見目だけで
『セントポーリア国王は、いつから堂々と愛人を連れ歩くようになった?』
その言葉を聞いて総毛立ったのだと思う。
その意味が分からないほど、わたしは、もう子供ではなかった。
直接的な意味を持って、イースターカクタス国王陛下は、わたしの母を侮辱したのだ。
そこのいるのは母の実力ではなく、女性と言う立場を利用し、セントポーリア国王陛下を誑かしてその場に立っているのだろう、と。
そんなわけがない。
わたしの母はそんな卑劣な不正行為を嫌う人だ。
そして、そんな言葉を聞いて、彼女の娘であるわたしが、怒りを感じないはずもない。
だけど……、わたしの両肩にさり気なく置かれた手の感覚に気付いて、わたしは正気を取り戻す。
はっきりと言葉にされなくても……、落ち着けと言われた気がして、少し冷静になることができた。
よく考えてみよう。
あの人は母の友人だと言った。
それならば、あの言葉にも何か意味があるのではないか?
『イースターカクタス国王陛下は、女性とみればそう言った対象にしか見えないようですね』
昔、聞いたことがある別の人間の言葉が耳に届く。
その言葉には明らかに軽蔑の意思が含まれていることに、わたしは少し、ほっとする。
セントポーリア国王陛下は、真面目で潔癖な人だと聞いている。
それならば、自分とその従者を侮辱するような、先ほどの言葉には怒りを感じないはずがないということなのだろう。
『国王と共に入室する女性の外交補佐など、これまで聞いたこともない。特に前例踏襲型であるセントポーリアだ。特例を通すためには、国王の強権行使以外ないだろう?』
イースターカクタス国王陛下は煽るような言葉でセントポーリア国王陛下に問いかける。
……だから、わたしは気付いた。
これは、恐らくセントポーリア国王陛下を挑発しているのだと。
真面目なセントポーリア国王陛下には、こういった挑発行為は効果的かもしれない。
表面上はともかく、心中の冷静さを欠く可能性はある。
そして、その反応を楽しんでいるのだろう。
わたしと会話していた時と同じように。
その時点で大層よい性格をしていると思う。
『それでは、我が秘書の実力を試されますか? イースターカクタス国王陛下』
『何をだ? 房事の技術か? そちらについは十分、間に合っているが、それだけ見目麗しい女性なら楽しめそうだ』
房事……、閨の行為……、みたいなやつだよね?
なかなか、凄いことを大勢の人の前で言うなあ……。
恥ずかしくないのかな?
いや、これも周囲の反応確認のためだと割り切っているから大丈夫ってこと?
……そうだとしたら、かなりお仕事に徹する人だなと思う。
でも、そう見えても、母は今年三十……っと、何故か背筋が凍る気配がしたので、これ以上考えてもいけないようだ。
『この者の知識をお試しください、イースターカクタス国王陛下。少なくとも、見目だけで、この場に立っているわけではないことを証明できることでしょう』
イースターカクタス国王陛下の言葉に対して、笑顔で流すセントポーリア国王陛下にわたしは感心する。
どれだけ、あの方は、わたしの母のことを信じてくれているのだろうか?
しかし……、「見目だけ」って何気にイースターカクタス国王陛下もセントポーリア国王陛下も母の外見は良いって言っているよね?
魔界の美意識は分からないけど、わたしには正直、そう言ってくれている御二方の方が見目麗しいと思うのですよ?
ああ、つまりはお世辞ってやつかな?
『珍しく大きく出たな、セントポーリア国王』
『事実ですから』
挑発的に笑うイースターカクタス国王陛下に対して、セントポーリア国王陛下は落ち着いて笑みを返す。
わたしと会話した時と、どちらの国王も随分、印象が違う気がする。
イースターカクタス国王陛下は確かに軽い物言いの部分もあったが、わたしのような小娘相手にもそれなりに扱ってくれていた。
どちらが本当の姿か分からないけど、もう少し落ち着いて見た方が良いかもしれない。
情報国家の王ともあろう方が、表面上だけを見て、その場を判断するとは考えられない気がする。
それに……、情報国家の人間には嘘を吐いてはいけないと雄也先輩が言っていた。
それは真贋を見極める何かがあるのではないだろうか?
そして、セントポーリア国王陛下もわたしと対面した時とは随分、違う気がする。
あの時はもっと威厳があったような気がするのだけど、今は、威厳はありつつも、親しみを感じてしまうような?
『では、試させてもらおう。今から、周囲の国の知識人と同じテストを受けていただけるか? 「チトセ=グレナダル=タカダ」嬢』
わたしは思わず、顔を上げた。
今、「嬢」?
あの王さまは母に対して、「嬢」と言っただと?
「は、母に……『嬢』……、似合わない」
思わず笑いが込みあげてしまう。
わたしに対して「シオリ嬢」と呼んだイースターカクタス国王陛下は、その母すら「嬢」が付くようだ。
母は、確かに未婚だけど……、少なくとも三十代後半の女性に使う言葉ではないことはよく分かる。
『今すぐ……でしょうか? イースターカクタス国王陛下』
黙って聞いていた母が口を開く。
あ……、この顔。
怒っているな。それも物凄く。
『隣室は控えの間だったな。そこを借りられるか? ストレリチア国王』
『構わぬ。自由に使うが良い』
同じ立場であるはずのイースターカクタス国王陛下は、明らかに年上のストレリチア国王陛下に対して不遜な言葉をかけるが、そのストレリチア国王陛下は気にした様子もなく答える。
なんとなくワカを見たが、どこか面白くなさそうな顔をしているのは分かった。
『聞いたか、従者ども。勝手に決めて悪いが、隣室で、お前たちも含めて試させてもらう。勿論、女に負けるような知識量の人間はこの場にいないことを願うぞ。ああ、ついでに大神官。お前も受けろ』
『拝命いたしました』
突然、イースターカクタス国王陛下から巻き込まれるようにご指名を受けた恭哉兄ちゃんだったけれど、いつものように表情を変えず、礼をした。
イースターカクタス国王陛下の性格を知っているとは言っても……、この辺り、流石だと思う。
『言語は統一するか? 出身国の言語であるシルヴァーレン大陸言語が得意だろう? チトセ嬢は』
『私はどこの大陸言語でも構いません』
ちょっと待って! 母!?
あなた、そんなライトみたいなこともできるの!?
『ああ、今は亡きダーミタージュ大陸言語でも私は大丈夫ですよ』
ダーミタージュ大陸言語って、ミラージュの言語まで知ってるの?
実は、ライトがこっそり家庭教師でもしているの!?
しかも、ダーミタージュ大陸のことを今では知っている人間の方が少ないはずなのに、なんで、そのことも知っているの!?
『流石にダーミタージュ大陸言語のテスト問題は持ってないな』
イースターカクタス国王陛下は苦笑する。
『では、公平を期すために、我がライファス大陸言語のものでやろうか。まず、最低限、他大陸言語も頭に入っていない者はいないと信じているぞ』
あ~、ライファス大陸言語なら、母も恭哉兄ちゃんもかえって楽だと思うよ、イースターカクタス国王陛下。
人間界で言う英語によく似た言語だ。
わたしは、シルヴァーレン大陸言語よりも好きだったりする。
そして、イースターカクタス国王陛下は、各国の従者たちを引き連れて、隣室へ行ってしまった。
……巻き込まれた従者の方たち、お疲れさまです。
でも、イースターカクタス国王陛下たちと共に入室した従者たちの中には、先に待機していた人たちもいた気がするのは……、多分、気のせいじゃないと思う。
実際、中心国の国王たち以外に、その場に残っている人が少ない気がする。
でも、そのテストとやらが終わるまで、話し合いができないなら、この人たちって待機するしかないのかな?
それもちょっと気の毒だよね?
そして、緑色の水晶体は、現在、その場に残された全員の状況を映している。
わたしは、なんとなくセントポーリア国王陛下を見た。
その人は、穏やかな笑みを浮かべたまま、後ろに待機している人に話しかけていた。
そこには、自分が送り出した人間への信頼、かなりの自信があることが窺える。
それを見て、わたしは……、そこまでこの方の信頼を得た母が羨ましく思えるのだった。
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