何度目かの自問自答
「なかなか面白い王様だね~。まさか、全く関係ないベオグラまで巻き込むとは思わなかったけど……」
従者たちを見送った後、ワカが最初に口を開いた。
でも、その表情はどこか明るい。
「まあ、結果はベオグラの圧勝かな」
なんだと?
結果を見る前から、その断言っぷり。
そこにあるのは愛か?
信頼か?
思わずそう言いたくなる。
確かに恭哉兄ちゃんは、頭が良くて、知識も凄いのは分かっているけど、「圧勝」は言いすぎだと思う。
先ほど一緒に連れていかれたのは、各国の代表者たちだよね?
ちょっと失礼過ぎないかな? とも思ってしまう。
「どんなテストか分からないのに、そんなことを言い切って大丈夫?」
わたしはワカに確認する。
「あの男、情報国家の国王から月一で、お誘いの手紙が来る程度には知識があるのよ? 逆に比較される他国の従者が哀れだわ」
ああ、そう言えば、わたしと一緒にいた時にも恭哉兄ちゃんはイースターカクタス国王陛下から直接的なお誘いを受けていた。
それをワカも知っているのかもしれない。
婚約者としては、複雑な心境だろうね。
「ねえ、シオリ……」
そこまで黙っていたオーディナーシャさまがわたしに声をかける。
「なんでしょう? オーディナーシャさま」
また変な顔をしていて、心配させてしまったのかな?
「情報国家の国王って、実は高田の母君と顔見知りだったりする?」
ぬ?
……彼女はどこで、気付いたのだろう?
少なくとも、先ほどの言葉は知人に向かって言うにはちょっと無礼が過ぎるとは思うのだけど。
「わたしも最近知ったばかりだけど、古い友人らしいです」
本当に最近知ったばかりだった。
それを全く知らなければ、肩に置かれた九十九の手があっても、先ほどの言葉にもっと憤慨してしまったかもしれない。
わたしが落ち着くと同時に、九十九の手は離れていた。
だから、その行動を彼女たちが気付いているかは分からない。
「ああ、それであんなに庇っているのか」
オーディナーシャさまはそんなことを言った。
「庇っている?」
「うん」
わたしの問いかけにきっぱりと断言するオーディナーシャさま。
でも、どこを見てそう思ったのだろうか?
わたしの目には、寧ろ、崖から突き落とすような勢いにも見えたけど、彼女の目は違うものを捉えていたらしい。
感覚がわたしと違いすぎるね。
「あの国王陛下が言ったように、身分が高い人が自分の妻以外の女性と親密に手をとって入室していたら、愛人扱いされてもおかしくないことは分かる?」
「まあ、なんとなく……」
確かに、救いようのない頭の持ち主なら、そんなことを考えてしまうこともあるかもしれない。
妃の目から離れるには絶好の機会だろう。
でも、普通に考えてみれば、そんな相手なら、わざわざ他国の目がある会合なんかに参加させずに、部屋に待機させるだけでも良いと思う。
実際、カルセオラリア国王陛下の従者としてこの国に来たはずの湊川くんは、この会合の場にいなかった。
だから、彼は部屋に残っているのだろう。
女性なら、お世話係として、部屋に残すことも自然だろうし。
「誰かが言わなければ、それは周囲の暗黙の了解になってしまったことも?」
「うん」
それでも、異性と一緒にいれば、変な噂をする人もいることだろう。
中学生だって、同じ部活の人とたまたま一緒に帰ったために、次の日冷やかされた人だっていた。
男女が一緒にいれば、恋愛関係にあるって考える人は少なくない。
何より、娯楽の少ないこの世界なら、その真偽に関係なく、恋バナとして話をしたい人たちが多いことをわたしは身をもって知っているのだ。
主に目の前にいる王女殿下に!
「それを払拭したくて、あんな挑発的な言葉で喧嘩売ってから、周囲も巻き込んだんじゃないのかな?」
気を遣って、オーディナーシャさまが説明してくれているが……、わたしはそれだけじゃないことを知っている。
だから……。
「それならば良いのですが」
そう笑うしかなかった。
確かに、あのイースターカクタス国王陛下は、母と、恐らくはセントポーリア国王陛下の名誉を守るためにそんなことを言ったのだと思う。
だけど、それ以外の目的も絶対あるはずだ。
具体的には、母の能力がどれほどのものかを実際に試すこと。
そして、同時にセントポーリア国王陛下の見る目を計ること。
あのイースターカクタス国王陛下は、過去にセントポーリア国王陛下と母の間に「恋愛感情」と呼ばれるものがあったことを知っている。
そして、その結果、生まれてしまったわたしの存在も知っていたらしい。
それならば、セントポーリア国王陛下の目が、その感情で曇らされていないか計りたくはなったことだろう。
九十九の話では、ずっと勉強し続けていたという。
だけど、人間界へ行ったため、十年の空白もあるとも言っていた。
だけど……、思い起こしてみれば、人間界にいた時にも母は、政治に関心を持っていた気がする。
毎日、新聞にしっかり目を通し、ニュースも見て、国際的な話にまでその耳を傾けていた。
その時の母は、わたしと同じように記憶を封印していたはずなのに。
わたしの社会の教科書や資料集まで読み込んで、さらに食事時にわたしと歴史談義をすることも好きだった。
母が興味を持っていたのは、日本史好きなわたしと違って、世界史の方ではあったのだけど。
あの頃は、単純に歴史好きなわたしに付き合ってくれていると思っていた。
だけど、実は、それらが……、全てここに繋がっていたら?
無意識のままに、様々な世界の政治の仕組みとかを学びたがっていたのなら?
母の頭にはこの世界にはない政治の仕組みも存在することになる。
それも、単純に良い点だけではなく、失敗してきた歴史まで。
それって、実はかなり凄い武器になってしまうのではないだろうか?
「どんなテスト……なんだろう?」
わたしはそう呟いていた。
かの情報国家、イースターカクタス国王陛下が作るテストなんて、想像もできない。
しかも全部、ライファス大陸言語だと?
他大陸の言語に関しては、前より忌避感はないけれど、それでも、わたしにとっては、英語のテストも兼ねられてしまう気がする。
「イースターカクタス国王の趣味に走ったものだと思うぞ」
「……それってどうなの?」
わたしの言葉に九十九が返答してくれたのは良いが、ちょっとあんまりな答えだと思ってしまう。
「普通に考えれば、そんなテストがタイミングよく、人数分あること自体がおかしくねえとは思わないか? 千歳様のことがなくても、何らかの形で従者たちの知識を計るつもりだったんだと思うぞ」
「おおう」
九十九の言葉に納得してしまった。
確かに少しばかり準備が良すぎる気がするね。
「笹さん、鋭い読みだね」
「別にオレは鋭くねえよ。単純に、かなりよい性格をしていて、妙に準備が良すぎる人間を知っているだけだ」
その言葉で、とある一人の人物に思い当たる。
なるほど……、彼は、イースターカクタス国王陛下によく似た人で慣らされているのだ。
本人が聞けば、一緒にするなと言われそうだけど……、確かになんとなく似てはいる気がする。
あの人は、母を敬愛していると言っていた。
そして、この会合の様子を別室で、見ていると恭哉兄ちゃんは言っていた気がする。
……つまりは、イースターカクタス国王が口にした先ほどの言葉もしっかりと聞いていたはずで……。
娘のわたしだって我を忘れかけたような言葉を……、彼はどんな気持ちで聞いていたのだろうか?
まあ、彼のことだ。
わたしほど不安定にはならないと思っている。
そして、今は傍にリヒトもいるしね。
わたしはまだ駄目だ。
事情を知っている九十九がいなければ、心が安定しないことがまだまだ多い。
あの母の娘を名乗るなら、しっかりと自分の足で立たねばならないだろう。
そのためには何をすべきか?
わたしは、この世界に来て、もう何度目になるか分からない自問自答をするのだった。
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