しでもはっきりと分かる。
『セントポーリア国王の案を採用し、カルセオラリアに5年ほどの猶予を与え、その間はエラティオールに代行権を与えよう。確かに直系王族を全て失ったアリッサムとは異なり、カルセオラリアは統治権を持つ国王も、その血を継ぐ者たちも存命していることは確かだからな』
その言葉に、クリサンセマム国王は一瞬、口を開きかけたが、それ以上のアクションは起こさなかった。
ここで何かを言えば、さらに不利になる言葉が続けられることは理解したのだろう。
『まあ、アリッサムについてはどこかの国が匿っている可能性はあるようだがな』
そう言って、イースターカクタス国王はカルセオラリア国王に一瞬だけ目を向け、さらにクリサンセマム国王にも視線を送った。
この国王は……、まさか、真央さんのことを知っている?
『グロリオサ付近で、アリッサムの第一王女らしき人物と聖騎士団長のような護衛を見かけたという情報が届いた。尤も、それは二年ほど前だがな』
そっちかよ!?
真央さんではなく、第一王女の方だったか。
そう言えば、高田のように小柄な王女だと水尾さんから聞いている。
ある意味、特徴的なその方が一番、探しやすいのかもしれない。
『っ!! それは誠か!? イースターカクタス国王』
クリサンセマム国王が思わず立ち上がって、その真偽を確認しようとするが……。
『喧嘩売ってるのか? クリサンセマム国王。イースターカクタスは情報に関して、その軽重は問わず、嘘偽りは告げない。今の発言は我が国に対して最大の侮辱と捉えるが、よろしいか?』
それは落ち着いた声だったが、クリサンセマム国王に向けられたのは明らかに敵意以上の威圧だった。
イースターカクタス国王は、どこか兄貴に似ている気がしたが、この辺りは全然似ていない気もする。
兄貴はこんな時にも笑顔で躱すのだ。
自分やその弟を貶めたぐらいでは動揺の欠片も見せない。
だが、この国王は間違いなく情報国家の頂点に立つに相応しい。
感情的?
そう言うヤツもいるかもしれないが、自分の国民たちの仕事を面と向かって馬鹿にされて黙っている国王がいるか?
まあ、面と向かってその矜持を意識せず虚仮にした相手も国王だった気もするが、そこは気のせいだろう。
格上の相手国の異称を知った上で、それを貶すようなことを言うはずがないからな。
そう考えると、オレはこのイースターカクタス国王のことは苦手だが、そこまで嫌いなタイプではないのだろうな……、と思った。
背後から、扉が開け放たれるその瞬間までは。
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