中心国の資格
中心国の話し合いは続く。
なるほど……、確かにこれは「学級会」だった。
意見がまとまる気配がしない。
「城を崩壊させたカルセオラリアは中心国に相応しくない」
「スカルウォーク大陸はカルセオラリアを中心に回っているのは事実」
この二つの意見で会合は揺れていた。
先の意見の代表が、弓術国家ローダンセ。
それに、輸送国家クリサンセマムが追随している状況。
後の意見の代表は剣術国家セントポーリア。
そして、そこに法力国家ストレリチアが援護するような形となっている。
機械国家カルセオラリアは当事国であるため、特別、意見を求められない限りは発言の機会を与えられないそうだ。
ちょっと酷い話だと思う。
因みに、情報国家イースターカクタスは中立……、いや、静観の構え。
意見を一切言わずに、話の成り行きを見守っていた。
「ローダンセはあまり機械に頼る国ではないし、クリサンセマムは輸送国家として、機械国家がこれ以上台頭してほしくないだろうからな。早い話が邪魔なんだ」
状況を理解していないわたしに対して、九十九が説明してくれる。
「セントポーリアは隣国のユーチャリス、ジギタリスと共に魔道具の恩恵をかなり受けているし、ストレリチアは聖運門を含めて、最多の転移門の所持国であり、魔法が苦手な人間たちが法力の補助として多くの魔道具を使っている国でもある」
「なるほど……。それぞれの事情があるわけだね」
九十九の言葉にわたしは溜息を吐く。
双方に言い分はあるが、決定打に欠ける……と言った印象だ。
「笹さんの意見はどう?」
先ほどから水晶体の変わらぬ光景に飽きてきたのか、あくびをしながら、ワカが九十九に意見を求める。
「個人的な心情としては、カルセオラリアに中心国でいてもらった方が良いが、王族の意識を考えると微妙なところだ」
カルセオラリアにはお世話になったが、それ以上のことされているのだ。
今回の事件に巻き込まれた側としては、確かになんとも言えない。
カルセオラリア国王も、トルクスタン王子やメルリクアン王女に王位の譲渡は難しいと判断していた。
そんな不安定な状態では、中心国……と言うより、国家として大丈夫か? と言う話にもなるだろう。
「イースターカクタスの国王は、何も言わないね」
それがちょっと意外に思えた。
「情報国家の国王は恐らくギリギリまで口を出さない」
「ほえ? なんで?」
「あの方が何かを言うと、一気に天秤が傾くことを知っているから」
「……傾くことが分かっているなら、はっきり言えば良いのに……」
わたしがそう言うと、九十九とワカが苦笑し、オーディナーシャさまは少しだけ困ったような顔をした。
「物見高いこの方が、中心国の王様たちの肉声を聞く機会を見逃してくれると思うか?」
「肉声?」
「日頃の通信珠からでは分からないような音声が聞こえるだろ? 長引けば、言うつもりのない言葉も出てくる。さらに上手くいけば、隠しておきたい本音も引き出せる。できる限り、引き伸ばすさ」
九十九が珍しくどこか意地の悪い顔をしている。
この状況は、彼にとっては面白いらしい。
「性格悪いなあ……」
わたしが思わずそう呟くと、その場にいた三人が噴き出した。
「それは、情報国家の王が? それとも、そんな発想をしてしまう笹さんが?」
「九十九……、かな?」
ワカから尋ねられたので、あまり深く考えずに返答する。
「は? オレ!?」
「いや、笹さん。さっきの顔は本当にあくどかった」
「うん、珍しく悪い顔だったと思う」
ワカとオーディナーシャさまも同意してくれる。
当人はその自覚がなかったのか、まだ首を捻っている。
「こいつらにあくどいって言われる顔ってどんな感じだったんだ!?」
「雄也先輩がかなり楽しそうにしている顔」
「それはかなり不味い!!」
「それで理解できる九十九もどうかと思うのだけど……」
そんなわたしと九十九の会話を聞きながら……。
「つ、突っ込みどころが多すぎて、笹さんに突っ込むタイミングを逃した」
「分かる、ケーナ。今のは、二人から見事にコンボを叩きこまれたね」
ワカとオーディナーシャさまが何故か疲れた顔をして会話をしていた。
「しかし……、堂々巡りになってきた気がするのだけど……」
「どちらも意見を変えないからな。仕方ない」
それでも、時折、母が何かをセントポーリア国王陛下に言っているように見える。
水晶体は全体を映しているし、通信珠は主だった意見しか伝えてくれないため、母が何を狙っているのかは分からない。
ただ……、その表情がかなり楽しそうに見えるので、何かを企んでいることは間違いないと思う。
『城を守れないような国を、信じることなどできぬ』
そう言ったのはクリサンセマムの国王だった。
『しかし、民は守られている。民は城以上に国の財産だ。その辺りに関しては、どう思われるか?』
そう反論したのはセントポーリア国王陛下だ。
『民を守るのは最低限の話だろう、セントポーリア国王よ。民を守り、城を守り、城下を守り、王を守る。それができなければ、国として成り立たぬ。そして、カルセオラリアはその中で民と王は守れたが、その系統を継ぐべき第一王子は守れなかったではないか』
クリサンセマム国王は、カルセオラリア国王に侮蔑の意思を含めた視線を送る。
第一王子を守れなかった国王と侮っているのだ。
あの時のことを……、何も知らない部外者のくせに。
『クリサンセマム国王が守るのは、それだけなのか?』
セントポーリア国王は不敵に笑った。
『王族の血を守ることは大切かもしれないが、民あっての王族だ。城も民以上の価値があるとは思えん』
『それは、貴方の価値観であろう? セントポーリア国王』
『そうだな。私の価値観だ』
クリサンセマム王の無遠慮な物言いも、セントポーリア王は否定しない。
『だが、お忘れか? クリサンセマム国王。カルセオラリアは、中心国としての資格を有したままである』
『城無くした国など、アリッサムと変わらぬ。どこに中心国としての資格が残っていると言うのだ?』
ちょっと待て。
この映像って、確か、別の場所で、水尾先輩と真央先輩も同じように見ているのではなかったっけ?
『今の発言は少々、言葉が過ぎるぞ、クリサンセマム国王』
それまで、沈黙を保っていたイースターカクタス国王が、鋭い目線をクリサンセマム国王に向ける。
その視線に気圧され、この場で一番年若く、経験の浅い国王が怯んだことはわたしでも分かった。
『セントポーリア国王、「中心国の資格」とやらを語れ』
わたしが覚えている限り、クリサンセマム国王、イースターカクタス国王、セントポーリア国王陛下の三人に年齢的な開きはそこまでないはずだ。
違いはただ中心国の国王としての経験なのだと思う。
クリサンセマム国王が気後れしたイースターカクタス国王の鋭い眼も、セントポーリア国王は笑顔で応える。
『大陸内を纏める求心力、他大陸の中心国からの承認、世界が認める国家の異称。そして、王族が持つ大陸神の強い加護』
『それらは、乗物国家ティアレラとて同じことだ』
どうやら、輸送国家クリサンセマムは、ティアレラって国を推したいらしい。
まあ、輸送に乗り物は付き物だからね。
『ティアレラは歴史が浅い。そのために、国家としては少しばかり大陸神の加護が弱いな』
イースターカクタス国王は他人事のようにそう言った。
『大陸神の加護は、「救国の神子」の血を引く時代に存在していた国の方が強い。そして、大陸神との繋がりは、この場にいる国王ならば誰もが知るだろう。古来よりの約定を守ってきた証が存在するはずだからな』
言い方としてはかなり回りくどいけど、それって「中心国の王なのに、クリサンセマム国王はなんで知らないの? 」と、言っていませんか? イースターカクタス国王。
『ああ、連れている従者の知識が浅いと、主人としても苦労するな、クリサンセマム国王』
さらに、先ほどのテストで従者があまり良い成績ではなかったことが告げられた。
クリサンセマム国王の背後に控えている従者さんたちが揃って気まずそうな顔を見せる。
なるほど……、確かにこの人に下手な発言をさせたくはない。
『スカルウォーク大陸は元々、他民族の集まりによって形成されている。今の王族で該当するのは、「迷いの森」と呼ばれる結界地域を抱え込んでいる国カルセオラリア、バッカリス、エラティオールの三国しかない』
さらりと含まれたその単語にわたしは反応する。
「九十九……、今のイースターカクタス国王の言葉に間違いはない?」
「歴史の方は分からんが、確かに『迷いの森』はその三国にまたがっている」
これは……偶然?
それとも、イースターカクタス国王は何か知っていて、その言葉を出した?
『確かに我が国は中心国として不勉強であることは認めよう。だが、それでも、今のカルセオラリアよりは国として、マシである。城を破壊するような国のどこに求心力があり、他大陸の中心国と認めるのだ?』
あれ?
今、母と、イースターカクタス国王が同時に笑った気がした。
『世界中が認めることだろう』
クリサンセマム国王に問いかけられたセントポーリア国王は、先ほどと変わらず、笑顔のままだった。
『機械国家カルセオラリアの技術、かの「聖女」も使用した「転移門」の功績を』
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